白いローブと赤いブローチ
朝食を終えて私とアスクは、屋敷の物置へと移動した。アスクの指示に従い、私は一つの木箱を開ける。そこには多くの衣服が収められていた。
「遠慮なく使ってくれ。もう誰も使う予定が無い物だしね。ずっと物置で腐るよりは、ケンジに使い潰して貰った方が道具も本望ってものさ」
「それでは遠慮なく」
私は木箱の中から白いローブを取り出す。全体的に白が多いのは、前の持ち主の好みだろうか?
今の私はティーシャツ姿なので、そのまま上からすっぽりかぶる。アスクの言う通り、ローブのサイズは私にもピッタリだった。
「うん、問題無さそうだね。それじゃあ、箱ごとケンジの部屋に運ぼう。着替えは沢山あった方が良いだろう? 全て君の私物として構わないからね」
「うん、助かるよ」
私は木箱を抱えて物置を出る。中身は衣服類だけど、そこそこ詰まっていて重量があった。
けれど、この後に魔法の訓練があるからね。その後のポーションで疲労も抜けるだろう。本来だったらこれも、筋肉痛になる所だったのだろうけれど。
私は使わせて貰っている寝室へと木箱を置く。そして、アスクと共に庭へと向かった。
「うん、とても似合っているね。何より僕と同じ白色と言うのが良い。僕達は何だか、とても仲良しみたいじゃないかな?」
「そうだね、アスク。お揃いの色も良いものだね」
これまで妻とだって、お揃いの服を着た事が無い。けれど、今にして思えば恥ずかしがらず、お揃いの服を着ても良かったかもしれない。
きっとそれは素敵な時間になっただろう。アスクと並んで歩く今だから、私にもそんな風に思う事が出来た。
「けれど、リリィが嫉妬するかもしれないね。彼女にはそうだな……。彼女の頭の赤い花に合わせて、赤色のブローチでも付けてみたらどうだい?」
「赤色のブローチ? それも箱の中に入っているのかな?」
「ああ、入っているよ。以前も殆ど使われてなかったけどね。ケンジが使ってくれるなら、ブローチだって喜んでくれるはずさ」
これまで私は装飾品に興味を持たなかった。身に付けていたのは結婚指輪くらいで、それも娘の死後は悲しみから付けなくなった。
けれど今は、それを喜んでくれる存在が居る。リリィが喜んでくれるなら、それは付ける意味が大いにあると思えた。
そして、私とアスクが庭に出ると、待ってましたとばかりにリリィが飛び出して来た。
『あれ? ケンジが白い服になってる……。ズルいわ、アスク! 貴方とお揃いの色だなんて!』
リリィの反応が予想通り過ぎて、私とアスクは共に笑う。そして、キョトンとする彼女に、アスクがいつも通り陽気に話しかけた。
「丁度、ケンジと話してた所だよ。リリィの赤い花に合わせて、ケンジも赤いブローチを付けたらどうかってね」
『まあ、それは素敵ね! 私とケンジがお揃いだなんて、私とっても嬉しいわ! ねえ、ケンジ! 是非、赤いブローチを付けましょう!』
「ははは、そうしようか。この後部屋に戻ってら、赤いブローチを探してみるよ。また午後のティータイムでお披露目といこう」
私の答えにリリィは満面の笑みを浮かべる。そして、私に勢いよく抱き着いて来た。
彼女の肌は柔らかだけど、人の様な温かさは無かった。やはり半分が植物なので、人の様に血は流れていないのかもしれない。
『嬉しいわ、ケンジ! ケンジの事が大好きよ!』
「ありがとう、リリィ。私もリリィが大好きだよ」
私はリリィの髪を優しく撫でる。彼女の髪は緑色だったけど、人間同様に細くてサラサラとしていた。
その髪を撫でた事で私の記憶が蘇る。そして、五歳で亡くなった娘の愛子の影を、どこかリリィ重ねる私がいるということに気付く。
年を取って枯れた事で、彼女の姿に情欲が湧かないと思っていた。けれど、この瞬間にそうでは無いのではと思い至ったのだ。
娘が成長していれば、こんな風にそだったかもしれない。頭の片隅に、そう考えてしまう自分が居たのだ……。
「……リリィは本当に良い子だね。もし、リリィが私の娘だったら、どんなに良かっただろう」
『あら、私の方が長生きしてるわよ? けれどそうね、ケンジの娘も悪くないかも。ケンジがお父さんだったら、きっと私に沢山の愛を注いでくそうだもの』
その言葉に私の胸がズキリと痛む。果たして私はリリィの言う通り、良い父親に成れたのだろうか?
妻を亡くして男で一つで、必死に娘を育てようとした。けれど、娘と生活を天秤にかけて、十分に娘を構ってあげられなかった気がする。
それは一つの後悔なのだろう。無くして初めて大切な物に気付く。そして、わかっていたはずなのに、私は妻だけでなく、娘に対しても未練を残してしまった。
私の人生は後悔の連続だった。そんな私だと言うのに、私は本当にこの世界でやり直す事が出来るのだろうか……。
「まあまあ、二人とも。仮定の話はその辺りにしようか。それよりも、ケンジはこれから魔法の練習なんだ。早くリリィと従魔契約する為に、頑張ってくれるみたいだよ?」
『まあ、そうなのね! それは邪魔をしたら悪いわ! 頑張ってね、ケンジ! 私は良い子にして待っているわ!』
私は期待に目を輝かせるリリィへ、微笑みながら頷いた。そして、抱き着いたままだった彼女は、その身をそっと離した。
私はアスクへと視線を移す。きっと、私の感情を察して話を終わらせてくれたのだろう。けれど、彼は何も気づいていないと言う風に、くるっと屋敷の方へと向きを変えた。
「行こうか、ケンジ。また、書斎で訓練を始めよう」
「そうだね、アスク。私もしっかり頑張らないとね」
いつも陽気だけど、とても面倒見の良い白蛇のアスク。彼の存在に私はどれ程助けられている事だろう。
私は心の中で感謝しつつ、彼に続いて屋敷へと向かう。私はやれる事をやろうと思い、再び前を向いて歩き続けた。




