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曇空月―独占






 勝手に、すれば良い。





 その末にどうなろうとも、私の知った事では無いのだ。





 …―なのに。







「あの阿呆が…!!」







 …私も、随分と行き過ぎた過保護だと思う。


 全く心配性の親馬鹿で、自分でも嫌になる。







 …現に―






 …こうして、後を追っているのは他ならぬ私な訳で―






 少し便所を借りてくると行ったきりだが…




 …どうにも、胸騒ぎがしてならない。





 奴ら、…純血種の奴らは、私をマークしている。


 私―及び私の愚属を。



 まだ本格的な争いにはなっていないが、静かに戦争は始まっているのだ。



 無警戒にのこのことその辺を歩き回っては、いつ、何が起こるか全く予想が付かない。





 特に―ああいう平和かぶれした奴は







「……私とて、満身創痍という訳では―」





 痒い。痛痒い。


 顔や首などの日光に触れた部分は、先程よりも発疹が酷くなってきている。




 …今後、水膨れになって皮膚が剥がれなければいいのだが。





 私はかなりヴァンパイア寄りで―…、…いや、既に、純血に均しい程人間からは遠ざかっていて


 …だから、吸血鬼としての利点も、弱点も大きい。






 それでもあいつらには及ばないし、及ぶ筈も無いが。






 彼奴等は純血だ。



 亜種との混血の師匠の愚属―私は、精々、真似事位程度しかあいつらに近付けないだろう。





 尤も、これ以上自分が化物に変わってゆくのはこちらから願い下げだ。


 自分が望まない方向へ変化してしまうのは、誰だって苦痛だろう。





 …きっと馬鹿な彼奴も―







 少し走ればすぐに着く明るい照明の店。


 たしか、『コンビニ』―…とか、言っていたか。






「…っ、やはり―」




 方向は掴めないが、敵としか言えないにおいが空気に混じっている。





 不愉快な、あの蔓薔薇。


 毒々しくて、色素の存在しない肌に浮き立つ。






 師匠の左胸にも、咲き誇っていた。



 …巨大な傷の為に分断されていたが。






 正面から入っても―






 きっと、また激しく拒絶される。



『嫌いだ』



 …そう、吐き捨てて





 ―それに奴に鉢合わせするのも好ましくない。

 攻撃するなら不意打ちの方が、奴には適している。



 ………全く―


 …こんなに、考えてやっているというのに―


 彼奴の態度は、まるで変わらない。





 もしこれが私からの馬鹿げた一方的な好意なら―










 ―…これほどさらに、馬鹿馬鹿しい事は無い。










 店の裏口からカラフルなエプロンを着けた店員が、大きなゴミ袋を持って鼻歌交じりに現れた。


 これまた大きな深緑のダストボックスに、其れを放り込む。






 …あの裏口から中に入れるのか。




 様子を窺っていると、彼は制服のポケットから煙草の箱を取り出し、一本の煙草にライターで火を点けた。



 星のない空を見上げて、煙を吐き出す。





 のんびりと一服始めた店員の後ろを、足音を忍ばせ通り抜ける。





 彼は全く気付かない。

 …一体、何の為に備わった五感なのか…。



 だから昭和から平成に掛けての人間は、平和かぶれいると言っているのだ。





 警戒心がまるで無い。平和なのは当たり前。



 自分の身に危険が訪れるなんて、多分思い付きもしないのだろう。







 ―倉庫のように物が積まれた部屋に出る。




 プラスチックや段ボールのケースが高く積み上げられている。


 …まだ小さかった頃の仕事を思い出した。






『……〜…ー―』


 …!



 聞いた事の無い声だ。



 耳を澄ました。



『―…ミという戦力を削ぎにってか消しに来ただけなんだよね』




 …『キミ』とはもしや彼奴の事か?



『キミ、人間の血の方が濃いみたいだね?―』





 これは―




 まずいかも知れない。



『―じゃあ、美味しいかもなァ』










 咄嗟に走った。



 白い半開きのドアを蹴り開ける。




 レジの前には、彼奴―…拓夜と、見覚えの無い金髪の少年。




 においで分かる。奴は










 純潔の、ヴァンパイア










 少年が背伸びをし、




 屈んで、拓夜の首に―









 …っ!!


