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御話バスタイム






 ―そもそも、吸血鬼には階級が在るそうだ。




 俺みたいに感染した場合、噛まれてから時間が経つごとにヴァンパイアの特性が濃くなっていく。



 …っていうのは前にぼんやり聞いた。





 その後。それについての詳しい説明。


 そのヴァンパイアの血が濃くなる過程で、どうやら本当に進化しちゃうらしい。



 日光に弱くなり銀にアレルギーができ、吸血量が増え、徐々に血液以外では栄養が取れなくなる。


 身体的な変化は、身体の仕組みが変わってくるために人間とは比べ物にならない身体能力を手に入れる。


 その一環で同族を匂いで感知できるようにも成るらしい。




 外見的には、日光を浴びないためか色素が抜けてアルビノになってく。


「…ちょ、ちょいストップ!」


「何だ」



 カコーン―、と、どこかで桶の落ちる音がした。



「お前はアルビノじゃ無ぇじゃん。何でだよ」



「……」


「な、何で黙るんだよ」



 この場に似つかわしくない溜め息をついて、桜助が顔を濯いだ。



 …俺は―なるべく下を見ないように奴を見る。



 そもそも何で俺がそんな事に苦心しなくちゃいけないかというと…



 ここが銭湯だからだ。


 そして富士をバックに湯船に浸かっているからだ。



「―ヴァンパイアには、その種を感染させて繁殖する感染種と、他の動物の様に交配をして繁殖する純血種がある」



 …うん?

 何か急に難しいぞ?




「な、何だって?」


「だから、お前のように噛まれたからヴァンパイアになる種類と、生まれながらにヴァンパイアという種類がある」



 …ああ、成る程。


 血統とエセって事か。


 …二種類あるんだ。吸血鬼って。



「純血のヴァンパイアは種を感染させる事は出来ない。…それを踏まえた上での話だ」



「ああ」




「―私の師匠は二種の混血だった」


「…し、師匠って?」


「お前で言う私の立場だ」




 …うーんと…、つまり噛み付いて感染させやがった野郎の事?



「その師匠に噛まれたのが私だ」



「お前じゃあクォーターなの?」


「…クォーターとは何だ…。まぁ…、確かにそうなるか」



 ふーん?…で?



「純血は生まれながらに色素が薄い。また、感染よりもヴァンパイアの要素が濃い。

金の瞳も暗闇に順応したためだ」



 …猫みたいなか。



「師匠のその特性を強く受け継いだ私もまた、―こんな外見と言う訳だ」



 …ふーん…。

 そう言えばコンビニで会った奴も金髪の金眼だったかな。



「じゃあ純血ってェのは金髪で見分けんのか?」


「いや。他にも特徴はあるぞ。耳は鋭っているし、瞳が三日月形だ。それと―」



 おもむろに桜助が指を突き付けた。


「…な、何だよ」


「爪が鋭く鋭ってくる」


 言われてみれば確かに。整えたようにキリッと鋭っていた。


 引っ掻かれたら怪我しそう。




 俺は自分の爪を見てみた。

 若干伸び気味で、無頓着に放置された爪。



「俺もそうなるかな」


「ならないだろうな。クォーターの次は既に原型が残っているとは言えないだろう。普通に白髪だ」



 …そうか。白髪か。


 …いや、別に良いけど。




「…そうだ、愚属って何だ? 何であのコンビニで会った野郎は俺が邪魔とか何とかほざいてやがったんだ?」



「―愚属とは自分が噛んで仲間にしたヴァンパイアを主人側から見た呼び方だ。つまり私の愚属はお前だということになる」



 ほうほう。それでやたら連呼してるのか。




「コンビニで会ったのは純血のヴァンパイアだ。お前が邪魔だと言うのは私をあちら側に付けたいからだろうが…―行きはしない」




 …行くって…


 …そうか。コイツはクォーターで、ハーフの感染主の子供みたいなモンで、



 …だから、仲間に付けたい…のか?


 こいつとしては…どうなのかな。


 何で行かないんだろう。



「―あの純血の左胸に、薔薇の刺青があっただろう」



 …あった。幼げな外見にそぐわない、でっかいバラのタトゥー。


 …ちょっとかっこいいと思った。



「あれは私達―いや、お前達感染のヴァンパイアを滅ぼそうとする者達の紋章…とでも言うべきか」



「は…?なな何でそんな」



「純血種のヴァンパイアは絶滅に瀕している。もう大して残ってはいないだろう。 ―そんな奴らにとって感染の亜種ヴァンパイアは邪魔な存在だ」



 邪魔…って…。


「…何でだよ。何が邪魔なんだ?」


「繁栄にそれ程支障はない。ただ―思想が違う」


 思想…。


 宗教や経済の主義が違うと国家間で争ったりする。…よな。


 アメリカとソ連の冷戦とか。



 …そんな感じなのかな。



「感染種はこうして、愚属の血を吸血し糧として生活する。

人間との共存を前提とした集団、社会を種として作っていると言えるだろう」



 多くを救うには小さきを見捨てよ…とか何とかって聞いたことある。マンガかな。



 感染のヤツらは、そういう方式で生き残る戦略を組んだのか。



 純血の進化は、生き残るのに適応しなかった。

 だから、絶滅に瀕した。



 確かにどんどん繁殖してどんどん人間を狩ったら…人間なんてすぐに滅びてしまうだろう。



「だが純血種にヴァンパイアを感染させる能力は無い。便利に食料をストックする術がないために―人を狩る」



 …―何だって?



