服従マインド
どうしよう。
どうすんだよチクショー。
吸血鬼?んなもん居るかっつーの。
血を提供する?
献血でもしてこいよ。
俺は帰りたいのに。
あ〜あ、母ちゃん心配してんだろーなー…。
親父は帰ってきたかな…。
直、俺のセーブデータいじってたらシメるからな。
許さんぞ。もうすぐラスボスなんだからな!ココまで来るのに2ヶ月掛かったんだからな!!
…シャワー浴びてぇー。
「帰らせろよ。俺がココにいる意味なんて無ぇんだろーが」
金髪がプライドの塊みたいな態度で述べる。
「外出自体には何ら問題はないが、今のお前には手放しでそれを許可する事ができんな。」
―はぁ?
「何で?」
何がだよ。
「今のお前は余りに自分を理解していない。苦しむだけだ。止めておけ」
その言葉にカチンと来る。
「理解ぃ!?テメェが説明して無ぇんだろうが!!教えられて無ぇのに理解なんか出来る訳無ぇっつうの!!」
「無礼な。言葉を慎め、私は主人だぞ。私の命に背くことはできん」
「俺がお前なんかに服従してたまるかよ!!」
冷酷に、
彼が笑った。
…ただ、どこか悲しそうな匂いを漂わせて。
「『命令』だ。―静かにそこに座れ。」
ぞくり、と
背筋に冷たい物を感じた。
―聞かなきゃ
―言う事、聞かないと
「…」
俺は何故かそこに座り込んでいた。
聞か―…って、あれ…何で、だ…?
…え、何で?
反論したいのに、それをマズイと制する俺がいる。
華麗に笑ったまま前髪を掴まれ、男の顔が寄せられる。
「分かっただろう?お前は私に抗えない。」
チクショー!!このヤロー!!
死ぬ程悔しいのに、今は死んでも言い返しちゃいけないとストップが掛けられる。
何でだよこれ―!!
「―まぁ、お前の言うことにも一理有る。説明してやっても良いだろう」
ムカツク!!
この意志に関係無い俺の奴隷精神もムカツク!!
ひょうひょうと話すコイツもムカつく!!
表情変わんねぇけど
「主人となるα(アルファ)のヴァンパイア―この場合は私か。―に咬まれるとδ(デルタ)の元人間―お前の事だ、は、唾液に含まれる成分が後天的に血液中に侵入したと免疫細胞が認識し、攻撃しようとする。が、唾液の成分は脳に直接届き精神の意識レベルを越えて本人の意思を抑―」
んな事訊いてねぇんだよ!!
誰が体のメカニズム訊きたいっつったよ!!
なんだコイツ、どっか重大な所がズレてる。
「―あ~…!!―もういい!!」
―ぁ、やばい
―逆らっちゃった…。
どうしよう、怒られる。
―どうしよう
…どうしよう…どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…
ど―…って、何でだよ。
当たり前だろあんな睡眠薬みたいな話。聞きたくねぇもん。
気持ち話りぃ…何でだよ…。
一瞬、俺じゃなくなる。
金髪がくすりと笑った。
スカしてんじゃねェ!! オカルト野郎!!
「もう楽にして良いぞ」
「テメェェェ!!!いい気になってんじゃねェ!人が大人しくしてりゃ調子コきやがって!!!」
跳ねるように立ち上がった。
胸倉をひっつかんで怒鳴り散らす。
「『命令』。私への暴言を口に出すな。尚、此の『命令』は半永久的に持続するとする。」
む、と、言葉が詰まる。
―畜生…また―
「―手を離して貰おうか。」
シャツを掴んだ手が振り払われた。
「とにかく、今は帰るべきじゃない。家族の顔も見ない方が良いだろう。」
言いながら、金髪はボロい木の椅子に腰掛けた。
「…―痛い目を見るのは―お前、だ」
…意味分かんねぇよ。
「…嫌だ。帰りたい。」
流し目でこっちを見る。
面倒そうな目だった。
「帰る。だって意味分かん無ぇもん。吸血鬼なんて信じる訳無ぇじゃん。俺は大人しく間抜けに誘拐なんか、絶対されねぇ」
吐き捨てて、
俺はリュックをひっつかみ、錆びて歪んだ鉄のドアに手を掛けた。
だん!と、
男がドアに手を衝き、耳朶を男の鋭った爪が掠める。
そこに燃えるような痛みが後付けされた。
「―これは命令じゃない。忠告だ。帰りたかったら帰るが良い。…だが、忘れるな―」
爪が掠った場所を温い舌先が舐めた。
「―ぁ―、…っ!?」
咄嗟に裏返った声を手で押し込む。
何だよ俺…!!
…何て事、しやがる
「私が言った事を。」
息が耳に掛かって、俺の心拍数を着実に揚げていった。
「私が言った事は正しかったのだと―思い直すであろう」
キィ―…
男が、ドアを開けた。
「行きたいなら行け。―後悔、しないのならな。」
背中をどつかれて、前につんのめる。
背中で、
ドアが、閉まった。
「……っ何だったんだよ…!!」
振り返って見えるのは無愛想な鉄のドア。
―後悔なんか、するもんか。後悔したら後悔しちまうだろ。
未練なんか無いね。清々するぜばーか。
耳朶に触れてもすでに痛みはない。指に血も付かなかった。
…変なの。
…とんだ変質者だぜ。絶対そっちの人だよ。キモイなぁもう。
俺はノーマル人間なんだからな。まともに女の子が好きだからな!!
いたいけで健全なノーマル人間を…。ちっくしょう。訴えてやる。
「…、」
―やっと帰れる。
俺は見覚えの無い廃ビルの階段を下った。
この一歩が我が家に近づいていると思うと、根拠のない安堵感を噛み締める。
何だかんだ言っても、結局、家が一番いい、ってことなのか
男の事なんか頭からはすっ飛んで、俺はただ、望みに望んだ帰宅に浮き足立った。