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微告白―歴史





「っ悠二!!」



 私は友達の部屋―いや、友達の住み付いている部屋の扉を、思い切り開け放った。



「…な…何だよ、血相変えて。拓夜と何かあったのか?」



「私の時計を知らないか!」



 あれはとても大切な物だ。無くすわけにはいかない。



 大切な割に忙しい時などはすぐに忘れてこられる可哀想な代物である。

 探すのは結構慣れた。



 行動範囲はここと銭湯と家しかない。


 気付いたのが銭湯なら、ここと家どちらかに有るはずである。




「は? 時計って…クリスティさんから貰ったアレか? あの名前入りの…」


「―うるさい」


「アレ、お前家に忘れたとか言ってなかったか? だから拓夜に見られちゃうかも~。いやぁ~ん。って」




 …そう言われれば、確かに。

 ここでそんな会話をした記憶がある。



 在処ありかが分かって良かった。



「……そうか、そうだったな。あと私はいやぁ~んとは言っていないぞ」



 悠二の言い分が癪に障るが今日の所は許してやろう。


 そうだ。そういえばそうだったのだ。…一体何をとちっていたのか。




 …なんだかこれは恥ずべきだな。

 汚点というより、…素直に恥ずかしい。




「あの後どうした?拓夜とは和解したか?」


 銭湯での事か。



「む。嘘のように素直だったぞ。可愛い奴め」



「…アレが可愛い、…ねぇ…。…まぁ、人の好みは色々だしねぇ」


「何だお前、何が言いたい。お前の趣味とて理解出来んぞ」



「何だって!? 優太はこんなに可愛いのに!!」



 …くっつくな。鬱陶しい。


「…んで、何を教えてあげたの、裸の付き合いで」



 …とりあえずは、満遍なく全体的に。



 私は―出来るなら教えたくはなかったのだ。

 ―もっと彼奴が落ち込むと思っていたから。



 しかし意外と平気だったのは―私が思う程、…彼奴は馬鹿では無いのかも知れない。



 とっくに整理など付いている―のかも。



 …しかし、言わなかった事もある。



「…ヴァンパイアが老いないと言う事以外は、ざっと教えた。漏れがあるかとは思うが」



 …いや、言えなかったのだ。

 『私』なのに、臆病だったから。



「…やっぱり、言わなかったか…」



 随分と知ったような口を叩く悠二を、軽く睨み付けた。



「…いや、そういう意味で言ったんじゃ無ぇよ。俺も暫くは優太に言えなかったからさ」



 初めて耳にしたと、隣の愚属が顔を上げた。



「―そうなんですか?」


「あ~…。…あぁ、…そうなの。意気地無しでしょ、俺。チキンなの」



「いえ、違います!きっと、悠二さんは優しいので僕に言えなかったんです」


「…いや…本当にさ…、怖いんだよ。…それ言うの」



 ―珍しく神妙な顔をして、悠二が言った。



「お前とかさ―その、自分の愚属?…とかが、人間をやめる事になったのは、本人が望もうが望むまいが主人の責任なんだよ。

…老いないのも同じ。

世間が変わっていく中、自分の老化は酷く緩慢で―家族も友達も死んでいく。それすらいつか忘れて、…自分はどんどん化け物に変わっていく。

…それでも、死ねない」


 長々語ったが、優太も私も口は挟まなかった。



「分かってるんだ。愛して配下に置いた奴がどうして、どうやって苦しむのか。

言わなくちゃいけない、分かってる。…でも言えない、こんな―、…こんな弱虫なんだよ」




 最終的には自嘲だったのかも知れない。


 悠二は皮肉気に笑った。




 ―私は浮き世という物に未練は無かった。


 …だが、それでも少しばかり辛く感じた。



 友人と呼ぶような者は居なかった。それでも、知人や顔見知りとの老化の差が激しい。



 年号が変わり、文化が変わり、人間が変わり、常識も言葉も変わっていく。



 まるで時間から切り離されてしまったような錯覚。


 誕生日など直ぐに祝わなくなり、時間の感覚が麻痺して壊れて、自分の年を数えるにも計算が必要になる。





 …それと同じ道を辿ると知りながら、そんな残酷な宣告―どうして出来ようか。




「…悠二、生まれはいつだったか」



「昭和16年、。…第二次世界大戦が始まった2年後に、糸川裕二が生まれたよ」



 悠二の本名は糸川裕二。

 平成に年号が変わったときに字を変え、名字を伏せた。



 私は幾ら経っても…過去にしがみついて変えられないままなのだが。



「…お前は?優太」



 悠二が話を振った。


「ぼ、僕ですか?…僕は平成5年です」



 今が平成21年…だったか…、だから、18か。


「随分若いな」

「やだもー優太可愛い~」


「…見た目には全然似合わないんですけどね…」


 確かに…18の男には見えない。



 だがそれは悠二も私も同じだ。


 ゆうに150を越した悠二も、外見は二十歳位に見えるし、私も多分二十代には見えるだろう。





 ―つまり、こういう事だ。



 外見年齢と精神年齢がずれていく。


 そして、分からなくなる。


 自分が幾つなのか。幾つであるべきなのか。




「桜助は?」


「…は?」


「は?じゃ無ぇよ。この流れはお前もカミングアウトだろうが」





「……いや、何も気にする事はない」


「はぁー?…んだよ一番年寄りなの気にしてんのか?」



 ビクッ!と、目の下が引き攣るのが分かった。


「…年寄りじゃあない。ベテランなんだ。」


「…あれ、言っちゃったな。こりゃあ大失言だー」


 軽快に笑う悠二だったが、その裏など見え透いている。


 …お前は確信犯だ。





「誕生日は忘れた。以上」


「嘘だ。絶対嘘」


「…うるさいな。お前のように最近生まれた訳じゃ無いんだ。暦も見ないから正月も分からん」



「嘘だよー。だって寒くなるじゃん」



 …まぁ、確かにそれは言い過ぎた。実際は除夜の鐘で分かっている。




 しかし、今年齢を訊かれて答えられないのは事実だ。




 …計算すれば分かる。





「言いやがれよ、チェリー?」


「その名で呼ぶな!」


「可愛いじゃーん。チェり…」


「黙れ!!」




 ……全く…。





「…帰る」


「は? 何だよ怒った?」


「違う。時計の在処が分かった以上、ここに居る意味は無い」


「つまんないな、帰っちゃうのか。…ま!俺には優太が居るから良いけど!!」



 …見ているだけでげっそりしそうだ…。




「…そうだそうだ、其処で仲良くしていろ」



「言われなくてもねー」



 本当に鬱陶しい友人を尻目に、私はもと来たドアをくぐった。




「また来いよー!」



 それも無視した。


 答えなくても読まれている気がした。







 思い出してしまった。


 ―あの人


 私が愛し、敬愛した人。




 遠くも近くも思える過去。


 それを振り返り、


 想う。追悼の意を込めて。



 過去に消えたあの人を。







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