 人を…狩る―?



「そんな両者の思想が合う筈も無いだろう」



 …合わない、…って…。


 …まぁ、そうだろうな。



「こうして戦争になるのは―不可抗力というものだろう」


「…せっ!? 戦争!?」



 な、何だそれ!!

 限り無く初耳だぞ!



「今―純血が私達に戦争を仕掛けている。…回避は不能だ」



「…か、回避不能って―じゃあ…!じゃあ俺はどうなるんだよ!!」


 正直戦争ってのがどんな物なのか、平成不況生まれの俺には分からない。


 だが、少なくともとんでもなく危険な事なんだってのは分かる。



「…ああ、心配するな。私や他の上級ヴァンパイアが正面切って戦い、何らかの奇跡で勝てば全滅されはしない」


「奇跡って言っちゃってる時点で全滅決定じゃん!!」



「…私は裏切らないぞ」



 …え?



「私がこちらを裏切る事は無いと言ったのだ。私だけが戦いを避けることは簡単だ。

―しかし、それで一体どうしようと言うのだ」



 …あっちの奴はこいつを必要としている。


 ―行って欲しくは…無いと思う。



「…何で行かないんだよ?」



 これは、ただの知的好奇心。


 何でそこまで断固として断るのか。


 ―その強い意志の源は何なのか。



 …何だか、俺とかの世代には無い強さを感じて。




 気になった。




「…か、簡単な事だ」


「うぇえ!お前が照れるかぁ!?」



「私、は―」




 風呂の所為か、照れてるのか。若干頬を染めて咳払いをした。



「―いや。別に大した理由など」


「あるだろ!絶対ある!!」



 バレバレなんだよ、いつだって。



 何でそう分かり易いかな。

 カタい奴演じてる癖に案外ピュアなんだから。


「無い。無いと言ったら無いのだ! 逆上せた、もう出るからな!」




 隠しもしないで突然立ち上がり、色々丸出しでずかずか歩いていく。


 俺も後を追った。



「なぁ、何なんだよー。気になるだろ? 言い掛けたなら最後まで言えよー」


「言い掛けたがもう終わりだ。その話は終わった。終了、もう話さん!」


 ちなみに今は夜だ。日が暮れてすぐここに来た。


 それまで寝てたので結構元気。



「なぁあ〜!」


「五月蠅い奴だな。良いからお前は黙っていろ!」



 怒ったように向き直る、



 ―ヤツの身体が…すごく、格好いい。


 …何つぅか…主張しない筋肉で締まってて、すごく―綺麗。




「―ふん、そうして黙って居れば良いのだ」



 不服ながら裸に見とれていた俺を、どうやら言う事を聞いたと勘違いしたらしい。



 ……ジジイばっかの銭湯の風景には相当似合わない白い肌が、黒服に飲まれていく。




 俺もいつまでも素っ裸で居るわけにはいかない。


 着替えを持ってこなかったので着てきた服を着た。


 …それはコイツも同じだが。




 とっとと着替えて番台を通り過ぎた…―所で、知らない人が桜助を呼び止めた。



「おーすけ〜!おっひさー」



 …呼んだのは、更に銭湯に似つかわしくない、ピンクゴスの女。


 白とベビーピンクの畳んだパラソルを持っている。



「…。」


 かなり嫌そうな顔で、桜助はその女を見る。



「…え、誰?」


 誰だコイツ。


 髪と肌が完全に白く、瞳が純粋な赤。



 多分、感染ヴァンパイア…?



「―小梅…、…今度は何なのだ…その格好は…」



 桜助がドン引きで言う。

 こいつが引いてる所なんて始めて見た。


「小梅じゃなくて今はプラムとお呼び!!」



 …え、え〜っと…?



「…それで、その恥曝しは何だ」


「恥曝しじゃあ無いしぃ〜。これがぁ、今の、ト・レ・ン・ド!」



 うぜっ。


 つか…何でギャル語? それにさ、別に流行ってないし、ゴスロリ。



「…いい加減にしたらどうだ。…見ていて痛々しい」



 それは確かに、イタい。


「イタくない!これがカワイイんだもん!!」



 …かわいくないとは言わないけど。


「可憐ではない。けったいだ」


「けったいじゃない!カワイイの!!」


「―……。…確か…、20年前も同じ事を言っていなかったか…?」


「年増扱いしないで頂戴!! アタイはオバサンじゃ無いんだからね!!」


 アタイ…?