 ふざけるな―



 それは私の物だ―







 触れるな










 それに、触れるな










 強く




 床を蹴る。


 商品が落ちた。


 走る距離じゃない。




 そいつは気付かない。







 ―知った事か








 せまった身体を、力任せに蹴っ飛ばした。


 丁度、横腹に踵が入る感触がした。



「…―くっ!ぁ゛っ!!」

 予想以上に吹っ飛ぶ。


 ごろごろと床を転げ、摩擦で停止。


 苦しげに脇腹を押さえて、顔を上げた。





「…っ、…お、前は―ッ!!」


 私は此奴を知らない。



 しかし好まざる者だという事に違いは無いだろう。



「―私の下僕に近寄るな」





 ―ふざけるな



 それは、私のだ。





 誰にも―ましてや、こんな奴になど―渡してなるものか。







 其れに触っても良いのは私だけだ。


 許されるのは私だけだ。


 指一本でも触れたなら即刻死刑にしてやりたい位なのに。


「……く、」



 まだ苦しいらしく、身体を2つに折った。










「…へ……?? ……はり?」



 遅れて状況を知ったのは当の本人。




 きょろきょろと辺りを見回し、私を見た途端、顔を歪めた。




「…!? ……何でテメーがここにいるんだよ」



「―…助けに来てやったのに何では無いだろうが」



 私は寝ていたかったのに。




 こいつの恩知らずは相変わらず、相変わる筈も無い。




「そうだ!そいつ―」



 拓夜が指差したとき、丁度少年が身を起こした。



「…っきぃたなぁ〜…。痛いじゃん? チェリー、だっけ?桜助?」




 彼の薄ら笑いは、余裕という暗示。


 こいつら純血は無駄に丈夫で、手強い。




「―全く…、ボクじゃあキミには敵わないからさぁ、帰ってくンないかなァ? ホンっト、やめてよね?喧嘩はヤだからさあ」




 喧嘩は嫌だ?



