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されど神に感謝すべし(夏合宿編)  作者: 近衛モモ 
Someday My Prince will come
3/46

♡のシャボン

 

 崖の上の横風は強い。


 足下の雑草や砂利道が途絶え、ここからは完全にただの岩場だ。草木一本生えていない。


「わっ…ここ、急に寒い。」


 腰に巻いていた羽織を、急遽羽織ることにした大福。薄手なので、気休めにしかならない。


 海側から吹きつけてくる強い風。その風に倒されるのか、自分から海に飛び込みたくなるのか、足下が変な感じだ。浮遊感。


「気い付けて。すぐ崖やから。」


 扇兵衛が手を差し出して、少し照れながら大福はその手を握り返した。


『廻向チャンネル』のお二人は、危険な場所では手を繋ぐというルールを設けております。


 大福、カメラに向かいコッソリ笑顔。


「ありがとう、扇兵衛くん…♡」


 ちなみに、この状態で扇兵衛が足を踏み外したら、大福は道連れである。


「ここまで、そんなに撮れ高もないし…。中学生が手を繋いでるイチャイチャシーンでもご覧下さい。」


 何の現象も特に捉えていないので、喋ることが無いのだ。


 カメラに向かいテキトーな振りをして、撮れ高については中学生の海辺(崖)デートで補おうとする扇兵衛。


 自分を容赦なく売りに出していく。


「はあ♡扇兵衛くんの手はおっきいねぇ。かっこいいね〜!」


 大福ちゃんは通常運転や。この時はまだ、二人はこの先に待つ現実を知らないのだった。




 崖下に向かう道は危険なので、参拝者向けのルートではない。区別の為か、ここから先は有刺鉄線のフェンスで仕切られており、扉は鍵をした上で、板をテキトーに立てかけて封じてある。


