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先生の玩具


 しばらくは生徒達の自分で考えて行動する力を育てようと放牧に徹していた渡辺先生。


 このまま動画配信者の友達と合流する流れでも良かったのだが、思い至って足を止める。


「はい。放牧終了。一度、全集です。」


 全員集合を略していく。顧問教師から集合がかかれば、優都たちは部長の指示に従いキビキビ移動だ。


「知らないうちに放牧されてたのか…。」


 という優都の口に出ている心の声に、


「めえぇ。」


「もおぉ。」


 と羊と牛になった迷と兎が合わせる。呼びかけると素直に集まってくる動物達が可愛くて、先生もすっかりこの部活に愛着が。


 瑞埜だけはこういう時に、行儀良く私語を慎んでいる。


「なんとなく気づいてたんだけどさぁ。」


 みたいなすげぇテキトーな話題の振り方。


 まだ社殿も見えていない参道のど真ん中だ。


「お前らってやっぱ、椿がいないと霊を見つけたり、話をさせたりって、出来ないんだな。」


 優都は日頃からぼんやり黒い影を視たりすることがある。だが、真昼と決定的に違う点は、視えてしまうというだけで、好きで視てるわけではないということだ。


 業務用の能力ではないので、自分に視えた時に報告するだけで、自分から霊に積極的に交信したりはしません。


 で、一年生の三人に至っては、優都の反応を待ちながらブラブラ歩くという感じ。


「なので、そんな君らにはこれです。はい、ドン。各自でスマホとか電子学生証を準備してくれるか?」


 言われて女子はスマホを、男子は電子学生証を取り出す。


「こんなこったろーと思い、アプリを開発してきた。あいつらに合流する前にこれだけ仕入れて行きな。」


 渡辺先生のテキトーな配慮のお陰様で、『桜庭先輩研究部』は新たな武器をここに来て手にする事に。ナイスタイミング。


 迷と兎が率先して画面を見せながら説明してくれるので、武田くんは勿論のこと、遊び慣れていない瑞埜も、アナログ人間の優都も無事にそれをインストする。


「その名も『ほっぺたがるりっとね百十一号』だ。」


 ちなみに先日、真昼と兎に見せていた渋滞回避型二輪が百十号でした。


「酷いネーミングだ…。」


「変なもの作るの好きっすねぇ…。」


 好き勝手にツッコミを入れる武田くんと兎の横で、私語を慎む瑞埜の顔にもナンデスカ コレハと書いてある。


「簡単に言うと、オバケの声を拾うアプリだ。電波に近い微弱な言語信号を取得する。日付や時間帯によって細かい設定をしてあるから、放送中のラジオや無線とは混線しない。」


「つまり、どういうことっすか?」


「つまり、霊の発する声を拾うまで、酷いノイズがずっと流れ続ける。」


「よく眠れるんでしょうか…?」


 砂嵐の音を流す安眠アプリでは無い。


 優都は以前、真昼に教えて貰った大きな受信アンテナの話を思い出していた。


「霊の方が何か声を発したり、何か伝えたい事がある時に、このアプリで声が聴けるんだと思うぞ。」


 と、補填の説明をすると、


「正解〜! 桜庭偉いな、よく出来ました〜!」


 先生がすっかり上機嫌で優都を褒めてくれる。褒め上手の渡辺先生。女性は時間をかけて口説くが、男子はとにかく時間をかけたくないので褒めて伸ばしていく。


「音って空気の振動で伝わるんだけど。霊体で出せる音と肉体で出せる音の質は違う。霊の声は水面の波紋や電波に近い。それを拾うアプリだ。」


 では、早速やってみましょう。


 普段からシミュレーションゲームをDLしまくっている迷が一番立ち上げが早かったので、ひとまず迷スマホにてアプリを実践することになった。


 こういう時、優都がいると便利です。立っているだけで霊を集めて居る優都。


 先程から感じている通り、付近には既に霊が寄って来ている。


「もしもーし。今、誰か話せる方は近くにいますか?」


 アプリを起動すると画面にはキャップの外れたボールペンの画像が出てくる仕様。スライドでそのペン先にキャップを戻すと、シャカシャカ煩い音をたてながら、霊の声を拾う為の高周波ノイズが流れ出す。


 その音の奥で誰かが「いるよ」と声を放つが、僅かにノイズが上擦ったようにしか聴こえないので、『桜庭先生研究部』の皆さんにスルーされることに。


「も、もうちょっと近くで声入れて貰えると…」


 控えめに優都が何もない空間へアドバイス。


「霊体で出せる声って肉体で出してる物理的な音の振動より聞き取り難いので、このスマホのギリギリ傍で喋って貰うか、離れたところからだと、ちょっと頑張って声を張る感じでいって貰えれば…。」