 ―どの口がほざくか。






「そっちから私等に『喧嘩』を仕掛けたのでは無いのか?」




「あれまぁゆーねぇ?…間違いじゃあないけど」






 羽織ったタオル地の上着から、真紅の蔓薔薇が覗いている。



「…見覚えの無い顔だ」





「やだなー、老けてボケちゃったんじゃないのぉ? ボクって、めちゃくちゃ長老のレギュラーメンバーだよ?嘘だけど」







 新入りか、


 それとも、新手か。



 どちらにせよ、大差は無いが。




「…なぜ我がしもべに手を出す。」



 訊いておかなければいけない。



「あっは、『我が』―だってさー。さっきからヤだねぇ。すんごい独占欲」



「…私が言うのも何だが、そいつはヴァンパイアになって2日も経っていない。価値は無いぞ」




 少年が笑う。


 嘲笑じゃなく、妖笑。










「―僕の意志じゃないよ」










 私は目を細める。










「リーダーの意志か」







 彼はにこっと笑った。








「そ。キミの愚属を殺れ、だって?」




 案外さらりと答える。



 つぃ、と。



 視線が拓夜に流れる。

 温度の無い眼。





「―キミは、さぁ」







 先程までの愛想は影も形も無い。







「―邪魔なんだよ。ボクらにとっては」







 声は冷え切って凍える。



「ボクらが必要なのはその桜助クンだけ。キミは不要ない。 …―キミが居るとさ、そのキミの御主人サンがこっちに来ないんだよ。 …消えてよ?ボクらの種の保存のために」



 ―ほざけ化物が。





「―なら貴様にも消えて貰いたい物だな。私達の種の存続のためには、お前等純血は只の天敵にしか成り得ない」




 分かり合えない。


 天敵に成らざるを得ない。




 私達は、対立する以外無いのだ。






 ―何より



 無条件に



 私の下僕に危害を加える奴は咎人だ





 ―私の、敵だ。




「…今日は消えれないかなぁ。僕にだって目標…ってか夢はあるし」






 お前がこちらの事情を気に掛けない様に、



 こちらもお前の夢などは何の障害にも成らないが。




「…ぁ〜あ、も、台無し。ボスのお願いも聞けないし…奇襲攻撃、見事に失敗」




 お手上げという風に両手を上げた。



「…ま、こんな時もありますよって事で」





 腹立たしい程楽天的に、少年は括る。




「…―じゃ、お望み通り。ボクは消えるとしますか」










 思わせぶりに言って、



 踵を返した。










 緊張と不安と、正体の知れぬ期待が立ち込める。




 レジにいる知りもしないヴァンパイアの青年も、怯えと期待の入り混じった表情で成り行きに身構えていた。










 全ての視線と意識が薔薇の少年に集中した。








 一歩、踏み出す。







 ウィィー―










 自動ドアが開く。







 何の捻りも特別性も、ましてや面白味も危険度も無くごく普通に、彼はてくてく歩いて、通常で正統の入り口即ち自動ドアから立ち去っていった。






「…って普通に帰んのかい!!!」





 天性のツッコミが堪えきれずに声を上げる。



 レジから安堵と僅かな失望の溜め息が漏れた。





「えぇ?だってここ出入り口じゃないの?」



「そうだけど違ぇだろ!! 凄そうなオーラビンビンだったじゃん!! 壁壊すとかいきなり消えるとかそれらしい事しろよ!!」




「弁償できないもん、ボク。いきなり消えるとか無理言わないでよぉ、立派な哺乳動物なんだからさー。マンガの見過ぎだってェ」


「ヴァンパイアの存在が既にマンガなんだよ!!」


「それは違うぞ拓夜。私達は人類が漫画を発明した遥か昔から―」



「お前は黙ってろ!!」


「何? ヴァンパイアは突然消えたり空飛んだり、炎出したり霧呼び出したり、魔法チックな事出来ると思ってた訳? 無理に決まってんじゃん。キミって馬鹿?」



「あぁ思ってた!!思ってたさ!!お前が思わせぶりな態度取るもんだから!! まさか堂々と礼儀正しく出てくなんて思ってもみなかったよ!!ガッカリだね!!」



「やだなぁ、ボクだって出口から退散するっていう位の最低限の常識は持ち合わせてるよお。変な期待しないでくれる?桜助はちゃんと分かってると思うけど」



「分かっていたからこそ間抜け共を煽ってみたい。人の心理などその様な物だ」


「そんなのお前だけだ!!」



「せーかく悪りぃねぇ。やっぱこっち来なよ。その方が向いてるよお?きっと」



「断る。こいつを連れて行く事は出来ないのだろう?」




 少年が蔑む様に笑う。



「―当ったり前じゃぁん。不要ないよ?そんなの」










 その言葉が、気に入らなくて




 私の顔が険しくなるのを感じた。








「…じゃー、今度こそボク帰るからあ。……キミが言う通り、」







 そう言って、そいつは拓夜を見た。




 先程とは違い、とても友好的に。




「礼儀正しくね」






 シルクハットでも有れば脱帽して会釈していたかも知れない。



 悪戯好きな子供のような目が、何かを企んでいる様に見えた。





 後退りして、開きっ放しだった自動ドアから外に出て行った。










 そして、









 一瞬だった。







「っ!?」




 拓夜が目を見開く。






 もう、少年はいなかった。




「っき、消えたっ…ッ!?」



「―上だ」





 早速天井を見上げる。




 …違う。



「…馬鹿か。違う。天井じゃない」



「…った!テメェ!!人のこと叩くんじゃねぇ!!」


 後頭部を軽く小突いた事を咎められる。



「屋根の上だ。さっき飛び上がった」


「…は…? …デマ流してんじゃねえよ。なんでンな事分かんだよ」




 …こいつは…。




「嘘じゃない。見えなかったのか」



「見える訳…!ってぇえっ!? み、見えたの!?」


 目玉が出かねない勢いで叫んだ。



「何だそうか。やはりまだ戦闘能力が…」


「何の話だよ!? 何!? じゃあセロのマジックも見破れるのか!?」




「何だセロって」



 人名か?



「…しかし、貴様の戦闘力の皆無さには目を見張る物があるな」



「ああそうですか、化け者共と一緒にしないで頂けますか」




 ズクリ、と心臓が痛む。





「……お前には、見えただろう?」



 聞かなかったふり。



 レジの青年に話を振った。



「…へ―!? 俺ですか…!? …あぁ…まぁ、はい、残像ですけど…」



「え…!マジっすか!!」


「見えないお前が大した事無いのだ」




 むっと押し黙る顔は不服だと物語っている。




「不満そうだな」





「…貶されて上機嫌になるかってぇの。俺マゾじゃねえし」




 拗ねたように述べる様子は可愛らしい。




「貶す―…か。…確かにな」




 つい言った言葉、私には他意も悪意も無かったのだが、どうやら気にしたらしい。





 吸血鬼としての能力なんて一朝一夕に変わるもんじゃない。



 拓夜の身体能力がショボいのは仕方無いというか当たり前だ。



「不満も不満、大不満だよ。ふざけんなよ。無理に決まってんじゃん」




「…今のお前には無理かも知れないな」



「は?何その言い方。…もう良いよ…お前に気の訊いた事期待した俺が馬鹿だった」





 …気の訊いた事?



「何の話だ?」


「もういい。―何でも無ぇよ」



 ……解らないな…。




「帰る」





 吐き捨てて、踵を返す。





 状況が解らな過ぎて、追うことも出来なかった。



 自動ドアが機械的に開き、奴の背中が遠くなる。


 澄んだドアの向こうで、不機嫌そうな横顔が早歩きで消えていった。





「―…?」



 首を捻る。





 全然、訳が分からない。



 私はこういう事に疎くて仕方がない。


 悠二なら分かるだろうか。




 あいつはこういう事に関しては結構達人じみているから。



 …また、明日にでも行ってみることにしよう。





 何だか謂われの無い憂鬱感に取り巻かれながら、後を追うように私もあの部屋に向かった。














 …―しかし、




 もう手を出してくるとは、思わなかった。



 予想以上に、展開が早い。







 焦っているのか―…?




 無限に近い寿命を持つ彼奴等が?








 …それとも―内部で何かが起きているのか…。









 …何がどうであれ、面倒なことに変わりはないが。




 それに、どっちみち拓夜に苦難の道を強いてしまう。









 …やれやれ。








 深い深い深い溜め息を、雲の掛かった月に愚痴ってみた。




 彼は何を言う事も無く、





 200年前と同じ顔で私を見下した。







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