猫の放課後
夏休みが終わり、二学期が始まるころ、俺は転校した。
慣れていることとはいえ、新しい学校で、モノ珍しい転校生として紹介され、たくさんの奴に見世物にされるのは嫌だ。
そのたび、ストレスでつぶれてしまいそうになるが、何食わぬ顔でやり過ごすことにしている。
もし、弱みを見せたら、笑いの種にされるから。
まぁ嫌われたって一か月もすれば、また転校することになるから、どうでもいい。
むしろ、嫌われている方が出て行くときに悲しくなくていい。
昼休みになると、クラスのお調子者とその仲間たちが寄ってきて、質問攻めしてきた。
大体「どこから来たの?」とか、「血液型は?」とか、言ってくる。
俺はどこから来たんだろう。
転校しすぎて、俺の居場所が分からなくなった。
そう思うと目の前がぼやけてきて、もう全てがどうでもよくなって、気が付いたら屋上に逃げてきていた。
息苦しさから解放されて、屋上の隅っこに座って深呼吸した。
新鮮な空気が全身にしみるように広がって、ようやく本当に解放された気がした。
そのまま眠ってしまいそうになっていると、もう一人屋上にやってきた。
おっとりした感じの男子だ。
たぶん同じクラス。
「だいじょうぶ?」
ぽやーっとした目で俺を見て言った。
目が合いそうになったので、慌てて俺は目を逸らす。
「何だよ。」
「いきなりみんなをほったらかしてどっか行っちゃって、びっくりしたよ。」
やってきた奴は、話し方もおっとりしていて、全然びっくりした感じが出ていない。
こいつはクラスで浮いているんじゃないだろうか。
変な転校生をわざわざ心配して追いかけてくるなんて、友達を作りたいがための悪あがきにしか思えない。
「すごく顔色悪いよ。」
「うるせえな。ほっといてくれよ。」
「でも君、なんだかとっても悲しそうだから・・・。」
俺が、悲しそう?
たぶん俺が、転校生だからそう見えるんだ。
おせっかいな奴。
でも、本当に転校生だからだろうか。
自分で自分の顔は見えないから、自信がない。
よく知らない奴といきなり話すのは不安だが、こいつは無害そうなので返事をした。
「俺は、悲しそうに見えるか。」
「うーん。なんて言ったらいいんだろう。」
おっとり君は考え込んだ。
ちょっと馬鹿っぽい。
「・・・きみは、捨て猫みたいな目をしてる。」
「捨て猫?どうして。」
「寂しそうっていうか、誰かに甘えたいって感じがする。」
今まで色んな奴を見てきたが、いきなり初対面の俺に、心を抉るようなことを言う奴は初めてだ。
俺は怒りを通り越して、おっとり君に興味を持った。
「悲しいとか、寂しいとか、我慢しないで言った方がいいよ。」
「我慢なんか、してねえよ。」
「僕には無理しているように見えるよ。」
こいつは、おっとりぼんやりしているように見えるが、実は人の心を見抜く天才なのかもしれない。
こいつには隠しても無駄か。
「俺は、転校ばっかで、疲れた。いくらいい学校でいい友達が出来ても、しばらくしたらすぐ転校だぜ。やってらんねーよ。どうせすぐ別れることになるんだから、友達作ったって辛いだけだし。」
俺は、おっとり君に背を向けた。
涙が出てきそうだ。
泣いているところを見られたくない。
「そっか・・・。」
校庭からは元気な声が溢れんばかりに聞こえてくる。
夏の終わりを告げる風が頬を撫でた。
「いきなりだけどさ。どうせ死ぬなら、生きているうちは楽しみたいと思わない?」
「それがどうした。」
泣いているのがばれないように、俺は気を付けて言った。
「学校も、どうせ転校するんだから、いるうちは思いっきり楽しんだ方がいいと思うよ。」
