兄貴≠俺
「―にぃちゃん、…着替えんのにどんだけ掛かってんの」
俺は兄の部屋のドアを開いた。
目に入った、うたた寝を通り越して熟睡している兄貴の寝顔。
…無性に腹が立つ。
思いっ切り、家中ペタペタ歩き回ったスリッパ履いたまま、眼前の間抜けを蹴り付けてやろうと思った。
コイツのうのうとお気楽な顔して眠りやがって。
無神経なのは変わんねぇなぁおい兄貴よぉ?
―もうすぐ、いなくなっちゃう癖に。
…解ってないのはにぃちゃんの方だよ。ばーか。
…人の気も知らないで。
…って、あんたは一生に何回言われるんだろう?
卒業式の日に熟睡する奴が居る?そんなバカそうそう居ないっつぅの。
例外がこのバカなんだよ。ホントに。
「…夜まではやること無いからって…」
何でそれで寝ちゃうんだよ―
…もう今までみたいには会えなくなるんだろ?
話せなくなるんだろ?飯だって食えなくなるんだろ?
―最後の休日なんじゃ無いのかよ。
俺だって、にぃちゃんに追い付きたいよ。
…あわよくば追い抜かしたいよ。こんにゃろう。
俺は…自分だけ新しいところに行っちゃう背中に追い付くので必死なんだよ?
いつもいつもそうやって、ふと気が付くと違う立ち位置にいる。
いちいち憧れて追い掛けてたら、真似だって怒られた。
柔道始めたのだって、違う事してやるっていう意地みたいな感じだった。
―分かってない。
俺の事なんか全然分かってないよ。
「ばかやろー…」
にぃちゃんと一緒なら吸血鬼だろうが何だろうが成ってやるよ。
百年でも千年でも背中見続けて生きてやるよ。
だから俺も連れてけよ。
「…追い掛けさせてよ」
ハーゲンダッツなんて本当は要らない。
その約束が分離した俺等を繋いでいてくれるような、そんな気がしていた―だけ。
…だから言った我が儘。
熟睡した兄貴の着ているTシャツが、昔母さんが買ってきたペアルック事件のそれだと気付き、
状況に不釣り合いに笑ってしまった。
今じゃなければ腹抱えて笑ってたと思う。
考える事は同じなんだなぁ、なんて。
…俺が着衣したのも、色違いなTシャツだったから。