討神の復讐者
「そう、ここに来るのは二回目です。前に来た時はね、神社の奥にある崖下に降りられる階段を使って、海岸にある洞窟まで行ったの。」
「そしてそこで、『父蝕糸尊』という神を見つけた。」
大福と扇兵衛の口から紡がれる経緯の説明。どことなく重苦しく繋がれる言葉に、優都達もシンと静まり返って真剣に耳を傾ける。
そして、さらにその先の説明は、我らが『桜庭先輩研究部』の顧問、渡辺先生が引き継ぐ。
「今回『廻向チャンネル』が鬼灯神社の再検証に挑む目的は、その謎多き神の存在と、この神社が放棄された理由を探ることだ。
このチャンネル…というより、そこにいる粗目には、どうしてもその謎を追いたい理由があるのさ。」
「信奉者…だったのですか?」
自由を与える神の信者である瑞埜が、真っ先に口を開いた。同類を目にして仲間だとでも思ったのだろう。
ところが現実には、それと全く逆の解釈が一行を待ち受ける。
「信奉者なんて、綺麗なもんじゃないです。俺はその神を必ずこの手で討つ。復讐者や。」
深い闇の中にいるような。
真っ暗な空間の中で、背中合わせに立つ扇兵衛と真昼の姿が、何故か優都の頭に浮かんだ。
神道の家を守り、星神の加護によって人々を救う道を進む真昼。一方で、たった一つの神の名を追い、その復讐を果たす為に夜を徘徊する扇兵衛。
二人の生き方は決して交わることは無く、同じ光に辿り着くこともないと、確かに思わせる言葉だった。
討神の復讐者。
それが粗目 扇兵衛という男の正体だ。
「復讐者…ですか?」
イメージの中に囚われていた優都の横で、迷がその言葉を繰り返した。言外に、その理由は? と問いを含む。
「父蝕糸尊の信者だったのは、扇兵衛くんの伯父さんなの。」
代弁者として、大福が名乗り出る。本人に言わせるよりも第三者の口からの方が偽り無く伝えられることもあるようだ。
「かなり熱心に信仰されていたんだけど、少し前に亡くなったの。もともと病気であまり丈夫な体じゃなかったみたいでね。
その病と闘う心の支えとして、あの神様を信仰していたみたい。奉納とか、献金とか…。詳しい事まで言わないけど、宗教ってお金がかかるらしくて。
だいぶ借金を残して逝ってしまったから、扇兵衛くんの家族も親戚繋がりで、ちょっと苦労してるって話。」
ちょっとどころの騒ぎではない苦労なのだが、大手食品会社の社長令嬢こと黒豆 大福からしてみれば、多い金額でもないのでこの反応。
うーん格差。
だから、まぁ、言ってしまうと扇兵衛はわりと将来安泰なのだが。長いものに巻かれさえすれば…。
で、この話を聞いた『桜庭先輩研究部』の部員達は、渡辺先生に視線で訴えることにした。
「ワタルちゃん、ちょっと言い辛いんですけど…。(小声)」
「これは、アレではないですか?(小声)」
「真昼に霊を斬って貰うことはあるけど、献金した事は一度も無いけど…。(小声)」
兎と迷と優都がつまり言いたかったことを、幽霊部員という名の部外者であり、一番口を開き易い立場にいる武田くんが呟く。
「つか、それってさぁ。霊感商法詐欺ってやつだろ。」
私服を肥やした社殿がでっぷりとした腹を突き出している中、武田氏の大正解の発言に、境内の木々も沈黙する。
手水舎に陣取っていた小太りの龍が気不味そうに咳払いして、腐った水をゴボボと吐き散らかす異音。
我が物顔で蔓延る鬼灯が、中途半端に色付き赤面している光景。
この神社は初めから、何もかもが偽りの上に建っているのだ。
「シーッ! はっきり言わないでよ!」
という大福の牽制が一番デカいので、
「いや、もう気を遣わんといて下さい。」
扇兵衛が苦笑いで返す。
その神に、救いの力など無かったことを、早すぎる死を迎えた扇兵衛の親戚が証明した。自らの命をもって明らかにしたのだ。
つまりそれは、奉納金目当ての詐欺だったということで。
「あっ…。はっきり言い過ぎた。ごめん。」
武田くんも、ちょいと反省。
色々と意図があってズバズバ言う人なので、優都のことも傷付けたことがあります。
