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好天の合宿

 

 瞼が熱い。視界が眩しい。白に近いハイライトの中を、スクールバスが走り抜けていた。


 海岸線。青い海と水色の空が傾いて見える背景に、白いガードレールがくっきり見える。


 高校二年生の夏休みを迎えた桜庭(さくらば) 優都(ゆうと)も、そのバスの乗客の一人だった。


 親友との再会や、後輩達と始めた部活動など、激変する学園生活の真っ只中にいる優都。これまでのボッチな人生が嘘のように、彼の周囲は人に溢れている。


 只今は『桜庭先輩と一緒に幽霊を研究する部』、通称『桜庭先輩研究部』の合宿地に向けて、移動の時間だ。


『桜庭先輩研究部』は人数が少数の部活なので、合宿地の近くの山にたまたま登山に向かう予定だった山岳部のバスに、ついでに乗せて貰っています。


 右隣には学園理事の娘であり超絶美少女の瑞埜(みずの) 澄音(すみね)が、何故か優都の肩に倒れ込んでおり、耳元で寝息をたてていた。黄金に輝く美しい髪に、透けるように白い肌。湖面の青を宿した瞳が今は穏やかに閉じられている。


 左は通路を挟んで元気爆発青春胸熱の後輩たち、夜中(よなか) (まよい)稲早(いねはや) (うさぎ)が。バスに乗って以降、途切れることなく喋りまくっている。



 カオスな状況。



 優都は人との会話が五分と保ったことが無いので、大変羨ましいぞい。


「桜庭先輩ってば、合宿まで安定の制服で来たっすね〜。親睦会以降の成長枠で私服楽しみにしてたのにな〜。」


「優都様のアウトドア回と期待していたんですが…。やはりここは、ご用意させて頂いた水着を!水着を是非着て頂くしか!?」


「え!? 先輩の水着勝たんしかっすか!?」


 もうこの辺りで優都には何語なのかさっぱり判りかねます。


(帰りたい…。)


 来る前は人生初の部活動の合宿ということで、結構はしゃいでいた優都。荷物を準備する段階から何度も確認を行い、明後日だな、ついに明日だな、とわくわく日めくりして来たのだが。


「相変わらず賑やかだなぁ。桜庭の周りは。」


 と、優都の後ろの席からコメントをくれたのは、なんと武田くんです。下の名前は知らんけど。


 彼は引っ込み思案の優都を中傷する恐ろしい人かと思いきや、自らの印象を犠牲に優都と真昼をクラスに引き込もうと考えていてくれたりする、かなり優しい人なのだ。


 本当はいい人ですよね? わかります。


「椿が後から合流って聞いてたから、バスの中の空気どうなるかなーと心配してたんだよ。」


「はい…すみません…。」


「謝られたー。しくったー。違うんだ桜庭。賑やかでイイネ!って褒めたんだ桜庭。」


「は、はい! ありがとう…。」


 毎度こんな感じで、イマイチ意思疎通できない優都。うるさいかな、と…。要らん気を回して周囲を不快にする安定の桜庭。


 に、根気よく話題を振ってくれる武田くんの努力を見てください。


「夏だけ挑戦するって言ってたあの大会はさー。初戦敗退。俺の夏は秒で終わっちゃった。だからこの夏は、『桜庭先輩研究部』の幽霊部員として、椿と桜庭を冷やかして楽しもうと思って。」


「う、うん…。」


 実はその大会については、チーム戦であった為、武田くんだけが好成績をマークしてもどうにもならなかったことは、優都の耳にも届いていたり。


 優都としては、一緒に合宿に来てくれて嬉しいのだが、こういう時は、どう返すのが正しいのでしょう?


(『でも武田くんは頑張ったから』…。これだと、他の部員の人たちに失礼かな。でも、合宿に来れた事を喜ぶのも、大会に向けて真剣にやってた人に失礼かもだし…。)


 優都は考えすぎて言葉が決まらずに、あえて中身の無い返事をしてしまい、「この話題は退屈なのかな?」と相手に思わせて、優都の周りから人が離れていくタイプのボッチです。


「そんな考え込まなくても、『いーじゃん、合宿で楽しもー。』って言ってくれるだけでいいんだよ。」


 そんな優都の考えすぎる頭を、武田くんは後ろ座席から身を乗り出して撫で撫でしてくれた。


 幽霊部員の武田くんは急遽参加表明したので、荷物席で荷物と一緒に積載されている。


 瑞埜の上等な赤色キャリーと、迷や兎が持って来たビニール製の透明プール用バッグ。


 優都の学生鞄などなど。ちなみに黒い大きな鞄は引率してくれている『桜庭先輩研究部』の顧問教師。渡辺(わたなべ) 瑠璃(るり)の物だ。


 優都をひたすら撫でた後、武田くんは再びボフンと荷物席に沈み、それからぼんやりと呟く。


「にしても、あの渡辺先生が顧問している部活で、合宿なんて熱い行事をやるとはね。少し意外だな。面倒くさがると思ってた。」


「あ、それは俺も思った。」


 これにはアッサリめに同意する優都。


「おっ。いいね。やっと気持ちが同じに。」


「なんていうか、夏休みに入って少ししてから、突然言い出したって感じで…。兎がバタバタしてたなぁ…。」


 視線を流すとその先には、真っ赤なアロハシャツに短パンという教師らしからぬ風体をした渡辺先生が、山岳部の顧問と釣りの話題で大盛り上がりしていた。


 足下に至ってはレザーサンダルという軽さだ。


 バスは順調に合宿の地へと向かっている。


(何か目的があるのか、ただ女子高生を連れ出して遊びたいだけなのか…。わからない人だなぁ。)


 問題教師ぶりに定評がある一方で、生徒からは好かれている部類の謎多き男。




      ★★★




 バス停で無事に下車。


『桜庭先輩研究部』のメンバーが、合宿の地へと降り立った。目の前は海。防波堤の向こうに砂浜と海水浴場。シーズンなのに誰もいない。


 遮る物が無い広い青空が快晴。


 都会には無い開放感だ。優都達はもともと都心の育ちではないし、ビル群に囲まれて生活していないので、空は見慣れているが、海は嬉しい。


 滅多に嗅ぐことのない潮の匂いがなおさら嬉しい。

 遠くに見える浮島。オモチャのように小さな船が止まっているように見える。


「うーーーみーーーー!」


 シンプルな無地Tにバギーズ・ショーツという、明らかに海に入る気で来ているし着ている兎が叫ぶ。

 夏色ビーサン。この夏に本気だ。


「そーーーらーーー!」


 隣の迷も負けじと叫ぶ。レモンカラーのティアードワンピ。クリアベルトの白地サンダルが、裸足まで可愛く見せている。風に流れる長い黒髪ツインテが涼し気な清楚女子。


 二人ともバスを降りた途端、どこに隠していたのか麦わら帽子を被っている。


 服装といいプールバッグといい、どう考えても遊びに着ている二人を眺めながら、優都は寝起きの瑞埜を支えて歩く。


 制服組。優都も瑞埜もはしゃぐことに慣れていないので、クソ暑い学生服で真面目に生きている。


 その瑞埜のキャリーを引いて歩いてくれている武田くん。アロハシャツの浮かれた渡辺先生と共に、最後尾をダラダラついてくる。


「海あとで! 宿まで歩くぞ! 散らばらずに歩道の内側を歩け!」


 ダラダラしてるけど指示は正確な渡辺先生でした。

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