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彼女の本心

 夢。


 そう、多分私は夢を見ているのでしょう。


 目の前に、小さかった頃の私がいるから。


 子供の頃から体が弱くて、あまり外に出なくて。だから、色白で……。


 これは、きっと悪夢です。


 藁を集めて作ったベッドの上で、小さい頃の私が浅い呼吸を繰り返しています。


 色白を通り越して、水死体みたいに肌の血色が悪くて。


 耳から垂れた血が、枕を赤黒く染めていて。


 両親が、泣き叫んで何かを言っているのが分かります。


 必死に私の手を握って、大きな声で。


 それなのに、私は必死に呼吸をするばかりで何も応えません。たまに、苦痛に(うめ)くだけ。


 確か、この時は起きていたと思います。あまり覚えていませんが。


 もう、死ぬんだって思ってました。


 誰が見ても、もう長くはないでしょう。


 病人の近くには、本来なら医療術師が居るはずなのに。


 私の家には居ませんでした。


 別に愛されていなかった訳ではありません。単に、お金がなかっただけで。


 医療術を施して貰うには、定期的に国にお金を支払う必要がありました。

 でも私の家は、そんな余裕はありませんでした。


 だから、両親はいつも私に怪我をしないように、魔物に巣食われることのないようにと口を酸っぱくして言っていました。


 これは後から知ったことなのですが、医療術を施す時に、相手から金銭を代価として貰わないといけないなんて神様との契約は無いらしいです。


 なので、お金を払わないと助けて貰えないというのは国が決めたことなんです。その方が、多くお金を取れるから。


 でも、そうして集めたお金が、この頃の私よりも、もっと幼い貧しい子供や、身寄りのない孤児、赤ん坊に使われている事も私は知っています。


 だから、怒るつもりなんてこれっぽっちもありません。


 むしろ、感謝したいくらいです。そのお陰で、先輩と出逢えたんですから。


 だから何も怖くないよと、幼い私に告げてみます。


 私はゆっくりと瞬きをします。


 少し、場面が進みます。


 先輩がいる。幼い先輩が、幼い私に必死に医療術を施してくれています。


 確か、この頃の先輩は神官に成り立てなんでしたっけ。みれば、所作が今では考えられない位にたどたどしい。


 不謹慎ですが、少し笑ってしまう。いや、今だからこそ、笑い話になるのでしょう。


 水を入れ換えて、とか。腕をきつく縛って、とか。


 苦しんでる私よりも汗をかいて、泣きそうになりながら必死に指示を出しています。


 私の為に、一生懸命になってくれている。


 そうして、容態が安定した幼い私が、静かに寝息を立てるのを先輩と一緒に確認して、私はまた瞬きをします。


 見れば、少し成長した先輩と私が並んで立っていいました。


 ここは、先輩の故郷にある、先輩が信仰する神様を祀る本殿。


 思い出しました。そういえば、先輩呼びはこの日からしてたんでしたね。


 先輩の従者として正式に認められたことで、私はめでたく先輩の後輩になりました。


 正確にいえば、従者というのは神官(信徒)ではないので、殆どただの信者と変わりはないのですが。


 それでも、ただ救われるだけの立場の信者から、人を救う立場に一歩近付けて、憧れていた先輩の隣に立てた気がして嬉しかったのを覚えています。


 この日は、先輩の実家に泊まらせて頂いて、ご家族みんなに祝って頂いた記憶があります。本当に、楽しかった。


 私は瞬きをします。


 ガヤガヤと騒々しい。


 次は、斡旋所でしょうか。


 冒険者の方が多く見受けられます。神官の冒険者の方もいれば、何も信仰していない冒険者の方もいます。


 そういう人たちは神様の恩恵に依るものではなく、生まれつき持っている才能で戦ったりする人たちです。


 私もこのタイプで、生まれつき才能を持っていました。といっても、発覚したのは先輩と過ごすようになってからですが。


 私と先輩が二人で斡旋所に居た時と言えば、いつ頃でしょうか。


 探せば、一瞬で視点が切り替わります。 


 斡旋所の一角、邪魔にならないところで先輩と私が話していて、先輩が何か驚いた表情をしていました。


 確か、この日は私が無理やり先輩とパーティーを組んだんでしたっけ。


 基本的に先輩は、私が何か日頃のお返しをしたいと言っても頑なにいらないと言って拒絶するんです。


 なんでも、そうすると信仰力が集められないんだとか。


 でも、既にプレゼントを買ってしまったから受け取って欲しいと言えば、「それなら仕方ない」とあっさりと受け取ってくれるんです。


 だから、先輩に気持ちを伝えたい時は事後承諾という形で無理やり押すことにしていました。


 この時も、「誰も俺に遠慮してパーティーを組んでくれない……」と落ち込んでいたので、先輩に黙ってパーティーを組みました。


