心屈折―愛虐
重たい闇が心地良い。
しかし、其れに反して、気分は重厚に沈んでいた。
原因はあの小癪な小僧だ。それ以外に何が有ろうか。
しかし、命令を出した時の、服従の屈辱に歪むあの顔は、思い出すだけで歯が疼くほど愛おしく思う。
つい唇を舐めた。
嗜虐心が強烈に刺激される。普段威勢が良い分、その落差が滑稽で愛くるしく憎らしい。
―なのに、其れを遙かに上回る、喪失感。
彼の家族に対する嫉妬、やり場のない苛立ち、
燻ぶる、独占欲。
―そして生命維持への強迫観念。
そんな物はみっともないので表に出さないが、胸の奥では不安が渦巻いている。
「―…。」
深い溜め息が漏れた。
本当はこんな事、実行したくは無かったのだ。
あいつが苦しむのは判っている。
苦しむ顔は可憐で、もっともっと見たいと思うのに、其れは哀れで可哀想で、心臓が強く締め付けられる。
―余りに理不尽で、矛盾している。
―私は、大人気の無い男だ。
噛み合わない欲望は自分を醜く映し出す。
―私は醜い
会いたい。
帰ってきて欲しい。
吸血衝動が腹の底で疼いている。
未だ切れてはいないはずだ。
やはり、中毒性が強い。禁断症状が出るのも時間の問題だろう。
気を紛らわせなくては。
何としてもあいつが帰ってくるまでは耐えねばならない。
帰って来る事は確実なのだ。
あいつも耐えられる筈が無い。
じきに、苦渋の表情を浮かべ、この部屋の扉は開かれるだろう。
私とあいつは切り離せない。
私は退屈と衝動を忘れようと襟を正して靴紐を結び直し、朽ちかけたドアを開いて外出を決行した。
東の空が明るい。
夜明けが近い。
自然と足は急ぐ。そう遠くはない筈だ。
私が向かったのは仲間達の巣窟だった。
彼処には親友が居る。
自分が酷く愚かしい事を自負しがら、夜明けを凌いで私は歩いた。