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アゼル視点


 

 

 彼女に出会ったのは俺が7歳の頃だった。

 舞踏会に招待された俺の両親は、俺を連れて緑の国に行った。

 着飾った大人達と香水の匂いに気分が悪くなった俺は、舞踏会の会場から抜け出して花でいっぱいの裏庭にいつの間にか入り込んでいた。

 大きな庭は小さかった俺には強大な迷路に感じて、何度も出口を探すが見つからず、疲れと恐ろしさでその場に蹲って泣いてしまった。

 するとカサカサと葉が擦れ合う音がして、何かと思って恐怖に戦慄いていると、一人の女性が現れたのだ。

 女性の美しさに俺は泣くのを一瞬止めてしまうほどだった。

 シンプルなドレスを身に纏い、銀色の長くてサラサラの髪は太陽の光でキラキラと輝いていた。雪のように白い肌をしていて、唇だけが赤く紅を引いたようだった。


「どうしたの坊や」


 女の人は優しい声音をしていた。包み込むような柔らかな声。

 俺の視線に合わせてその人が屈むと、氷のように冷たい瞳の色をしているのに、何故かとても温かくて安心してしまう不思議な魅力を持った人だった。

 でも氷のような美貌は儚げで、溶けて消えてしまうんじゃないかと思うほどだった。

 女性はハンカチで俺の顔を優しく拭ってくれた。花の優しい香りがした。

 その人は立ち上がると、俺に手を差し伸べた。俺は誰かも分からないその人の手を握ると立ち上がる。その人の手は氷のように冷たくて、俺は少しでも温めてあげたくてぎゅっと握りしめた。

 女の人は俺を出口まで連れて行ってくれると言った。柔らかく微笑みながら、その人は氷でできた動物を作り出しては俺を楽しませてくれた。氷の動物は俺の手の上で雪となって儚く散っていく。

 そうしていつの間にか舞踏会の会場が見える場所まで来ると、女の人は俺の手を離して自分のことは内緒だと言って去っていった。

 俺の頭に氷の王冠を載せて。

 俺は舞踏会の会場に戻ると、興奮して女の人の話をするが、両親の興味を引くことはできなかった。氷の王冠はいつの間にか溶けてしまって、ただ俺の髪を湿らせたのが唯一の名残りだった。

 両親に手を引かれ礼をした相手は、立派な椅子に座ったでっぷりと太った男だった。

 男は偉そうにふんぞり返っていて、その口から出てくる言葉も薄っぺらい。男の横に座っていた女は誇らしげに胸を張っていたが、さっき会った女の人の方がずっと綺麗だと思った。だって、化粧が濃くて人を見下したような顔をしていたから。

