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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第1部:ジジイ、異世界で魔女の師になる
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魔道具のある生活

 その日、夕方に早速アステリオスが獲物を見つけて来た。何かの鳥の卵が三つ。鶏の卵よりはやや小ぶりな物であった。


 そのお陰で、今日は久々に動物性たんぱく質を摂取出来ると言う訳だ。私は浮かれた気持ちでキッチンへと向かう。


 一つは茹で卵にし、もう一つは目玉焼きにした。最後の一個はアスクの丸呑み用だ。


 私は塩を振った茹で卵にかぶりつく。体が求めていたかの如く、もの凄く美味しいと感じた。明日に改めてアステリオスには感謝の気持ちを伝えないとな。


「すまないね、ケンジ。君に色々と伝え忘れている事があったよ。君が綺麗好きな人間ならば、汗を流したいと思うんじゃないかな?」


「……もしかして、汗を流せるのかい?」


「ああ、勿論さ。ここはポーション作りもそうだけど、医療行為も行われていた場所でね。基本的に屋敷に住まう者は清潔感を求められていたんだよ」


 まさか、風呂があるとは思わなかった。キッチンは現代風だけど、トイレは肥溜め式だったからだ。どうも、コンポスターが存在するらしく、発酵させてリリィがたい肥として活用するらしい。


 そんな田舎な一面を見た事から、余り文明は進んでいないと思っていたのだけどね。しかし、思ったよりも現代に近い感じなのだろうか?


「後で場所は教えるが、原理はキッチンと同じさ。頭の当たりに水が生れるんだ。その水を使って、頭や体を洗うと良いよ。ああ、石鹸もまだいくつか残っている。使い方がわかるなら使うと良いよ」


「水を使って……と言う事は、お風呂では無いのかな? お湯を浴槽に溜める感じなんだけど……」


「お湯? もしかするとヒップ・バスの事かな? 都市部の運動施設には、そういった設備があると聞いた気がするね。ただ、頭からお湯を浴びるだけだったと思うけど」


 どうやら、共同の浴場みたいな物は存在するみたいだ。ただ、浴槽に浸かるタイプでは無いし、一般家庭にある訳でも無さそうだった。


 確かテルマエと言うのだったかな? 古代ローマには既に浴場があったはずだ。


 そうすると、ここは文明的にそれより古いのだろうか? それとも、地域が違うから文化も違うのかな?


 私は唸りながら顎を撫でる。しかし、そこでふと聞こうと思ってい事を思い出した。


「そういえば、髭が伸びてきてね。剃刀なんかは置いていないかな?」


「髭を剃るのかい? 一定年齢の男性は、髭を伸ばすものだろう? 僕としては髭が無い事を不思議に思っていたんだけど?」


「そうなのかい? なるほど、髭は伸ばす文化なのか……」


 いまいち文明が良くわからないが、そういう時代や地域もあるとは思う。この辺りの文化がそうなのであれば、髭が無い事が不自然になるのだろう。


 私は無精ひげを軽く撫でる。そして、現代並みの手入れは大変だろうと思い、その文化を受け入れる事にした。


「ちなみに、髭を伸ばすとして、何か手入れは必要なのかな?」


「すまないね、ケンジ。髭の手入れ方法は流石に知らないよ。何せ僕には髭が無いんだ。リリィやアステリオスにも無いから、残念ながら誰にもわからないだろうね。まあ、適当に伸ばせば良いんじゃないかな?」


 確かに蛇のアスクに聞いてもわからないか。リリィは植物な上に女性、アステリオスに至っては牛の頭だ。


 そうなると、アスクの言う通り適当しかないか。リリィ辺りに感想を聞きつつ、変だったら後から考える位だろうか?


「なあに、ここには髭の形を気にする人間は居ないんだ。僕達だって人間の文化には、それほど興味が無いしね。まあ、そんなに気にせず、気楽にやって行こうよ」


「確かにその通りだね。もう少し肩の力を抜いて行く事にするよ」


「ああ、その方が良いよ。ケンジの礼儀正しい所は好ましいけど、僕はかたっ苦しいのが得意じゃなくてね。人生楽しい事だけ考えてる位で丁度良いと思うよ?」


 アスクの言葉に私は笑みを浮かべる。それは何とも幸せな人生なのだろうなと思えたからだ。


 以前の世界ならそんな生活は望めなかった。仕事でも家庭でもそうだが、生きているだけで様々な義務が発生していた。


 しかし、今の私には何の義務も存在していない。何もしなくても生きて行ける環境がある。ならば、アスクの言う通り、楽しい事だけ考えても良いのかもしれない。


「ちなみに、ケンジ。今の君がやりたい事とか、欲しい物とかあるかい? それをどうやって手に入れるかを考えるのも楽しいんじゃないかな?」


「やりたい事に、欲しい物か……。生活を便利にするもの? う~ん、今はまだわからないな……。しいて言うなら、食事のバリエーションを増やして行きたいとか?」


「良いね、ケンジ。じゃあ、それに着手しよう。ちなみに、フルーツは好きかい? 種さえ入手出来ればリリィが育ててくれるよ。野イチゴぐらいなら、アステリオスに頼んでも良いかもしれないね」


 確かにフルーツがあると嬉しいかも。たまには甘い物が食べたくなる事だってあるだろうしね。


 そして、アスクの提案に触発され、私はある閃きが浮かんだ。私はワクワクする気持ちで彼へと尋ねた。


「米は流石に無いだろうけど、麦があったりしないかな? それがあれば、パンやパスタが作れるからね。可能そうなら、是非栽培して欲しいな」


 パンは発酵が難しそうだけど、何ならクレープ生地にしても良い。それにパスタなら、バジルソースやトマトソースが何とかなる。食のバリエーションが一気に増える予感がする。


 しかし、アスクは私の顔をじっと見つめ、やがてシュンと頭を下げる。何事かと不安に思っていると、彼は申し訳なさそうにこう告げた


「ごめんよ、ケンジ……。倉庫に収穫した麦があるのを忘れていたよ……。パン焼きの魔道具も、製麺用の魔道具も有る……。その気になれば、いつでも食べれる状態だったよ……」


「そ、そうなのかい……? ま、まあ、それはそれで良かったと思う事にするよ……」


 これまでの野菜続きの二日間は何だったのだろうか? そう思わなくも無いが、蛇の彼にそこまで期待するのは酷と言うものだろう。


 何せ今の彼は殆ど食事が必要が無い体で、久しぶりに卵を一個食したと言う感じなのだ。人間みたいに食への拘りなんて無いだろうからね。


 しかし、心配する私を他所に、彼はパッと頭を上げてこう言った。


「――よし、それじゃあ気持ちを切り替えよう。パンを焼くのは明日の朝にして、まずは使い方だけ説明するね。そこの棚を開けてくれるかい?」


「え? ああ、ここの棚だね……」


 気落ちしたと思ったら、すぐに気持ちを切り替えてしまった。急な切り替えに私の方が戸惑ったが、ある意味陽気な彼らしい対応だと思えた。


 私は苦笑を浮かべて、魔道具の窯を取り出す。そして、彼のこういう所も見習わないとな、と心の中で思うのであった。

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