 視えてはいないまでも、優都が見ている視線の先に合わせて、アプリの開発者である渡辺先生も指導を入れる。この人は霊も指導する。


 この感じなら、なんとか使えそう。取り敢えず、霊も興味を持って試しに来てくれているようだ。


「ただ来るのも失礼かと思い、実は今日、お供えをお持ちしているのですが…。」


「アンケ取るんすけど、こしあんとつぶあん、お饅頭どっちがいいですか?」


 こういう場所へ来る部活動に、数珠やお線香ではなく、お饅頭を買って来た迷と兎。発想の勝利だ。この質問には明らかに先程よりも注目が集まり、



『つぶあん』『つぶ』『こしあん』『なんでもいい』『つぶあん』


 と、大反響を頂く。


 ノイズの中に断続的に声が入るという感じなので、ちょっと聞き取り難いが、このくらい短い単語を喋らせるのに丁度いいかなというアプリ。


「つぶあん派多いっすね!?」


「足りるでしょうか!?」


 ちょっと心配で先生が肩に担ぐ鞄の中身を確認する迷と兎。ここに入れて来ました。


 そんな茶番が繰り広げられる横で、


「すごい…。」


 と羨望の眼差しを渡辺先生へ向けているのは、瑞埜だった。


「本当に亡くなった方と会話が出来ている! こんなに凄いものを開発出来るのに、どうして先生は学校の先生なんてされているのですか!?」


「女子高生が好きだからかな。」


 ひでぇ理由だった。


「残念じゃん…。」


 幽霊部員ということもあり、外野席に居る武田くん。まず顧問の人柄を見てから入部を決めた方が良さそうだ。


「円形に囲って貰うか、一列になって…あ、小さな子を前に…すみません。」 


 優都は早くも列形成に入っている。イベント会場でアルバイトしている人のような手際の良さ。霊に慣れている人の差。


 兎と迷はワイワイ言いながらも無事につぶあんのお饅頭を先生の鞄から取り出した。輪ゴムで止めてある普通のプラトレー。


 ゴムを外す時のビロロロンに何故か周囲を囲む霊からフフフと笑いが取れる。


 楽しんでくれているみたい。


 その後、お饅頭をテイクフリーで地べたに置き、アプリを通して色々と聞き込む授業にしようと、渡辺先生は閃いたのだが。


「お話しさせてください。この神社について知っていることありますかー?」


 懸命な呼びかけも虚しく、そこからアプリは沈黙する。


 この場で目に見えて状況がわかるのは優都しかいないので、自然と全員が優都に注目した。


 こんな時でもない限り、優都が人の中心に立って、起きている状況を説明することなんて滅多とないだろう。


「みんな今は口の中がいっぱいだからな…。それに、食べ終わると離れていっちゃう人が多くて。やっぱりこの場所のことを落ち着いて聞くなら、もっと奥にいる人じゃないとダメかも。」


 とのこと。


 そらそうだ。


 優都にしか視えないが、この場所では今、作業着のお兄さんがヤンキー座りで集まった他の霊にお饅頭を配っていたり、小さな女の子が口いっぱいに餡を頬張っていたり。


 若い母親がその口を拭いたりしているのだが、みんな口がもぐもぐしているので誰一人喋れないです。

 老夫婦はお供えを取るだけ取って離れていく。騒がしいのは好ましくないようだ。


 神社の入口近くということもあり、集まっているのは通りかかった浮遊霊。この土地に詳しい人物に会うには、神社の奥の方にいる人に話を聞く必要があるというのは道理である。


「それでは、先へ進みますか?」


 とりあえず、音の無い暗闇にシャカシャカ止まらない爆音を出していると、良識的な人間は「こんな静かな場所で音を出してたら、うるさいかな?」という心理が働くもので、すぐ音を止めたくなるので。


 迷はアプリを一時停止する。


 フッと静かになると同時に、『行かないで』と誰かの悲痛な叫びが届く。


「ごめんね。もう行かないと。憑いてきてもいいよ。」


 これまでの優都なら絶対に口にしなかった「憑いてきてもいいよ。」。


 まぁ真昼に合流さえすれば、なんとかしてくれるでしょう。優都は最近、真昼の使い方を覚えたきたのだ。


「まだ食べている人もいるだろうし、お供えは最後に回収すればいいっすよね。」


 ということで、何も知らない人から見たら、こんなところにお饅頭が落ちていて何かと思われそうだが、一行はこのアプリを手土産にすることに。


「あいつらも、こんなところでずっと待たせられないしな。」


 そう言って、石畳の道を見つめる渡辺先生。


 自分たちの先生に他に守るべき人間がいることに、なんとなくモヤッとする『桜庭先生研究部』の面々。


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