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夜逃げ1

 どこまでも広がる、終わりが無いとすら思える空を闇がすっぽりと覆い隠す。


 月明かりも、星の明かり一つ通さない闇。


 踏み締めた際の地面の感触に頼らなければ、道と畑の境目すら分からない程に暗い。

 

 そんな夜闇に包まれた村の中を危うげなく歩き、やがて規程の場所に辿り着いたシキは持っていたランタンに再度火を灯した。


 ぼぅっと。視界に色が戻ってくるように、周囲に明かりが広がる。


 ある程度なら夜目の利くシキにとって、どこに何があるのか大まかであれば完全な暗闇でも明かりをつけなくても問題なく視える。


 しかし、この闇の中で細々とした作業を行えるほど自信がある訳ではなかった。


「ここも割れてないな」


 煌々と燃えるランタンの下、漬物石程の大きさの鉱石の状態を目視で確認して、シキは持っていた獣皮紙にチェックを付ける。


 ヒビが入っているだけでも地中の魔物が近くを通ったということになるのだが、どうやらその様子はなさそうだ。


 外周に設置されている鉱石は全て確認し終えているので、村の中心に近いこの場所の鉱石が割れていることなどまず有り得ないが、それでも用心に越した事は無い。


 最後にもう一度状態を確認し、シキは頷く。


 獣皮紙を丸め、ランタンの火を消そうとしたシキの耳に、自分の元に向かってくる足音が聞こえてきた。


 足音からして二足歩行、靴を履いている。まず、魔獣ではないだろう。


 そう思いつつも、シキの杖を握る手が自然と強張る。

 何かあればすぐに能力を使うつもりで、振り返ったシキはランタンを掲げる。

 


「……なんだ、ソフィアさんですか。どうかしましたか?」


「なんだって何……ああ、トトナちゃんだと思ったの? ほんと、気持ち悪い。夜目が利かないトトナちゃんが来るわけないでしょ」


「い、いえ、魔物じゃなくてホッとしているだけです」


「あっそ。っていうかさっさと火を消してよ。眩しいし、本当に魔物が来たらどうするつもりなの?」


 急に向けられたランタンの明かりを指さして、金髪の少女ソフィアが憤る。

 ルーカスが居た時と違い、間延びした口調はしていない。恐らくこちらが彼女の素なのだろう。心なしか声質も低い気がする。


「すみません」


 言われたシキは急いでランタンの火を消す。

 ほんとに口煩いなと内心で思いながらも、おくびにも出さない。


「それで、何のご要件でしょう。交代の時間はまだのはずですけど……」


 なんとなく嫌な気を覚えたシキが恐る恐る窺うと、ソフィアの鋭い視線が射抜いた。


「単刀直入に言うけど、もうトトナちゃんを振り回すの辞めてくれない? 潰れるなら一人で潰れてよ。この邪神崇拝者」


「じゃ、邪神……。いや、客観的に見れば間違ってはいないですが……」


「『間違ってない』ではなく事実でしょ? いつまでトトナちゃんを関わらせるつもりなの?」


「……」


 ジッと、シキはソフィアに睨まれる。


 納得する答えを出さない限り引くつもりはない。

 そう感じさせる程に、彼女の姿には威圧感があった。心から、本気で友達(トトナ)のことを心配しているのが伝わってくる。


(困ったな……)


 威圧感に当てられ、心の中で唸る。


 正直、シキとしても都市に帰ったらトトナとの契約を解消しようと思っていたのでソフィアに異を唱えるつもりはなかった。


 ただ、それを言ってソフィアが信じてくれると思えない。


 自分の気持ちを正直に吐露しても、嘘を吐くな邪神崇拝者と一蹴されるのは目に見えている。


 なんて言えば丸く収まるか。それを頭の中で必死に考えている間にも時間が過ぎていく。


 数秒の沈黙。


 やがて、何も言わないシキにソフィアはため息を吐いた。


「言っとくけど、これでも私はアンタに感謝はしているのよ? トトナちゃんを救ってくれたのは間違いなくアンタな訳だし。それに、アンタが信者の獲得に必死になってるのも理解出来るし」


 でも、とソフィアが続ける。


「でも、あの子のことを自分の都合よく利用しようとしているところが本当に気に食わない。ほんと、何様のつもりなの?」


 ギリッと歯を噛み締めて、ソフィアが一直線に怒りの感情を向けてくる。


 都合よく利用している、なんて言われても意味が分からない。


 向けられた敵意にたじろぎながら、シキは頭の上に疑問を浮かべる。


 確かに信仰力を維持する為に、トトナからのプレゼントなんかは極力受け取らないようにしていたが、それが「都合よく利用していた」ことになるだろうか?


 『信仰力』というのは、祈ったり信じたりするよりも敬意、感謝をされることで稼ぐことが出来る。


 つまり、『信仰力』を維持する為にはその人物の感謝の気持ちをなるべく解消させないことが重要になってくる。


 「お礼の品」や「感謝の印」など、感謝の気持ちを形あるもので返礼されてしまうと感謝の念は減ってしまう。


 だからこそ、シキはなるべくトトナからの贈り物は受け取らないようにしていたし、感謝をして貰う為にトトナに尽くしてきた。


 そういう意味で言えば、確かにシキはトトナのことを自分の為に利用していたと言える。実際、シキ自身トトナのその優しさを目当てにしていた自覚はあるのだから。

 


 ───しかし、ここまで敵意を剥き出しにしてくる程のことだろうか?