 俺はあの女の人にもう一度会いたいと願った。


 国に帰ってから俺はあの女の人の事を宰相に聞いた。宰相が調べてくれると約束してくれた。

 それからの俺は変わった。

 泣き虫だった自分を変えるために、強くなろうと決意した。

 今まで嫌で遠ざけていた勉強も剣の鍛錬も頑張って打ち込んだ。

 宰相から話があると言われて執務室に行くと、あの女の人の事が分かった。

 女の人はリヴィアナと言って、氷の国から無理やり緑の国に連れてこられたらしい。そしてあの豚の様な王様の側妃にさせられたと。

 側妃の意味が分からなくて聞くと、宰相は困った顔をしていた。

 後で俺は自分で調べた。調べて胸がムカムカした。

 あんなにも美しい人なのに、リヴィアナは正当な妃じゃないなんて。

 俺の国には側妃はいなかった。争いの火種になるからだと宰相は言っていた。


 俺は成長するごとに炎を操る力もどんどん強くなった。

 ある日の剣の鍛錬の時、俺の鍛錬の相手をしていた相手を俺は焼き殺してしまった。剣に炎を纏わせた方が強いだろうと単純に考えた結果だった。

 俺は父上にこっぴどく叱られた。俺は悪くないのに。俺より弱かった相手が悪いのに。

 ふつふつと怒りが沸き起こり、俺の体の周りに火柱が何本も立った。父上は叱るのを止めた。

 それ以降、俺は父上から叱られることは無くなった。父上や母上から恐れの感情を、確かに俺は敏感に感じ取っていた。

 しかし俺は緑の国の王の様にはなりたくなかったから、己の力を制御する術を自分で習得した。

 学んだことがある。賢く立ち回ること。そうすれば、思い通りに色んな物事が自分の思った通りになるのが分かったからだ。


 俺は忠実な部下を作ることにした。どうしてもリヴィアナの動向を知りたかったのだ。王太子の俺がリヴィアナに会うことはできない。ならば動ける密偵を差し向ければいい。その為の人材選びに俺は注力した。

 そして最適な人間を見つけ、俺は密偵として緑の国に向かわせた。そして写光器で撮ったリヴィアナの写真を頻繁に送ること、彼女が何をしているか事細かに報告することを命じた。

 そこで徐々にリヴィアナの真の姿が分かり始めた。


 リヴィアナは城で一番粗末な部屋に住んでいること、喋る鏡を相手に孤独を癒やしていること、正妃に事あるごとに不当な扱いを受けていること、氷の国に帰りたがっていること──様々な事が分かった。

 リヴィアナの孤独を癒やしてあげたいと何度も思った。けれど今は力を蓄える時だと俺は我慢した。


 そしてある日事件が起きた。

 正妃が出産した為に、王が側妃に手を付け始めたのだ。

 リヴィアナは毎日怯えていた。いつ自分の番が来るかと慄いていた。

 俺は歯噛みしながら見ているしかなかった。

 だがリヴィアナの番が来たとき、奇跡が起きた。

 リヴィアナ自身が王を燭台で殴り殺したのだ。

 それだけに留まらず、氷の力が暴走して、城どころか緑の国全体が氷漬けになってしまった。それほどリヴィアナは恐怖していたのだろう。

 緑の国に残ったのは、リヴィアナと正妃の娘の白雪姫だけだった。

 リヴィアナは何を思ったのか、白雪姫を自分の娘のように育て始めた。そして俺も白雪姫もどんどん成長していった。

 俺は決意していた。成人したらリヴィアナを迎えに行って、彼女を自分の嫁にすると。


 俺ならリヴィアナに寂しい思いはさせない。

 俺ならリヴィアナを怖がらせない。

 俺ならリヴィアナを幸せにできる。


 傲慢だと分かっていても、俺はどうしてもリヴィアナと共に人生を歩むことしか頭になかった。

 だから俺はもっと力を付けなければならなかった。家臣が俺を裏切らないこと、この国をもっと発展させること、その為なら率先して戦場に出向き、炎で戦場を焦土と化した。

 俺の名は世界各国に轟き始めた。だがまだ足りない。肝心のリヴィアナをまだ手に入れてないのだから。


 リヴィアナはかつての正妃のような厚化粧で傲慢な女王になっていた。白雪姫を城から追い出し、毎日鏡に向かって世界で一番美しいのは誰かと病的に問いかけていた。その度に鏡は白雪姫の名を口にする。

 リヴィアナは少しずつ壊れ始めていた。早く俺が助け出さなければと思った。

 そしてようやく全ての準備が整い、リヴィアナを迎えに行く日がやってきた。


 かつて緑の国だった場所は生き物が住めない場所に成り果てていた。

 鏡の間にリヴィアナはいた。俺が幼かった頃に見たリヴィアナより痩せ細っていた。どれだけの孤独と恐怖に彼女は耐え続けたのだろう。

 俺はすぐにリヴィアナを馬に乗せて、自分の国に引き返した。緑の国は俺が焼き払った。

 リヴィアナは白雪姫の事を気にするだろうと思い、俺の友人に白雪姫を押し付けておいた。

 その事をリヴィアナに伝えると、安堵とも恐怖とも取れない表情を見せた。


 国に帰ってから、リヴィアナを美しくするように侍女に命じ、夜の帳が降りる頃に彼女に当てた部屋へと向かうと、かつての彼女が蘇っていた。心から美しいと思った。

 そして俺は抵抗するリヴィアナの体を無理やり割り開いた。彼女が最後まで抵抗していた意味が分かった。


 彼女は三十三歳にして処女だったのだ。


 俺は気が狂うかと思うほど歓喜した。あの豚の王に手を付けられていなかったのだ! 何たる僥倖! 何たる奇跡!