「誰も年増だとは言っていない」


「…あら、ほんと? …じゃ、なくて―。―…はぁ…」



 溜め息をついて、女が顔を上げた。



「やっぱり難しいわねぇ、…現代語は」


「うわ、ギャル語じゃない!」



 何だよこの不審者二号は。


 ちなみに一号は桜助な。



「あらまぁ、だれかしら?」


 ピンクゴスは俺にずぃっと近づいた。


 見た目は、きれいな、桜助と同い年くらいのお姉さんだけど、中身は……結構…古い。



「それは私の愚属だ」


「…アンタが愚属作るなんて珍しいわね。赤い雪が降るんじゃないの?」


「失礼な。少なくともその文明開化時代に酷似した服よりは幾分マシな現象だ」


「ひどいわね、誰がちぐはぐ日本人よ。私はあの時だって時代の最先端を行っていたんだからね」


「…あの時も小梅はけったいだったな…」



 …な、何か…すごく次元の違う話をしてる気がする…。


 文明開化って…あの文明開化でしょ?



 本気?…冗談?


 ってか…お前ら幾つだよ…。



「ねェ、桜助の愚属さん? アタイの格好、どう思いますかねぇ?」


「…え、…え〜っと…あぁ、ハイ…。………良いんじゃ無いっすか…」



 悪くはない。とっても可愛い。


 …けど、…口調に戸惑う。



 俺の言葉に、小梅と呼ばれた人はにっこり笑った。


「でしょう?かとは思いましたわぁ。…なーんて!」



 何か一人で盛り上がってるし。


「それで!どうしたの?桜助、こんな所に現れて!」



 何なんだこのハイテンションは。


「…拓夜と大事な話をしに来た。もう帰る所だから邪魔するな」


「重ね重ねひどいわね!別にアンタの邪魔をしに来た訳じゃないわ」


「結果的に邪魔なんだが」



 …何だろう。何で2人共こんなに中良いんだ?


 …何か…気に入らねえ…。



「でも―そうねェ。アタイがアンタらの乳繰り合ってる時間を邪魔しちゃあ無粋かな?」



 ちちくる…?

 …って、何?



「……な、何だ…、人をからかうな」


「な、なぜ照れる!?」



 ちちくるってそういう意味なのか?


「お熱くて羨ましいですわぁ。それじゃあねー」


 女湯の暖簾のれんの向こうに消えていく小梅さんを、桜助が厄介そうに見送る。





「……な、…あの人誰?」


 面倒そうに、ヤツは長い濡れた金髪を払った。


「…一応、旧友だ」


「いちおうって…」



 バリバリ友達っぽかったんだけど。



 でもまぁ…悠二さんといいあの小梅って人といい…案外友達居るんだな。

 あんな性格だから孤独な奴かと思ったのに。




 類は友を呼ぶって言うのか、変人が多いと思うけど。



 …俺も友達欲しいなー。ヴァンパイアの。




 優太は友達かな…。



「何を呆けている。―行くぞ」


「あ、あぁ…」



 桜助の後を追いながら、ケータイを開いた。



 8時ちょい。だいぶ長風呂だったらしい。



 …あ、電池が―、



『―充電してください』




「…切れた……」


「?」



 桜助が画面を覗き込む。


「…真っ暗の画面に向かって、一体何をしているのだ」


「たった今真っ暗になったんだよ」




 …最悪。


 帰りにコンビニ寄って充電器買わなきゃ。




「俺コンビニ寄るけど―」


「私は帰るぞ。…む?」


 何かに気付いたように、コートの上から全身をぺたぺたする。


「…無い」



 顔を真っ青にして―…いや、暗くて顔色なんざ分かんねぇけど、とにかく形相を変えて一言呟いた。



 かと思ったら急にダッシュで走り出した。



「…私は悠二の所へ行く!! 買い物が終わったら帰っていろ!」


「…え?ちょ、待っ…!何が…!!」




 言い捨てて走り去ってしまった。



「…何なんだ、アレ」




 忘れ物か?

 まあ…良いけど。



 ……懐中時計なら俺が持ってるぞ?


 …何か違うもん忘れたのかな。分かんないけど。


 よく分からないが仕方ない。充電しなきゃケータイは使えないし。



 …と、言う訳で、俺は単独で廃ビル近くのコンビニに向かった。




 …段々と、


 ―…あの、不審者一号にして変質者の、


 桜助という名の金髪の吸血鬼に対する嫌悪が、淡く薄れてくる事に―




 ―小さな焦りすら感じながら。







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