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正義執行  作者: 凡人
3/14

教育

 事件から三日後、第二の遺体が発見された。


 現場は市内北部、かつて小学校だった建物の取り壊し予定地。雑草に覆われた敷地の奥、倉庫代わりに使われていた木造の教室跡で、異様な形で遺体が発見されたとニュースが速報で報じた。


 「被害者の身元は、市内に住む元教員、佐野広志(68)。退職後は独居生活をしており、近隣住民との交流も少なかったとのことです」


 画面の右下では、曇り空の下で規制線が張られた旧校舎が映っていた。報道記者の声が、どこか上滑りして聞こえる。


 藤崎蒼一は、テレビの音を絞りながら、隣の部屋で遊ぶ美優の様子に目をやった。まだランドセルには早い小さな背中。だが、最近は一人で絵本を読めるようになってきた。


「パパ、見てー! ねこがね、くるま運転してるの!」


「本当だ、すごいな」


 にこにこと笑うその顔に、何も知らない幸福が滲んでいた。藤崎は胸の奥に苦いものを抱えながら微笑み返し、ゆっくりとテレビを消した。


     ※


 翌日、北原から連絡が入った。


「今度のは、もっと“明確”だった。ヤバいぞ、藤崎」


「何があった?」


「遺体の背中にメッセージが刻まれてた。ナイフで切りつけて、なぞるように赤ペンでな。しかもそれが“書写体”なんだ」


「……文字に、意味が?」


「ああ。“傷は教育ではない”って書かれてた」


 言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。


 藤崎は、北原とともに取材メモをまとめていた。現場には立ち会えなかったが、知人の刑事から伝わった情報によると、遺体はうつ伏せに倒れており、手は机の上に固定されていたという。まるで、まだ授業中であるかのように。


 部屋の片隅にはチョークで書かれた黒板もあった。そこには赤い塗料で大きく「しつけと暴力を混同するな」と書かれていた。


「こいつ、明らかに“誰かに見せる”ことを前提にしてる」


 北原は吐き捨てるように言った。


「お前が追ってるこの事件、ただの猟奇殺人じゃない。これは“主張”だ。犯罪を使って社会に問いを投げてる」


     ※


 藤崎は、帰宅後もその言葉が頭から離れなかった。


 “主張”。


 それはかつて、自分が信じていたものだった。世の中の不正を暴き、言葉で真実を伝えること。それが記者の使命だと、彼は疑わずに生きてきた。


 だが今、誰かが“殺し”という形でそれを代行しようとしている。


 言葉では届かないからこそ、血を使って記録する──。

 そんな論理が、狂っていながらもどこか一貫して見えるのが恐ろしかった。


     ※


 夜。娘が寝静まったころ、藤崎のスマホに再び匿名のメッセージが届いた。


「言葉は届かない。だから、人は見る」


 藤崎は反射的にスマホを握りしめた。


 その瞬間、背後から木の軋む音がした。驚いて振り返ると、美優が部屋の扉から顔を覗かせていた。


「パパ……トイレ……」


「……ああ、ごめん、ついてくよ」


 手を引いて歩く小さな背中。その温もりが、今にも壊れてしまいそうな幻のように感じられた。


     ※


 事件は、確かに“進行中”だった。


 そしてその中心には、“見えない声”が潜んでいた。

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