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正義執行  作者: 凡人
2/14

冷たい食卓

 日が沈んでも、白岡町の住宅街は静かだった。

 かつて教師だった男の死亡事件は、報道される前から地元の警察内では「異常死」として扱われていた。だが、外部には「心臓発作による急死」とされ、実際の現場状況とはまったく異なる情報が流されていた。


 藤崎蒼一は、再び現場に足を運んでいた。

 古びた一軒家。門扉の錆はひどく、雑草が玄関まで伸びている。人の気配は消えていたが、近隣住民からは「あの先生は人付き合いが苦手でねえ」と、定型句のような返事ばかりが返ってきた。


 玄関のドアには、まだ封鎖のシールが貼られていた。だが北原が手配してくれていた鍵屋の手によって、わずか数秒で静かに開いた。


「まさか入るとは思わなかったな」と北原が言った。


 中は妙に整頓されていた。生活感の希薄なリビング。

 ただ一点、ダイニングテーブルの上にだけ、異様な“演出”が施されていた。


 古びた食器。冷えた味噌汁。真っ白なご飯。

 そして、そのテーブルの向こう側──背もたれのない椅子に、彼は座らされていた。


 両手を膝に置かれ、真っ直ぐ正面を向いた遺体。

 口元には食べかけの焼き魚。箸が中途半端に落ちかけた状態で凍っている。


 ただの食卓風景。だが、目が合った瞬間、藤崎は息を呑んだ。


「……笑ってる?」


 否、口角が引きつっている。

 乾ききった唇、そして針金のようなもので吊られた顎。それが、まるで笑っているかのように見えただけだった。


 胸元のシャツには、赤黒い染みが広がっていた。

 シャツの中には、ナイフが深く突き立てられている。

 複数回の刺創があり、そのほとんどが心臓を外していたことから、警察は“時間をかけて”殺された可能性を示唆していた。


「これ……儀式じゃないのか?」と北原がつぶやく。


 藤崎は、テーブルの上の一枚の紙に目を向けた。

 そこには、きれいな明朝体でこう記されていた。


「子どもに手を上げる者に、食卓を囲む資格はない」


 元公務員であり、かつて“DV ” ”児童虐待”を報道されたこともある男。

 だが当時、証拠不十分で不起訴となり、そのまま話題からは消えていた。


 藤崎はその名前を、どこかで見たことがある気がしていた。

 自分がかつて書いた、ある特集記事。暴力の連鎖、という特集内に、軽く触れた名前。


「……あの時の記事か」


 過去の一文が脳内によみがえる。

 彼はすでに“メディアに取り上げられたことのある人物”だったのだ。


     ※


 帰宅した藤崎は、美優の寝顔を見ながらコートを脱いだ。

 小さな胸が静かに上下している。カーテンの隙間から差し込む月明かりが、子どもらしいほっぺたに柔らかい影を落としていた。


 それでも、藤崎の胸には違和感が残っていた。

 リビングに置いたスマートフォンが鳴ったのは、そのときだった。


 着信履歴はない。だが、通知にはこう書かれていた。


「父性は免罪符ではない」


 差出人はない。返信もできない。


 藤崎はそのまま、スマホを伏せた。

 手が小刻みに震えていた。


 この事件は、ただの復讐ではない。

 犯人は「社会が裁かなかったもの」に対して、自らの“秩序”で裁きを下そうとしている。


 そしてそれは、もしかすると──


「俺に向けられてるのか……?」


 ふと、美優が寝返りを打った。


 藤崎はその音にさえ、ひどく怯えている自分に気づいた。

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