おっとり君は、彼なりの一生懸命な声で言った。
「・・・・そうかもな。」
「それに、人はたくさんの出会いと別れで強くなるんだよ。だから、いっぱい転校したってことは、いっぱい出会って別れたわけだから、最強だよ!賢者だよ!勇者様だよ!うん。きっとそうだよ。」
「俺が・・・最強?」
俺は久しぶりに声を出して笑った。
「お前正気かよ。」
おっとり君はにこにこしている。
やっぱり変な奴。
「と、いうわけで勇者様。今までの冒険の物語を、庶民の僕に聞かせてください。」
「俺は勇者じゃないけど、話そうじゃないか。俺のしょぼい冒険を。」
俺は今まであった面白いことを思いつく限り話した。
「さすが。たくさんの冒険をこなしてきただけあって、楽しい思い出もいっぱいなんだね。」
「その代わり悪い思い出もどっさりだけどな。」
おっとり君は、覚悟を決めたように、キッとなって言った。
「僕も冒険の仲間に加えてほしい!」
俺は柄にもなくじいんとなって、一点の迷いもなく答えた。
「いいよ。」
「やったあ!青春という名の冒険の始まりだ!」
俺たちの冒険の始まりを祝福するかのように、優しくゆったりとしたチャイムの音がした。
放課後。
おっとり君とその友達が、俺の机へやってきた。
おっとり君は、目をきらっきらさせて
「僕の友達にも、さっきのすごい話をしてよ。」とせがんできた。
「帰りながらでいいか。」
というわけで、おっとり君たちと話しながら帰った。
たくさんの人に話を聞いてもらえて、うれしかった。
でも、家に近づくにつれて、少しずつ減っていくのが悲しかった。
まぁ、明日になればまた会えることだし、いいか。
最後におっとり君と俺だけになった。
「なあ、一つ聞いていいか。」
「なに?」
「どうして俺に、優しくしてくれたんだ。あんなにたくさん友達がいるなら、悲しそうな俺なんか放っておいて、あいつらと話していればいいじゃんか。」
おっとり君は、ちょっとびっくりしてから言った。
「じゃあ君は、捨て猫がいたら素通りする?」
「俺、そんなに捨て猫っぽいか?」
「ごめんごめん。家で猫を飼ってるから、つい人を猫に例える癖があって。」
「その癖、社会に出る前に直しといた方がいいな。直さないと上司に向かって、ドラ猫っぽいですね。とか言って首になるかもな。」
おっとり君は、ふんわりと笑った。
「そういえば前ね、先生に向かって、三毛猫っぽいですね。って言ったら大笑いされたことがあったよ。」
「ふーん。ところで、俺はどんな感じの捨て猫なんだ?黒?白?目の色は?」
「えっとね、黒くて目の黄色い猫。体つきは太りすぎでもなく、やせすぎでもない感じ。」
おっとり君は、言い終わった後、達成感からか、満足げだ。
「ふうん。じゃあお前はどんな猫?」
「あ・・・!それは考えたことなかったなぁ。じゃあ、紳君が考えてよ。」
いきなり俺の名前が出てきてドキッとした。
覚えていてくれたのか。
よし。いい感じの猫にしてあげよう。
でも、いい感じの猫っていうのは人によって違うし、難しいので、ここは思った通りに言おう。
「毛がもさもさ生えてて、ふんわりした猫で、色はベージュ。動作の一つ一つがゆったりしてて、日向ぼっこが大好きって感じ。」
「それ、僕の飼い猫の特徴にぴったり合うよ。やっぱり飼い主に似るのかなあ。」
「飼い主が猫に似るのかもよ。」
大きな太陽がとろとろ溶けて、空と雲を茜色に染めている。
「あっ!ちょうどいた!あれが僕んちの猫。マロンって言うんだ。」
おっとり君が指をさした先には、まさにおっとり君らしい猫がゆっくりと塀の上を歩いていた。