狂信者の行進
霊が出ると噂される廃神社にて、目をキラキラさせているのは、瑞埜 澄音という女子高生だ。
深い海のようなブルーの瞳。肩に落ちる金色の輝きを纏う髪。そして彼女自身の身体から放たれる言葉に出来ない洗練された空気感。以下略。
「送り犬とは、迎え犬と対となる存在であり、人を死へと誘う危険な妖怪だと言います!」
という興奮気味な瑞埜の説明。
彼女、この容姿から想像したくないが、妖怪が好きなのだ。好きっていうか。妖怪イコール、もふもふした生き物の総称だと思っている。
心霊研究の合宿地として訪れた廃神社で、真っ先に『桜庭先輩研究部』を出迎えてくれた石像について瑞埜が力説を語り始めた。
「仮にこれが妖怪だとして、変な話だな。」
と、指摘をしたのは武田くん。
「ここって、妖怪博物館じゃなくて、神社だろ? なんで神社の入口に妖怪の像なんだ?」
「そもそも、ここが神社として稼働していた時からあったものなのかどうかも、よくわかんないっすけど。」
という兎の補足。
それを巻き返そうとする諦めない瑞埜の反論。
「場所によっては天狗様を祀っている神社もあるそうです! 他にも河童とか…妖怪を神格化して崇める風習が古くからあるというのは、文献などにも残る史実であります!」
クソ真面目な彼女がこんなに意欲的に主張する機会は滅多にないので、これがいい変化になればいいなと思っている『桜庭先輩研究部』。
わりと瑞埜のことをバカだと思っています。言わんけど。
「迎え犬と対になる存在…、か。」
優都は動物が好きなので、妖怪も動物の延長線上に位置するものだと思っていて、可愛いという以外の感想はない。
その優都の肩の上に、不意にマッチを擦ったような音と共に灰色の毛の子犬が姿を現す。
名前は、わんちゃ。
灰色の毛の下には燃える炎のような、煮え立つマグマのような灼熱の色が覗く。ぺちゃこい鼻と三角おみみ。
長い尻尾は煙のようにユラユラしながら優都の周囲を取り巻いている。
「あっ…!?」
初見の武田くんはびっくり。
迎え犬と呼ばれる犬の妖怪。優都が肩乗りで飼っています。
心霊写真が撮れなかったので、可愛い犬の妖怪の写真で誤魔化した時期などもあり、妖犬わんちゃは『桜庭先輩研究部』ではマスコット的な存在になりつつある。
「あ〜わんちゃ〜!」
「わんちゃさん、お久しぶりです!」
なので、他のメンバーはこの反応。
兎にも迷にも可愛いがられて、放課後に公園でボール遊びをしてもらうこともある妖怪。普通の犬とそんなに変わらない生活をしている。
「どうしたんだ? わんちゃ、自分から出てくるなんて…。」
たまにあることなのだが、優都が霊力の雑な出力調整をして妖怪を人目に触れる状態にする他、優都の意図無く勝手に姿を現す場合があります。
あと真昼の秘密基地では出窓を陣取り年中ゴロゴロしている。
「も、もふもふ! やはり、送り犬という存在に何か感じていらっしゃるのだと思いますっ!」
という瑞埜の発想を裏付けるように、わんちゃは目の前の像を見上げている。鼻に皺を寄せる様子はないが、元よりわんちゃはワンともクーンとも鳴かないので、本人の考えはわからず。
「てか、桜庭そんなの出せるんだ。召喚?したの?」
「えーと…道端で拾って…飼ってる。勝手に出てくる。」
何故かちゃんとしたことを喋ろうとすると、自分の説明に自信が無くてカタコトになる優都。
「道端で妖怪を拾って主従関係で結ばれる!アリです!」
迷ちゃん的にはアリなので、とりあえず武田くんも、
「ふーん。そう。」
と納得の返事。あまり優都に踏み込んだ質問をしない方がストレスにならないのかなって。配慮してくれている。
「良かったら、抱っこする?」
その優都は瑞埜の「もふもふ!」を気遣い、わんちゃを抱っこさせてあげることに。瑞埜の白くて細い指が珍しくワサワサ動いて、無事にわんちゃを抱っこすると表情が蕩けていく。
「はあぁ〜…。妖怪って、あったかくて、ふかふかです。」
瑞埜が抱くと丁度いいサイズだ。少し大きめのぬいぐるみ感。ふかふかの体と対照的に骨があってしっかりしている肉球付きの手を、なんとなくニギニギしてしまう。
頭に顎を乗せてグリグリされても嫌な顔一つしない妖犬。やけに人馴れしているような違和感を、優都は出会った時から知っている。
(やっぱり女の子だなぁ。)
優都は人に気遣いするくせに、自分もだいぶ気遣われていることに気が付きません。