だがしかし、その武田くんのお陰でようやく『桜庭先輩研究部』の合宿の方針が決まりました。
「つまり『廻向チャンネル』の鬼灯神社再検証にコラボする形で、俺達も参戦して、詐欺神社の正体を暴くのに協力する、と。」
兎が上手に話をまとめてくれた。
「粗目の手助けにもなるし、各自の目標に向けての強化合宿も兼ねて、一石二鳥だろ?」
何かしら追加で得るものが無いと実行に移すことが出来ない自堕落な現代人みたいな教師。
「信奉者からの絶対的な崇拝を裏切る行為は、神であろうと必ず裁かれなければなりません。」
自己の正義の上にだけ立つ身勝手な理屈をこねる瑞埜は、扇兵衛の伯父や真昼の母親のような狂信的一面を持っている。
なので、信者に対する神の裏切りは絶許です。
「推しに課金を繰り返しても、いずれソシャゲはサ終になる。その痛みは、よまちぃも理解できます。」
皆それぞれ自分の身に置き換えて考えることで、他者の苦しみを理解し、救いへの一歩を踏み出す決意をした。
結局、神の起こす奇跡を待つよりも手っ取り早く物事が解決するのは、人の思い遣りだったりする。
仏とは人を救おうとする自身の姿のことなので、自分の事を自分で解決して、他者に手を差し伸べるところまでは自分で進まなければならない。
神が救うのは、天災や世界平和といった大きな局面なので、年がら年中、神に縋っていても無駄だ。
「取り敢えず、事情を知っている霊を見つけて話を聞いてみるよ。そういうのって…。」
中でも最も現実的に物事の解決に向かいそうな、優都の意見。
「詐欺の証拠になるようなものが見つかれば、有利になるんだろ?」
そうなんです。
既に運営を放棄された神社とはいえ、この場所で行われていた事の全容を掴めれば、責任を追及する先を明らかに出来るのだ。
そういう点で霊が視える優都は、情報源が人より多いことになり、既に亡くなっている方なら告げ口しても責められることもないので話し易かろうと。
「んじゃ、出来るだけの事はやりますか。」
幽霊部員の武田くんも、自分なりのモチベで頑張ってくれるようだ。
勿論、美味しくて安全な場面を扇兵衛に譲って、『桜庭先輩研究部』が全力で体を張って頑張らせて頂く。
扇兵衛くんは何も心配しなくていいよ。いい後輩だね、君は。
「…みたいな流れにするつもりっすね!? その顔は!」
兎にはお見通しだ。
「だ、だって…。」
優都は今、生きている人間が一番怖いいわゆるヒトコワ状態なので、波風立てずに生きていきます。
「有難う御座います! だいふくちゃんは感激ですよぉ〜! 皆さんのこと、頼りにしていますね♡」
もはやこの営業スマイルに広告代がかかることは周知の事実なので、特に誰も返事をしない。
扇兵衛は自分の問題にけじめをつけるまたとない機会である上に、他局とのコラボという動画配信者としても重要な仕事に当たる日で、それどころではないようだ。
「じゃあ、色々と他の説明は歩きながらするとして、先に『桜庭先輩と一緒に幽霊を研究する部』さんの紹介と、口上シーンだけ素材として撮らせて貰っていいですか?」
え?
「こ、こうじょう…?」
「な、何それ。」
「へぇ、桜庭の部活って、そういうのあるの?」
「ないです…。」
「今決めますか? どうしますか?」
にわかに焦り始める安っぽい同好会の人達に、
「ド素人が! 他局との差別化の為に口上くらい用意しておくもんでしょう!? これだから弱小チャンネルと軽率にコラボしたくないのよ!」
またまた大福ちゃんの圧がかかる。
「あ、無ければ大丈夫ですー。」
対応の柔らかい扇兵衛とは対極の存在だ。
「お前らは、あるんだろう? 見せてくれよ。カメラ担当してやる。」
そんな『廻向チャンネル』の扱いを心得ている渡辺先生の振る舞いに、モヤッとする可愛い生徒達だった。
「ニャッニャ。ミャーオ…。」
黒猫番長は瑞埜が抱えて来た迎え犬のわんちゃに夢中だ。何か動物にしかわからない意思疎通がなされているのやも知れない。
可愛い。