レベチの実力
海へ迫り出す高い崖のある方向へ、列を作ってゾロゾロ歩く。
優都の視力は平均的だが、その時は何故か崖の上の木々の隙間に、黒い鳥居が覗くのが見えた気がした。
その崖の手前には海岸公園やキャンプ場などあり、海鮮卸業社や新聞社の建物に混じって、空き家が目立つ。
空き家の多くは不動産が管理する貸別荘で、今回『桜庭先輩研究部』が宿泊するのも、その中の一つだ。
「へぇ。オマケで連れて来て貰って、別荘まで泊めてくれんの?」
この話しに、武田くんはちょっと嬉しそう。
その様子を見逃さず、仮入部届の紙を鞄から取り出す顧問教師と部長の夜中 迷。
「本当に有り難い話しだよな! 椿は何かと金出してくれるし、稲早は実習出来る事故物件から遠征の宿泊施設まで、何でも見つけて来てくれるし! 瑞埜を抱えておけば学園理事に話が通り易くて、バスにも相乗りねじ込んで貰えるんだよ!俺なんもしなくていいよ!」
「安心して入部して頂ける環境が整っていますよ! 武田先輩、いつでもフェアリーテイルレクタングルに参戦してくださいね!」
移動のスクールバスから宿泊先まで、全て身内で完結する『桜庭先輩研究部』。
圧が強めの勧誘さえなければ、幽霊部員にとっては最善の環境が約束されている。
「入部はまぁ…そのうちすると思う。」
今ではない。この紙は軽く押し戻して遠慮しておく武田くん。
「みすてぃ、まだ寝ぼけてるっすねぇ。」
「寝ぼけてません…。神様、『かもーかもー』ってなんですか…?』
「それ俺じゃなくて海鳥だと思うよ…? 声のキーが違うだろ…?」
どうもヘルプが入らないと思っていたら、優都と瑞埜と兎は少し前を歩きながら、中身の無い会話を繰り広げていた。
潮風がおねむな瑞埜のスカートの裾を、持ち上げて通り過ぎていく。真っ白な下着と、もちっとした肌色に遭遇する夏。瑞埜の頬はりんごのほっぺた。
優都の目がチカチカする季節。夏は始まったばかりだ。
やがて一行は本日の宿へ到着する。海沿いから中の道へ一本入って、ウッドフェンスに囲まれた洋風の建物だ。
モルタル製の白い壁。ヒトデや貝のモチーフがアクセントにつけられた、可愛いデザインの外観をしている。
漁船に吊るすような丸い電球のライトが、玄関にかけられている。二階建て。狭いが庭付きで、窓を開ければ屋外と室内が繋がるホームパーティー推奨環境を完備している。
「あ、ここです! 鍵開けますんで、ちょっと待っててください。」
内見を案内する不動産会社の人みたいな事をする兎。とりあえず宿に着いたことで瑞埜は意識がはっきりしてきたらしく、
「自由の神様、私幸せです!」
と、マイホームを手に入れた新婚新妻みたいな笑顔を優都に向ける。家人の監視のない解放的な環境を好む反抗期女。
「纏わりつく夏の熱気…! いつもと違うシチュエーション、衣装、舞台…! そして、一つ屋根の下…! ここまで完璧にフェアリーテイルです!」
迷もいつになく興奮気味だ。割と好きな外観らしい。
「へぇ。イイトコじゃん。行こうぜ、桜庭。」
武田くんの見事なエスコートで、優都も最低限の荷物を詰めた学生鞄を担ぎ直し、建物の中へと入るのだった。
一階はワンルームリビング。簡易な流し台も壁際に備え付けられていて、バーベキューの準備くらいなら余裕の広さの作業台付き。
窓辺のシングルソファの他、くつろぎマットやミニテーブル。流行りのビーズソファクッションなど、家具も充実している。
二階部分に部屋は二つ。
リビングを使えば三部屋に分けれるので、女子には固まって一部屋使って貰い、男子を二組に分ける。どちらかは先生と一緒に広いリビングで雑魚寝だ。
優都は真昼と、と思っていたのだが、兎が海を見てはしゃいでいたのを思い出したのか、
「俺が桜庭とでいい?」
と武田くんが指名を入れてくれた。うるさい後輩は真昼に押し付ける気だ。
そもそも数カ月前までの優都なら、誰かとペアを組むことなんて有り得なかった。とりあえず最後まで残ってみて、どうしても誰かと組まないといけない場合は余った人と…という発想が定着していたので。