「こんな封じ方でええんか、御神体…。」


 という、扇兵衛のツッコミ。この容赦無いツッコミもチャンネル名物だ。


 しかしそのバリケードを肝試しに来た若者がすでに突破しました、みたいな大穴がフェンスの下の方に空いているのを、わざわざ扇兵衛が見つけてしまった。


「ここ行けそう。」


「無理!!」


 大福はちょっとポチャめなので、体型で篩にかけられるのが嫌いだ。


「行ってみましょう。言うとく。俺が行けたら、大福ちゃんは余裕や。細いから。」


「無理!!」


 二回も拒否したのに、扇兵衛は少し腰を屈めてスルンと穴を通り抜けていく。高身長だが細身の扇兵衛。


 繋いだ手の先にいる大福を、クイクイ引っ張る。地獄の穴の向こうから。


「おいで、大福ちゃん。」


 仔猫を誘うような声を出す。レアです。


「うぐぐ…。通れないとかないよね。通れないとかないよね。」


 仕方なく大福も地べたに膝を付くと、手を引かれながら穴に踏み出して行った。



 大福ちゃん、ちょっと太めだもんね…



 と、思ったけど行けました。


 大丈夫でした。


「よいしょ…、あっ行ける。わっせわっせ…通れた〜!」


 と、大福も無事にフェンスに空いた穴の攻略に成功しました。わりと余裕のある大きめの穴を空けてくれた見知らぬ肝試しの若者たちに、大福は手をスリスリ擦り合わせる。


「大きめの穴でヨカッタ…。ありがとう見知らぬ人…。」


 涙ホロリ。


 だって扇兵衛くんの作ってくれるキャンプ飯が美味しくて。大福は最近、幸せ太りまっしぐらだ。


 自分でも、それをちょっと気にしてはいる。


 立ち上がって手をパンパンして土を払うと、二人は再びその先を目指す。フェンスを越えた向こうは全く別の世界と言えるほど、建造物や群生の植物も見当たらない。


 あるのは断崖絶壁の崖と、その岩場に貼り付けるように造られている、崖下へ続く長い階段だ。


 墨色の手摺。地形に合わせているので、急下りの階段部分と、廊下状の平坦な道が交互に続いている。


 何度か折り返すようにしながら岸壁の起伏を避けて下っていく。崖の高さがかなり高いので、その分そこを降りる階段も長め。


「長っ。」


 ザッと上から見下ろしての扇兵衛の感想。先の方はライトの明かりが届かず見えない。


「ここ降りるの? 本気?」


 大福が悲しい声を出す。


「降ります。」


 という問答無用の扇兵衛の返答。ずっとついてきている誰かは、「やめて」と短く警告する。声が小さくてカメラに入るか微妙なボリューム。


「落ちんように行きましょう…か…。」


 真下は岩場になっており、すぐそこは海。潮風が岩に当たって吹き上げてくる。


 扇兵衛は前照灯をカメラの下につけており、そこそこ重いそれを片手に、もう片方の手は大福と繋いで両手塞がり。


「これ怖い。メッチャ怖い。あ、オバケとかじゃないです。」


 階段は鉄製。足を降ろすと、カンカンカンという感じ。


「そう! わかる! 風にあおられて落ちたら死ぬ…!」


 羽織が風をいい感じに受けてバタバタする。ちょっと、ここから映像を保証しません。


 目の前でバタつく、その扇兵衛の羽織を掴むように、無数の白い手が伸びていることに、大福は気がついた。


 丁度、階段の一段目に足を下ろそうとしていたところで、立ち止まる。白い手は指先と手首から後ろが透明で、手の甲と指にかけてが、はっきりと視える。


 その白い手は階段の手摺の向こうから伸びているのだ。無論、そこに人が立つようなスペースはないが…。


「扇兵衛くん、ちょっと息止められる?」




     ★★★




 とある食品メーカー社長の娘という立場に生まれた黒豆 大福は、常に若者のニーズを追求する商品開発部に頼りにされてきた。


 あらゆるスイーツや氷菓を試食して、完璧なアドバイスをすることが出来る。


 企業の拡大に伴い、商品開発が新たなジャンルへ漕ぎ出しても、レトルト保存食でも非常食カップ麺でも、的確にヒット商品に繋がる食レポを繰り出して来たのだ。



 で、太った。



「無理!!」


 なんか、上に伸びないけど横に広がっていく体型になり、危機を感じ始めたのは小学校高学年の頃だ。


 その頃になると大福は夜間も寝る間を惜しまず運動に出かけていくようになった。人知れずダイエットをするなら、夜間で人の来ない場所がベストだ。


 そういったところには、人はいないが、人目を避けて静かに過ごしている霊は多い…。


 結果として、大福は昼の景色よりも夜の闇に溶け込み、人には視えない夜の住人を感じ取る力が、自然と備わっていった。


「無理!!」


 カロリー摂取を避けられない環境も、みるみる敏感に感じ取れるようになっていく自分の霊感体質にも、やがて許容の限界がやってくる。


 その時になって大福は、彼女だけが持つ特別な、それらに対する対処法を自分の中に生み出した。


 それは処世術と呼ばれるものが、人の性格や置かれた環境によって中身が違うものになるのと同じで、固有の天賦の才だと言える。




     ★★★




 大きく吸って、吸ったら止めて。


 扇兵衛がアイコンタクトで合図を送ると、大福は親指と人差し指を交差させる…小さなハートマークを指先に作った。


 これが大福の集中ルーティンだ。


 それを肩の高さに掲げる。


「このまま、一気に下まで行こう! たくさんの霊が海に引き摺りこもうとしてくる。」


 その言葉に促され、先程まで階段の安全性を疑っていた扇兵衛も、息を止めたまま階段を駆け下り始めた。



 全速力!



「いと高きところには恋する乙女に栄光あれ!」



 ぽひゅんっ。


 と可愛い効果音で、虹色のハート形シャボンが地面から浮き上がるように現れる。それは大福と扇兵衛を包み込み、二人が全力疾走で階段を下りていくと、その動きに合わせて移動していく。


 大福ちゃん特製の、ハートシャボンシールドです。全てを排除する『拒絶』の能力。


 大福の拒絶の能力で、一度に拒絶出来る対象は一つのみ。今は迫りくる霊体を拒絶している。



 ちなみに、体重を拒絶するとシャボンに包まれて飛べる。



 この能力は大福の霊能力を彼女の潜在能力が具現化したようなものだが、その能力の拡張は彼女の霊能力の高さに比例する。


 今は素人の秀作という域を出ないのか、どうしても内蔵脂肪を拒絶できません。


 いつかできるようになったら、扇兵衛もびっくりのナイスプロポーションになるはずなのだが、道のりは遠い…。


(大福ちゃんの使う『拒絶』の能力…。なんでかわからんけど、この中にいる時は俺にもいろいろ視える!)


 普段、霊を感じる能力を一切持ち合わせない扇兵衛にも、海側の手摺の向こうから、こちらに伸びる白い手が視える。


 肘から下あたりだけの手もあれば、体がついてくるものもある。


 赤い薄手のニット、袖が七分丈の服だと分かる。腕が細いので、たぶん女性。それが大福の作った虹色のシャボン玉シールドに拒絶されて、有り得ない方向にぐにゃんと曲がる。


 弾かれて手摺の下へと落ちていく手。何かに縋り付くように、ツメを立てていくのが視えた。


 でも、包まれているシャボンがハート♡の形なのは、中にいる扇兵衛は見えないので気がついていません。えへへ。


(便利やけども。便利やけども…!このシールドの問題点は唯一、俺が息出来んことやねん…!)


 この能力を身に付けた大福が、幼馴染の扇兵衛に、この力について打ち明けることに時間はかからなかった。


 やがて、扇兵衛がある目的を掲げてこの心霊検証チャンネルを開設した際、大福を同行者として連れ出したことも必然的なことだっただろう。


 ただ、その判断が正しかったかどうかは定かではない。大福は霊能力者でも祈祷師でもない。素人の霊感体質者なので、細かい力の使い方までは識りません。感覚でやっとる。


 それが原因にあるかはさておき、このハートシャボンシールドは、術者である大福以外、中に入ると呼吸はできません。


 なので扇兵衛は、自分や大福が危機的状況にあり、このシールドの使用が不可欠になった際は。


(とにかく安全なとこまで息止めて走る!)


 しか、ないです。




     ★★★




 断崖絶壁に備え付けられた階段を、猛スピードで駆け下りていく。虹色シャボンに包まれた二人の動画配信者。


 海から迫る亡者を跳ね返して突き進むその姿を、遠くから眺めている人影があった。


 一個車両の古びた列車。朽ちた長方形の箱と言ってもいい。


 真ん中でひしゃげて妙な角度で海上に浮かんでいる。丑三つ時に現れる、黄泉の国へと人を運ぶ列車だ。


 その廃棄車両のようなものの上に、一人腰掛けている女性。頭から布のようなものを被り、その表情は窺えない。


 その細く白い指先が、自分が腰掛けているオンボロ列車のざらついた屋根を、ゆっくり、優しく撫でた。


 その瞬間、錆びた金属が立てるような音で、車両が慟哭を漏らす。


 フォーンと低い唸り声、そしてギギギギシ…と鳴き止んだ。


「うん。侵入者。…でも、大丈夫。椿 真昼ではないみたい。」


 落ちそうな。沈みそうな。不安定な飛行のまま、列車は月明かりを背に受けて、その影を暗い海に落としていた。



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