 リヴィアナはその事を恥じていたが、恥じることなどどこにもなかった。

 そしてリヴィアナは重要なことを思い出してくれた。

 そう、七歳だった俺と出会った時の事を思い出してくれたのだ。

 しかしリヴィアナは俺の気持ちは愛ではなく憧憬だと言い放った。

 憧憬なんて生易しい感情なんかじゃないと断言できる。マグマの様に煮えたぎるこの想いは隠しておかなくてはならない。リヴィアナに知られると、彼女を怖がらせてしまうから。

 だから俺は優しく蕩けるように愛をリヴィアナに囁く。内面の激しさを隠すために。


 リヴィアナをこの国の国母として認めさせる為に、俺は父上と母上、そして家臣を集めてリヴィアナを披露する。

 しかし謁見の間にいる誰もが祝福などしないことくらい予想していた。そんな事はどうでもいい。形だけでもリヴィアナが次の王妃になるのだと思い知らせる為だったから。

 だが家臣の一人が異を唱える。そして聞くに耐えない言葉でリヴィアナを悪しざまにこき下ろす。

 俺はそいつが全て言い終えるまで待ってやった。人生最後の言葉になるのだ、それくらい待ってやる優しさくらいは持ち合わせている。

 全て吐き出した家臣の首を俺は炎の剣で切り落とした。その場が凍りつく。

 俺は敢えて見せつけたのだ。俺に逆らうとどうなるのか。俺のリヴィアナを悪く言えばどうなるのか。

 血に濡れた手をハンカチで拭い、父王に許可を求めた。リヴィアナと結婚する許可を。

 父王も母上も俺を恐れている。昔はそうではなかったが、いつしか俺を得体のしれない化物を見るような目で見ているのを知っていた。

 それでいい。リヴィアナを守る為なら血の繋がった者ですら、俺は利用する。


 リヴィアナの披露が終わったあと、あの鏡をリヴィアナに贈った。彼女は白雪姫が本当に俺の友人と結ばれているのを見て安堵していた。

 鏡に問いかける。世界で一番美しいのは誰かと。

 愚かな鏡はリヴィアナではなく白雪姫と言おうとしたから、俺が炎で脅すと呆気なくリヴィアナだと言った。これでいい。俺の意に反するものはその身がどうなるのかを思い知らされるだろう。


 リヴィアナは聡明な女性だ。俺の狂気にも気付いているが、もっと奥深くに存在する化物にはまだ気付いていない。

 だから俺は優しくリヴィアナを鳥籠の中に入るよう誘導した。リヴィアナは己から鳥籠に足を踏み入れてくれた。彼女なりに思うところがあったのだろうが、俺の側にいてくれるなら何を思おうが構わない。


 それからすぐにリヴィアナは懐妊した。俺が撒いた種はちゃんとリヴィアナの中で芽吹いたのだ。

 それから三人の子供に恵まれ、四人目がリヴィアナのお腹の中にいる。


 リヴィアナの憂いを完全に取り除く為に、俺は友人の国を滅ぼし、白雪姫を奴隷商人に売り払ったあと、リヴィアナに帰還を告げに行くと、血の匂いで赤ん坊が驚くと嫌がっていた。確かにその通りだ。気の利かない夫で申し訳ない。

 愛しい愛しいリヴィアナは、時折一人で声も出さずに静かに泣いている。

 鳥籠の中で鳴く美しい鳥は生涯俺を惹き付けて止まないだろう。


 鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?


 

 

最後までお読み頂きありがとうございます。

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