教育
事件から三日後、第二の遺体が発見された。
現場は市内北部、かつて小学校だった建物の取り壊し予定地。雑草に覆われた敷地の奥、倉庫代わりに使われていた木造の教室跡で、異様な形で遺体が発見されたとニュースが速報で報じた。
「被害者の身元は、市内に住む元教員、佐野広志(68)。退職後は独居生活をしており、近隣住民との交流も少なかったとのことです」
画面の右下では、曇り空の下で規制線が張られた旧校舎が映っていた。報道記者の声が、どこか上滑りして聞こえる。
藤崎蒼一は、テレビの音を絞りながら、隣の部屋で遊ぶ美優の様子に目をやった。まだランドセルには早い小さな背中。だが、最近は一人で絵本を読めるようになってきた。
「パパ、見てー! ねこがね、くるま運転してるの!」
「本当だ、すごいな」
にこにこと笑うその顔に、何も知らない幸福が滲んでいた。藤崎は胸の奥に苦いものを抱えながら微笑み返し、ゆっくりとテレビを消した。
※
翌日、北原から連絡が入った。
「今度のは、もっと“明確”だった。ヤバいぞ、藤崎」
「何があった?」
「遺体の背中にメッセージが刻まれてた。ナイフで切りつけて、なぞるように赤ペンでな。しかもそれが“書写体”なんだ」
「……文字に、意味が?」
「ああ。“傷は教育ではない”って書かれてた」
言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。
藤崎は、北原とともに取材メモをまとめていた。現場には立ち会えなかったが、知人の刑事から伝わった情報によると、遺体はうつ伏せに倒れており、手は机の上に固定されていたという。まるで、まだ授業中であるかのように。
部屋の片隅にはチョークで書かれた黒板もあった。そこには赤い塗料で大きく「しつけと暴力を混同するな」と書かれていた。
「こいつ、明らかに“誰かに見せる”ことを前提にしてる」
北原は吐き捨てるように言った。
「お前が追ってるこの事件、ただの猟奇殺人じゃない。これは“主張”だ。犯罪を使って社会に問いを投げてる」
※
藤崎は、帰宅後もその言葉が頭から離れなかった。
“主張”。
それはかつて、自分が信じていたものだった。世の中の不正を暴き、言葉で真実を伝えること。それが記者の使命だと、彼は疑わずに生きてきた。
だが今、誰かが“殺し”という形でそれを代行しようとしている。
言葉では届かないからこそ、血を使って記録する──。
そんな論理が、狂っていながらもどこか一貫して見えるのが恐ろしかった。
※
夜。娘が寝静まったころ、藤崎のスマホに再び匿名のメッセージが届いた。
「言葉は届かない。だから、人は見る」
藤崎は反射的にスマホを握りしめた。
その瞬間、背後から木の軋む音がした。驚いて振り返ると、美優が部屋の扉から顔を覗かせていた。
「パパ……トイレ……」
「……ああ、ごめん、ついてくよ」
手を引いて歩く小さな背中。その温もりが、今にも壊れてしまいそうな幻のように感じられた。
※
事件は、確かに“進行中”だった。
そしてその中心には、“見えない声”が潜んでいた。