(……自分の感覚がズレているのかもしれないが、何か話が噛み合わないように感じる)


 そう疑問に思いながらも、シキは慌てて気持ちを切り替える。


 まず優先すべきは目の前の、今にも噴火しそうなソフィアの機嫌を直すことだ。


「い、一度、トトナと話し合ってみたいと思います。二人で話し合って、不満を出し合って、それでお互いが満足出来る形にしたいと思います」


 急いで早口で告げるシキに、ソフィアは「はぁ?」と素っ頓狂な声をあげる。


「話し合い? 嘘ね。どうせアンタがするのは『話し合い』なんて名ばかりの、ただの命令でしょ。違う?」


「まさか、ありえません。神様に誓って、そんなことをしないと約束出来ます」


「へぇ。『神に誓う』と言ったわね。それならその『話し合い』に私も同席させなさい。神様に誓えるんだから、それくらい出来るわよね? 今さら無しにしたいと言っても遅いから」


 煽るようにソフィアが告げる。その表情には、してやったりという勝ち誇るような笑みがあった。


(……なんか、やっぱりこの人勘違いしてない?)


 ソフィアの反応に、先ほど浮かんだ疑問が再び顔を出す。


 そもそもシキはトトナに命令などしたことなんてない。

 むしろ、信仰力を集める都合上基本的にはトトナの言う事に従ってきた。


 それなのになぜ、ソフィアに───いや、ソフィアだけではない。ルーカスも、その取り巻きの少女達もだ。



(まさかトトナのやつ、裏で自分は強制されてるとか言ってるのか……?)



 ゾワッとしたものが、背中を走った。


 あり得ない話ではない。


 シキの信仰している神は、シキの産まれた村で信仰されていた土着神であり、恩恵として得られる能力も微妙で、何より見栄えが悪かった。


 客観的に見ればソフィアが言った「邪神」という言葉が合っている。


(もしトトナが、そんな『邪神』に仕えていると周りに思われるのが嫌で───特に、好きな人(ルーカス)に奇抜な目で見られるのが嫌で、俺に強制されて仕方なく仕えているのだと嘘を吐いているのだとすれば……)


 自分の出した一つの答えに、シキは胸の奥がズキリと痛んだ。


 正直、憶測の域を出ない。


 しかし、自分の好きな人に嫌われるのが嫌で、見栄を張ったり保身に走る気持ちは理解できないものではない。



「───それで構いません。例え、どんな結果になってもトトナの気持ちを優先します。もし、トトナが自分との契約を解消したいと言うのなら、自分はその答えに従います」



 言い切れば、ソフィアが関心したように息を吐いた。


「……へぇー。どうやら本気みたいね。まだ聞きたいことがあったけど、まあいいわ。どうせ、そろそろ時間だろうし」


 そんなソフィアの声を見計らったかのように、突如ギリギリギリと言う音が聞こえてきた。


 シキは自分の腕についていた、小指ほどのサイズの魔物を見る。


 それが羽を鳴らし、自分の存在をこれでもかと言うほどアピールしている。


 心の中で正確な体内時計を持つソフィアに驚きながら、シキは魔物に静まるように指示を出す。


「それほんと便利ねー。一匹私のパーティーに譲ってくれない? もしアンタんとこの信徒になる必要があるならいらないけど」


「申し訳ないですけど、そもそもこれは神様の恩恵に依るものじゃないので、信徒になってもこの魔物は使役出来ないと思います」


「あっそ、じゃあいらなーい。まあ、そらそっか。その便利な能力が神様の恩恵なら、信者も一杯いただろうしね」


「……」


 ニヤニヤと笑うソフィアから目を逸らして、シキは見回りに必要な用具を手渡す。


 ランタンに、ランタンの燃料。設置されている護石が割れてないかを確認する二枚目の獣皮紙など。


「あ、それとアンタの外套も貸しなさい。思ったよりも外寒いし」


「え……。いや、駄目ではないですが……」


 渋るシキに、ソフィアは舌打ちをする。


「別に良いじゃない。どうせアンタ後寝るだけでしょ? 後で返すんだし、さっさと寄越しなさい」


「はぁ……」


 奪われるようにして外套を渡すと、ソフィアがシキを見据える。


「それじゃ、『話し合い』楽しみにしてるわね。今までみたいにあの子を好きに出来ると思ったら大間違いだから」


「……」


 一方的にソフィアは告げると、村の外周を囲う柵の方へ向かって行く。


 この村を護る石が割れてないかの二重確認に向かったのだろう。


 少しずつ遠くなっていくソフィアの背中を見送って、やがてソフィアの耳に届かない距離になったことを確認してからシキは大きなため息を吐いた。


 都市に帰ってからやる事が増えてしまった。


 トトナと別れたらすぐに新しい自分の従者を探そうと思っていたのに、なぜ、どいつもこいつも面倒事を増やすのか。


「はぁ……」


 何度目になるか分からないため息を吐く。


 何をやっても上手くいかない。


 いっそ新しい神官を育てるのではなく、自分の子供を作ってその子供を後継者にする方が確実なのかもしれない。


 自分の後輩となる神官の育成には時間が掛かる。

 

 トトナのように、神官としての資格を獲得する直前になって他に鞍替えされても困る。が、正式に神官になってから他に目移りされていたらもっと面倒なことになっていただろう。


 そういう意味で言えば、シキにはまだ取れる選択肢がある。


(お見合い、だったか? でも金もないんだよなぁ……。トトナに言えば、お情けで幾らかくれるかもしれんが)


 やることが決まれば、自然とやる気も湧いてくるだろう。面倒事も、きっと未来の自分がなんとかしてくれているはず。


 そう信じて、段々と重くなる足を引っ張るようにしてシキは宿に向かった。

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