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されど神に感謝すべし(夏合宿編)  作者: 近衛モモ 
I wish you would come back
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神様の招集

 

 住宅街の外れにこんもりと一部分だけ雑木の広がる竹林。周囲は高い建物が無く、青い空の下に田園が見渡せる。


 田舎だ。


 失礼、地方だ。


 その竹林の前を横切る舗装された一車線の道路に、白い軽トラックが停車する。背中に荷台のある車だ。


「ここまで送ってくれて、ありがとう。おじさん。」


 椿(つばき) 真昼(まひる)は丁寧にお礼を言って助手席から降りた。


「真昼くんが戻って来てくれて助かったよ。朔夜くんの分まで頑張ってね。」


 汚れた作業着に首にタオルをかけた男性は、真昼に激励を送ると、畑仕事へと戻っていく。


 家名が広く知られていると、こういう時に便利だ。自分で広めた名前でないにしても、炎天下を歩く手間は省ける。


「はぁ、暑い。」


 七月下旬、夏季長期休暇に入るなり、真昼は実家である椿家から仕事を命じられ、この地へやって来た。


 真昼が家庭内で居場所を失くして、多感期の中学生みたいな家出をした輝石市からも、浄霊の老舗である椿家が門を構える街からも遠い。


「確か…年に一度、八百万の神が集まる集会に、各地の神様が向かう際の中継地点。休憩所みたいなのがあるんだったかな?」


 名のある実家を継ぐのは兄だとばかり思っていて、神道の勉学には数年前まで手もつけていなかった真昼。


 こういうものを蔑ろにして生きてきて、この地を訪れるのも初めての経験だ。


 軽く装備を確認。学校指定の深緑のジャージに、厚底ブーツ。靴と足の間に隙間が空かないように、足首から脛の辺りにかけてタオルを巻いている。とても神官と思えないような格好だが、マダニやムカデには対応出来ている。


 真昼はズボラな性格の割に、こういうところは現実主義です。


 腰に巻いたベルトに吊るしているのは鍵束。横に吊ったポーチには札が入っている。


 スマホと財布はここで落とすと地獄なので、簡易扉にていつでも帰投出来る秘密基地に置いて来た。腕時計で時刻を確認する。


「行くかぁ〜。」


 そんなに士気は高くない。




     ★★★




 気温が上がるとヒンヤリした体験を求めて肝試しに行く若者や、広告代を稼ごうと張り切って心霊スポットを回る動画配信者が後を絶たない。


 必然的に霊が目撃される頻度も増えて、老舗浄霊屋も繁盛期を迎える。


 身内親族に会うのが億劫な真昼にとっては、人が出払っているこの時期がベストな里帰り期間となる。そんな丁度いい感じの時期に呼び戻されたこともあり、真昼は椿家の居間にゴロンと横になっていた。


 畳が上手いこと湿気を吸ってくれるので、汗で濡れたシャツでゴロンしてても大丈夫。すぐに背中側に乾いた空気が流れてくれるので非常に快適だ。


「ごめんね。この家に戻るの嫌だったでしょう。」


 この家に戻るの嫌だったことを、胸の内にしまい込まずに口に出して拾い上げてくれる。


 真昼と朔夜の父親、椿(つばき) 二神(にしん)


 エプロン姿で居間と繋がる台所から上がって来た彼の手には茶色の御盆。上には昨日の豚汁を温めなおして冷凍うどんにぶっかけただけのやつが乗っている。


 食べ物が運ばれて来た気配を感じたので、真昼は和室の真ん中に置かれたちゃぶ台へ這い寄る。


 旧式な扇風機。並ぶ青色系のボタン。扇風機の風を視覚的に感じられる謎のビラビラ。


 百円均一で二神が買って来たっぽい安めの風鈴が、カンカラカーンとちょっと違う音をたてる。これじゃない感が逆に夏を感じさせる。


「嫌だったけど、大丈夫だよ。この時期は比較的、身内にエンカウントする確率が低いし。それに、父さんのテキトーな事やってんのに美味いよな、っていう料理も久しぶりに食べたかったし。」


「優都くんには負けるな。」


「冷凍うどん万能で好きだよ。」


 豚汁が温めてあるので、一応麺はほぐれているのだが、半分凍ったままなので、麺が冷たくて固くてそれがまた美味い。


 久しぶりの父のテキトー飯を食らいながら、真昼は依頼の内容に耳を傾けることとなった。


「赤紙が届いたんだ。もう長いこと見てなかったから、ゴミでも浮いてるのかと思った。」


 椿家が奉る星神様からのお告げが届く時、それは赤い短冊形の紙に白い文字で書かれ、鹿威しに投げ込まれる。その赤紙は椿家の当主の手によって拾われるのが習わしだが、椿家は現在その当主が不在の為、代わって二神が水揚げしておきました。


 そんで縁側に放って乾かしてたわ。


 真昼の祖父である椿家の前当主が亡くなり、跡継ぎとなる朔夜を喪った椿家には、二軍の真昼しか後がない。


 ゲームが好きでバカでエッチな真昼についていくとロクなことがなさそうなので、椿家の親族や椿の家に属する霊能者たちは大反発を起こし、真昼は肩身の狭さからこの家を逃げ出している。