尚、その余った人とも大した会話はしない。
その頃と比べれば、この数カ月で随分と変化を手にした優都。
「俺でいいなら…。」
という完全に受け身な返事を返すところはあまり変わりませんが、この四月から人間的にかなり成長しています。
その優都の返事に気が付いたのか、兎が完全に出遅れた手を伸ばす。
「あっ…、桜庭先輩、勝手に他の人と組んじゃった! ふんだ! どーせ俺はうるさい後輩っすよ! 椿先輩に押し付けられる後輩っす!」
厄介者扱いされて、ちょっとウサ耳がしおれる兎。
「すねちゃったのか?」
優都は慌てて兎の心配をするが、
「稲早くん、私とよまちぃの部屋にいらしたら、どうですか?」
「兎様、とりあえず水着に着替えましょう〜!」
兎は引く手数多なので、すぐに里親が見つかる。
「行くっす〜!」
よかったね。一年生組は皆仲良しだ。
「行っちゃダメだぞ?」
と控えめなツッコミをしてくれる武田くん。なんと、真昼がいないので武田くんしかツッコミがいません。
この間に渡辺先生は、電気や水道周り、非常口やハザードマップの確認を済ませている。
「各自、部屋に荷物を置いて少し休憩したら、三十分後にまたこのリビングに集合! その時に今日の夜の予定について話すつもりだ。
幽霊を研究する部活の合宿であるからには、主な行動時間は夜だからな。それまでの時間は仮眠の時間のつもりなんだけど…。」
そこで、一度言葉を切る渡辺先生。全員が心して次の言葉を待つ。
明るい貸別荘の一室に、沈黙が降りる。
「体力に自信のあるやつは、海に行ってもいいぞ。」
\\ わーい! //
という大歓声。やったね。これがないと夏とは言わないのだ。
★★★
二つ置かれたベッドと、反対側の壁に備え付けられた作業台。部屋の方にも小さな冷蔵庫があり、その横の棚にはティーカップなどのお茶会セットが用意されている。
こういう時、部屋の隅に荷物を下ろすくらいしか、することがない優都。の、ことを少しわかってくれている武田くんは、
「桜庭、窓の外の景色はどんな感じ?」
と、役割を振ってくれる。
「えぇっと…。」
言われて、優都は窓を開ける。
白波を立てる海が、視界いっぱい左右に広がる。潮風が気持ちいい。入江にいくつか漁船が停泊しているのが見える。
「な、眺めは…いい感じ、です。」
と言って振り返ろうとした時、武田くんの顔は既に隣に並んでいた。
横流しに結んだ彼の髪に、優都の唇が触れそうになる距離だ。相変わらず、近い! そして音も気配も、ない!
ギュンと音をたてて優都は顔を窓の外の景色へと戻す。窓一枚分の幅に二人はギュムッと身を寄せて、しばらく心地良い風を浴びた。
それから、出かける際の携帯する荷物と、宿に置いていく荷物を分けることや、各部屋設置の冷蔵庫に飲料やお土産で買った食料品等を入れ、夏の暑さで傷むのを防ぐことなど教えて貰う。
こうして優都は、宿泊客っぽいことをして気分を上げることに大成功した。すごい! 旅行に来てる人みたい!
「帰る時に忘れそうだから、必要な時に必要な物以外は鞄から出さないようにしてた。」
という修学旅行くらいしか旅の経験がないことを露呈する優都。
「あー…、桜庭はコンパクトに生きてるもんな。」
上手にまとめてくれる武田くん。
優都とは比べ物にならないくらいのコミュニケーション能力を持っている。
「でも、桜庭の周りには自然と人が寄ってくるの、わかる?」
不意にそんなことを言われて、優都は嬉しいやら、恥ずかしいやら。最近、嬉しい言葉を人からかけられる事が多い優都。
嬉しいけれど、返事に困る。
「そ、そんなことないと思う…?」
「えー。俺もその一人なのになー。」
じわじわ距離を詰めてくる!
優都が返事に迷って「うー。」しか言えなくなってしまうので、武田くんはこの話題を、
「まぁ、集まってくる代表は椿や稲早くんだろうけど。」
と締めくくった。
そして、その後は合宿中の有事の際に備えてという口実で、ROUTEを交換してくれたり。
何かと優都を輪に引き込むのが上手い武田くん。もはや友達作りのプロみたいなレベルだった。レベチだった。