ポーションと英雄
午前中は魔法の訓練を行った。昨日と同じ魔導書で復習をしたけど、昨日よりもスムーズに魔法を発動で来た。更に使える回数も十回から十五回へと増えていた。
「うん、昨日の訓練で魔法のコツが掴めたのかな? 随分と発動が早くなったね。魔力量も増えてるだろうし、出だしは順調と言った所だね」
テーブルの上でとぐろを巻くアスク。陽気に話しかける彼に、私はニコリと笑みを返す。
そして、魔力切れの怠さを消す為、ポーションを一本飲み干した。やはり効果は絶大で、あっという間に怠さは消えてしまった。
私は空になった透明な瓶を眺める。これ自体が特別な瓶なので、保管すべきだとアスクが言っていた。なので、後で洗って調合室へと戻す予定だ。
「さて、改めて説明しておこうかな。ケンジが練習している魔法は基礎魔法なんだ。何も無い所から火や水、光や風を発生させる魔法だね。この基礎を疎かにすると、どんな魔法も上手く使えないって代物なのさ」
「なるほど……。つまり、基礎を身に付けた先に、もっと有用な魔法があるって訳だね?」
「その通りさ、ケンジ。攻撃的な魔法や錬金術、死霊術なんてものもある。けれど、ケンジが次に覚えるのはポーション作りが良いだろう。魔力回復のポーションが必要なのもあるけど、何よりも他に比べて安全なのが良いね」
どうやらポーション作りも魔法に分類される物らしい。そして、他に比べて扱いに危険が少ないみたいだ。
確かに大きな炎を出すのは危険だろうし、死霊術なんてのも物騒な気配を感じる。薬の一種であるポーションならば、扱いさえ間違えなければ危険は少なそうだ。
「おっと、次の魔法がポーションと聞いて、少しガッカリしたかな? けれど、ポーションも中々に奥深いものだよ。回復効果だけでなく、炎を無効化する物ものある。物騒な物だと、飲んだ相手に呪いを掛けたり、姿を豚に変える物だってあるんだからね」
「そんなポーションがあるのかい? 私はひとまず、回復用のポーションを作れる様になりたいね」
「ああ、その方が良いだろう。何せ危険なポーションは、作っても試す訳に行かないからさ。例えケンジの頼みでも、僕も試しに飲んだりはしたくないからね」
確かにポーションが薬であるなら、効果を確かめる被検体が必要となる。かといって、私も豚になる薬を試しに飲んだりはしたくない。
ただ、炎を無効化するポーションには、少し興味を引かれた。それが必要な状況があるのかもと思ったからだ。
「そういえば、この世界にはモンスターが居るんだったね。炎の魔法を使うモンスターなんてのも居るのかな?」
「勿論、そういうモンスターもいるよ。ただ、人間以外で魔法を使うのは、ニンフと呼ばれる精霊でね。彼女達は穏やかな性格だから、滅多に人間を攻撃しない。危険なモンスターはドラゴンだったり、テュポーンの生み出す子供達だね。彼等は魔法を使うと言うよりも、口から火を吐いたりする事が多いかな」
何だか急にファンタジーな言葉が並び出した。ここが異世界だと言う事を、改めて実感させられるね。私が感心していると、アスクは説明を更に続ける。
「ただまあ、危険なモンスターは数が少ないから安心してくれ。森の奥地とか、秘境と呼ばれる場所にしか生息していないよ。人の棲息圏に住まうモンスターは、その殆どが英雄達によって打ち倒されたからね」
「英雄達だって?」
「そうそう、ペルセウスって知ってるかな? 彼はゴルゴンを倒した英雄だね。ちなみに、英雄と呼ばれる者達の多くはケイローンの弟子なんだ。更には片親が神様って場合が多いね」
ペルセウスと言う名は聞き覚えがある。確か正座の一つでは無かっただろう? そうなると、ここは異世界だけど、元の世界と何らかの繋がりがあるのだろうか?
ただ、英雄の片親が神様と言う事は、神話の物語に関りがあるのかもしれない。何せ私の元居た世界には、本当に神様が居たりはしないのだから。
「それにしてもケイローンと言う人物は、本当に凄い人物だったんだね。多くの人に助力を請われたり、多くの英雄を弟子に持ったりしてさ」
「ああ、彼は本当に特別だったね。何せ父親がクロノスって神様で、彼は太陽と月の神様に育てられたんだ。この地上で最も優れた技能の持ち手だったと思うよ」
自慢気に語るアスクだが、私はその内容に驚かされる。どうやら、ケイローンは只のケンタウロスでは無く、片親が神様で英雄に分類される人物だったらしい。
それならば、それ程の凄い人物であっても納得出来る。多くの英雄を育てられる訳だ。
「まあ、彼も今では亡くなって、星になったんだけどね。今更、彼について語ったり、比較したりするべき必要は無いさ。さあ、ケンジはケンジでやるべき事をしよう。次は調合室でポーションの説明と行こうか。明日から練習を始められる様に、また基礎から説明させて貰うよ」
「そうだね、アスク。それじゃあ、そちらもお願いするよ」
午後からリリィとのティータイムもある。今からポーションの説明を聞けば、明日に使う薬草を彼女にお願い出来るだろう。
そして、私は床へと降りるアスクを眺めながら、亡くなったら星になると言う表現を、この世界でも使うのだなと、ぼんやり考えていた。
私の妻と子も亡くなって星になったのだろうか? そして、空から私の事を見守ってくれているのだろうか?
元居た世界ならば、そんな迷信は信じなかっただろう。けれど、この世界でならそんな奇跡があっても良いのではと思ってしまう……。
「どうしたんだい、ケンジ? 何か気になる事でもあるのかな?」
私がボンヤリしていたからだろう。アスクは振り返って、私へと問い掛けて来た。私は首を振り、気持ちを切り替えて彼に答える。
「いや、何でもないよ。さあ、調合室へ行こうか」
「ふむ、そうかい? まあ、それじゃあ行こうか」
やはり、アスクは空気を察したのだろう。深く踏み込む事無く、私の言葉に納得してくれた。
何も気付かない振りをしてくれる。そんな彼の優しさに感謝しつつ、私は彼と共に調合室へと向かうのだった。