 割と正しい皆さんの判断ですが、二神はどんなときでも真昼の味方なので、ちゃんと赤紙の報告くらい電話してあげます。


 あとバーコード集めて応募したら抽選で切子グラスが当たるみたいなやつが本当に当たった時も興奮して電話してきたりする。


 その切子グラスに麦茶を入れて出してくれる二神。色は青。真白な切り込みが綺麗だ。消せない傷のような、消さない跡のような。


「俺にわざわざ見せなくても、そっちでパパーッと解決しといてもくれてもいいのに。」


 真昼は世襲制を馬鹿だと思っています。


「まぁ、近況がわかるの有り難いけど。」


 と言いながら、固めのうどんをモチモチ食べ進める。


 真昼が本当に椿家の当主になったら、赤紙なんて見て見ぬフリしそうだ。んで古くなって沈むのを待っとくわ。


「珍しいお告げだったからね。神様の休憩所って知っているかな?」


「あの長い名前のやつね。」


 真昼は完全に忘れているが、神様はいつの時代も移動がつきものなので、長旅する神様の為の(というか、その神様が宿る御神体を運ぶ人間の為の)、旅の途中の中継地点となるところに、休憩所が設置されている。


 全国いくつかある他、石碑のみ残るような場所や、地名から推察される場所など様々だ。


 宿として今も営業している場所があったりもする。


「その中の一つに、とある妖怪が居座っているらしい。地元の人からは夜に行くと気配を感じるとか、一度入ると生きて出られないとか、色々と噂されているらしい。


 星神さま曰く、人間様の土地開発で住処を追われた妖怪が、神に救いの手を求めて、その場に留まっているようだ。」


「それで、神様の休憩所か。待ってれば何かしらの神様がそのうち通りかかるもんなぁ。」


「その妖怪を、助けなさい、と。」


 二神が縁側で洗濯バサミに留めていた赤紙をわざわざ持って来て見せてくれる。


 コシが強すぎるうどんをモチャモチャしながら、真昼はそれを片手で受け取った。読めん。


「んー。読めんけど、ふーん。」


 達筆すぎて読めん。てか読む気も無い。


「父さん、これよく読めたね。」


「そういう汚い字は読み慣れてるんだよ。」


 星神様に対してすげー失礼な二神。二神は椿家に婿入りした立場で神道への信心が薄い。


 星神を奉る椿の家に盲信的な、妻の朝霧を気にかけている、というだけの理由でここにいるので、いざとなれば神でも紙でも捨てられる人なのだ。


「豚汁に入ってるネギってめっちゃ美味いよな。」


「わかる。」


 なので、真昼と二神はそこらへんの雑さ加減が似てて、話も合うので仲良し親子です。




     ★★★




 そんな話しを二神としていた時間を経て、真昼はその竹林へと足を運んでいた。


 神の休憩所と言えど、竹林に覆われた人目につかぬ場所であった為に、真昼は付近の畑にいる人に聞き込みをして回る羽目になった。


 そして椿の家を知る人に巡り会い、ここまで車で運んで貰ったのだ。奇妙な縁もあるもので。


 ああいうものこそ神の遣いであり、案外、人ではなかったのかもしれないが。


(父さんは策士だ…。)


 二神は真昼をここへ送り込むのに、最終的には「今は戦力がいくらあっても困らないでしょう。」と笑った。


 真昼がこの場所に留まる妖怪を、秘密基地に逃がす気であることを、二神はわかっている。


 そして、それを戦力という糧として、真昼が後輩を助ける事に繋げようとも考えている発言だ。


 星神からしてみれば、神に縋る行き場なき妖怪を真昼がどう処理しようと、結果が伴えば手段は問わないのだろうが。


(気の合う子だといいな…。)


 竹林自体は規模の大きいものではなく、一本道が曲がりくねりながら伸びて、すぐに出口へ辿り着く。


 その途中に神の休憩所と思わしき小規模な社と鳥居、そしてその場所の目印とする石碑があるだけの場所だ。


 おそらく人の休憩に使われていたと思わしき、横長で平らな大岩も石碑の前に据えられている。腰掛けに良い感じ。


 大地から伸びる竹や、鋭い葉を持つ低木が、剣山のように来る者を拒む。足下は舗装の無い地面。落ち葉が土を覆っており、竹が倒れ込んでいる箇所もある。


(道を確保しながら進むしかないか。問題は秘密基地の扉を使えるかだが…。)


 少し距離はあるが、この竹林の前を通る道の脇に電話ボックスがあり、真昼はその扉を秘密基地に繋いできました。


 真昼の秘密基地は妖怪であり神の御使いである餓者髑髏が飲み込んだ海辺の街で、隔離された霊界にあるが、真昼が使う鍵によって、あらゆる扉と繋ぐことが出来る。


 という意味不明の代物なので、深く考えなくていいです。


 携帯電話やスマートフォンの普及により、目にする機会の減った電話ボックスだが、緑一色の電話機を内包し、暗闇の中でもボンヤリと明かりを灯して佇む姿が、真昼は結構好きだったりします。


 電話ボックスに恋する年頃。


 なんか人工の明かりを見ただけでホッとする時あるよね。自販機とかもそうだけど。良かった…。ここ人来るんだ…みたいな。(謎の追い込まれ方しながら生きている真昼。)


 ザクザク音をたてながら地面を踏みしめ、真昼はしばらく道なりに進んだ。竹林の中は光があまり入らない為、少し薄暗く日陰が涼しい。


 真昼の脳内は無意識に、小学校のプールの授業の後の、体が冷えて心地良く眠気を誘うあの情景が思い起こされていた。

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