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妖怪好きな博士の話。

作者: ヨスガ


 都会に潜む妖たちには相談所があった。

 移住先を望むもの、在り方を相談するもの、果ては色恋まで。


「ハカセ」


 路地裏の、小さなビルの一室に弱弱しい呼びかけが響いた。

 ハカセと呼ばれたそのヒトは、白衣を翻してドアを開けた。


「ハカセ、相談にのって欲しい」

「どうぞ」


 部屋へ招き入れると、来訪者はその三つの目で室内を見渡した。


「ニンゲンみたいな所に住んでるんだな」

「ここには人間も来るからね」


 それで相談とは?と、ハカセは妖にみずを向けた。

 来訪者はずるりと懐を開いた。


「おや、人間のお嬢さんかい?」

「こ、こんばんは」


 肉のうちから現れたのは人間の娘だった。


「実はこの娘と契約したんだけど、でも願いを叶えたあとも食いたくなくて」

「ははあ」


 ハカセはにんまりと笑った。よくある話だなあと。


「惚れてしまったってわけだな」

「う、うん」


 純粋な妖が人と契約して影響を受けてしまい、恋心を抱くのはわりとあるよとハカセは頷く。

 どうやらこの妖は、娘の願いを叶えれば食べていいと契約していたらしい。


「でも食べないと、おれの契約のちからは歪んでしまう」

「うん。相談にきたのは良い判断だ。お前さんの言う通りそのままだとお互い崩れて消えてしまう」

「えっ」


 娘が声を上げた。

 ハカセはずいっと覗き込む。


「わりとある事例なんだ。純粋な妖を騙して、ずっと一緒にいたいから願いを叶え続けて欲しいとか言い包めて、知らぬうち互い溶けて消えてしまう」

「そんな」


 娘は顔を青くした。ハカセはさてどちらかなと問いかけた。


「どちらって?」

「本当にこの妖とずっと一緒にいたいのかい?それとも死にたくないから惚れているふりをしているのかい?」

「ハカセ、何を言うんだ」

「お前さんはちょっと黙っていてくれ。これは大事なことなんだ。お前たちを助ける提案をしたところでこの娘が惚れていないんだとしたらそれは、ずっと辛いことになる」


 娘はきっぱりと答えた。


「おばけさんの事好きです。ずっと一緒にいたいんです」

「うつしよに、この世に未練は無いってことかい?」


 ハカセの問いに娘は迷いなく頷いた。

 白衣の彼はふうん、と答えつつ娘を眺める。

 細い手首、首の手形、打撲痕。

 どんな目にあっているのかは明白だった。


「児童相談所に駆け込むこともできるんじゃないか?」

「保護はできないって言われました」


 ふうん、とハカセは肩をすくめると妖をちらりと見やった。


「この子はもう腹が決まっているようだ。お前さんはどうだい?」

「おれだって決まってるさ。ずっと、おれが消えるまでこの娘を守りたい」

「ふうん。じゃあ、まあいいかな。方法を教えるよ」

「ありがとう!」


 娘と妖はほっとしたように互い顔を見合わせた。


「さて、お前さんたちの契約内容だけれどね、多分単純に叶えた後は食らうとしか言霊を交わしていないだろう?」

「ああ」

「食らうの意味を定義していないんだから、それを逆手に取ればいいんだ」

「定義?」

「妖に嫁入りすることも食らうと言うんだよ」

「ああ!」


 妖はそうかそうかと何度も頷いた。

 娘はまだ首をかしげている。


「性交渉だよ。こいつと契ってしまえば身は無事なまま魂がこの妖のモノになる。そうしたら魂を入れ物に戻してやればお前さんたち夫婦はどちらも無事なままだ」


 理解した娘は何度も瞬きを繰り返した。

 それをみた妖は少し落ち込んだように嫁は嫌なのかと問いかけた。


「そんなことない!ずっと一緒にいられるだけでも嬉しいのにお嫁さんになれるの?」

「ああ。おれが消えるまでずっと一緒だ」


 消えるときは共に消えるよと、ハカセは念のためそう補足した。


「わかりました。ありがとうございましたハカセさん」

「博士でいいよ。あだ名だから」

「あ、やっぱり漢字の博士、なんですね」

「そうそう。僕も元人間だからねえ。真名を告げるのは気が引けるから」

「……あなたも、同じようにして妖になったんですか?」

「聡い子だねえ、お前さん」


 博士は苦笑を浮かべ、さてお代をと話を切った。


「人間の世界で使えるもんって決まりだったよな?これはどうかな」

「これは懐かしの貨幣だなあ」


 とはいえ旧札が使えないわけではない。博士は数枚のそれを受け取った。


「では、結婚祝いにこれを贈ろうか」

「え、ありがとうございます」


 博士は娘に小さな鏡を手渡した。


「良かったなあ、お前。博士のまじない道具は貴重なんだぞ」

「そんな大したもんじゃないがな」


 大事にすると娘はわらい、また妖のなかに収まった。


「世話になったなハカセ。また何かあったら頼むよう」

「ああ。幸せにな」


 律儀にドアを開けて出て行った妖は、しかしすぐに気配が消えた。

 静けさの戻った室内で、博士はちらりと窓の外をみやる。


 夜を知らない街。

 こんな明るい街にもまだ、暗がりに潜むはずの妖はかなりの数が居る。


「まあ僕が生きてるんだし、君もどこかに居るんだろうさ」


 早く帰って来いよ馬鹿と、博士は街に呟いた。


END

妖怪好きから口車に乗せられ契約し、妖になった「博士」のお話。

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