 どうしても神官職一人というのは敬遠されるんですよね。理由は簡単で、もし怪我をさせたらパーティーの中で誰も責任が取れないから。


 本当は私も冒険者なんて危なそうで、近付きたくもなかったのですが、色んな人と話せて楽しそうにしている先輩を見て、心から良かったなと思いました。


 先輩は、人と話すのが好きな性格をしています。いや、性格をしていました。この時は。


 先輩が積極的に人と話す、そんな懐かしい光景をひとしきり眺めて、私はまた瞬きをします。


 場面が切り替わります。


 ガタガタと、振動が伝わってきます。


 ここは馬車の中です。


 先輩と私が、向かい合うようにして座っています。


 ただ、どちらも何も喋らない。


 どちらも、表情は暗く沈んでいます。


 喧嘩をした訳ではありません。


 先輩の、ご家族が亡くなった。


 先輩のご家族が住む村が魔獣に襲われたんです。


 いつも楽しそうにして笑っていた先輩からは考えられないくらいに、この時は取り乱していました。


 一人で魔獣の襲撃にあった村に向かおうとして、皆から止められていました。


 斡旋所で人を募って、無理を言って国の派兵部隊よりも早く皆で先輩の故郷に向かいました。


 けれどそこは、生存者なんて考えられないほど、生きていた方が悲惨と言えるほどぐちゃぐちゃになっていました。


 魔獣を仕留めて、腹を割いて、人間の骨を一つずつ集めて。


 これは、そんな村からの帰りの馬車の中です。


 この日を境に、先輩は少しずつおかしくなっていきました。


 先輩が、人を疑う頻度が増えたんです。


 瞬きをしていないのに、場面が切り替わります。


 ここは、先輩が暮らす宿屋でしょうか。


 先輩と私がごく自然に、話し合っています。


 ああ、覚えています。


 私の記憶が確かなら、さっきの馬車の中から数週間は経っているはずです。


 私が何かを問い掛けて、先輩が言葉を返す。そんな、何気ないやり取りで。


 突然、先輩が意味が分からないといった表情をして、私になんで、と問い掛けて来ました。


 私は驚いて、何が、と聞き返したら、先輩は深刻そうな表情をして首を傾げています。


 そして、すぐに何事もなかったかのようにして先輩は話し出しました。


 何があったんだろう。


 そう思ってもこの時の私は、触れないようにしていました。いつものことだったから。


 あの日から、度々あったから。


 聞いても答えてくれないので、私も聞かないようにしていました。


 ですが今なら分かります。多分、私が実際に話している言葉と、違う言葉が先輩にはずっと聞こえていたんだと思います。


 『ミタマ様』の恩恵が、それに近しいものだから。


 見えないもの、聞こえないものを認識出来るようにする。


 夢の中の私が、先輩に別れを告げて部屋を出ました。そして、ため息を吐いている。


 この時の私はずっと、先輩のことが怖くて、先輩と少し距離を置きたいと思って話していていました。

 きっと、それがずっと先輩に伝わっていたのでしょう。


 場面が切り替わります。


 都市の大通りが映ります。


 そこで、依頼に向かう私に先輩が何事かを呟いています。


 そんなに依頼をこなして、何か欲しいものでもあるのか。


 その質問に、私は口を噤んでいる。


 答えられるわけがありません。これを答えてしまえば、きっと受け取らないでしょうから。


 答えられない私に、先輩は「トトナが幸せならそれでいい」と微笑んで、それ以上追及してきませんでした。

 

 私は「少し大げさじゃないですか?」と笑って、依頼に向かいます。


 場面が切り替わります。


 似たような光景が映っています。


 私が依頼に向かって、先輩がそれを見送ります。


 場面が切り替わります。


 私が依頼に向かって、先輩がそれを見送ります。


 ずっと、似たような光景が続いています。


 そう言えば、最近先輩としっかりと話していませんでした。


 依頼から帰ってきても、疲れている時なんかは先輩に当たってしまうことすらありました。


 私は何をしているんでしょうか。


 先輩はずっと寂しがって、苦しんでいるのに。


 根は全く変わっていないのに。


 人と一緒に居るのが好きで、人と話すのが好きで。


 でも、自分の傍から居なくなるのが嫌で、親しい人から嫌われるのが嫌で。


 誰かと一緒にいるのが怖くて、一人が怖くて。


 苦しいのに、楽な方を選んでしまう。


 次は、私が先輩の人生を変える番でしょう。 


 あの時先輩がくれた温かさは、今もずっと残っています。


 もう少しでお金も貯まります。そうすれば、私のこの想いも、きっと────。


「ふふ……」



 私は夢の中で温かい気持ちに包まれていたのに、誰かの悲鳴でそれも霧散してしまう。



「────トトナちゃん起きて! あ、あの人、シ、シキさんが!」

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