目の前でふかふかした妖怪を愛でる小柄で透明感のある美少女に釘付け。事実、瑞埜は人の目を奪うだけの容姿を持っているので、無理もないのだが。
「桜庭先輩、妖怪は霊障来ないんですね?」
今になって閃いて、何気なく質問する兎に、優都は首をユルユル横に振った。そうそう、説明を忘れていたけれど、優都は霊が近くに寄ると体調不良で感知するのだ。
これが結構、迷惑だったりする。
「わんちゃに会った時は体調悪くなったけど、真昼に教わって『星の御使い』として契約してからは無いかな。今もないよ。」
今は頭が痛くなりかけていたけど、大きなワンちゃんの像を見て全部吹っ飛びました。
優都の霊障はこの後来る。
「桜庭は体調悪くなっちゃうタイプの霊感なのか。」
知らない事の多い幽霊部員。
「悪いけど、その霊媒体質を発動させないと霊がいるかどうかも俺等じゃわかんないっすから。」
「優都様に…、また具合が悪くなるまで歩き回って頂くことに、なってしまいますが…。」
迷は申し訳ない様子だが、そもそも、それしか霊を感知する術が無いので仕方ない。
真昼がいないとこういうことになります。
「真昼がいないから仕方ないだろ。俺のことは気にしなくていい。早いとこ、その動画配信の人達と合流しようぜ。」
動画の配信をしているくらいなので、多少はマトモなキャメラを持っているはず。
霊がキャメラに映ってくれれば優都が具合を悪くするまでもないので、取り急ぎ記録機を持つ一行との合流を目指す。
「わんちゃも、それでいい?」
「このまましばらく、抱っこしていていいですか?」
わんちゃに顔を近付けて話しかけた優都に、そのわんちゃを抱えた瑞埜が囁く。上目遣いのおねだり。
二人の距離が、また近くなったり。触れそうになったりだ。
「…へぇ〜?」
それを横で見て面白そうな武田くんと、
「…あぁ!」
何か気づきを得た渡辺先生。
霊媒体質で見た目は不良で人見知りな優都と、完璧な容姿を持つ優等生系美少女の瑞埜は、どう考えても釣り合わない。
しかし、共通の話題が妖怪なので、いい感じに。あと物静かで自分の世界だけで楽しむタイプなのも似てたりする。
推しCPにしか反応しない迷や、広義な愛を持つ兎と違って、武田くんと渡辺先生はその光景をしばらく楽しむことにした。
こんな面白いこと、他にないからな。
そんな二人の間に挟まれてもみくちゃになっている迎え犬のわんちゃを、生気の無い石像が見下ろしていた。
★★★
その後一行は動画配信者達との合流を目指し更に先へと進む。
妖犬わんちゃという存在が登場した影響なのか、周囲には何事か様子を見に来た霊の数が増えて来たようだ。
霊を引き付ける体質を持つ優都の目にも、境内を囲う鎮守の森の雑木の中に白い顔が浮かんでいたり、少し離れたところに立ち尽くす人影が視えたりしてはいる。
(わんちゃがいてくれるし、特に何かされるわけではないんだけど。いつ気持ち悪くなってくるかわからないから、早く真昼と合流したいな…。)
足下は参道の石畳。乱立する灯籠の先にまだ社殿は見えず、道は緩やかにカーブしている。美しい神の庭園に鬼灯が群生し、この時期オレンジ色の提灯を下げている。
「ハロウィンのライトアップみたい…。」
恍惚の表情でその光景を眺める兎と、
「卒塔婆かと思った。墓場かよ。」
武田くんの温度差。
言われて確かに、神社らしい神聖な空気を感じない。かと言って廃墟らしい空虚な哀愁も感じない。
雑踏の中のような。中でも空気の重い人混みのような感覚。夏なので気温も高く、蚊もいそうな嫌な夜だ。全員虫除けはしてあるが…。
バラバラ響く数人分の足音の中に、ボソボソと人の話し声がして、優都は視線を右へ振った。
境内に植えられた低木が参道の導線のようになっており、その生垣の向こうには社務所らしき小規模な建物が見える。
こちらから見ると建物の側面。そこに、大小四人分の人影があり、どうみても生きている普通の人間のように見える。
頭から布のようなものを被っているので、頭の先が尖っていて、小人妖精みたいな感じだ。
「侵入者の報告ならともかく…、なぜ許可を出した?」
「あら…、だって『桜庭先輩と一緒に幽霊を研究する部』よ。彼が欲しがっていたでしょ?」
「餌というわけですか。駄犬を呼び戻すのには、丁度いい。」
そんな会話が優都の耳には詳細に届かないほどの小さな声で流れていく。
優都は普段から霊が黒い影で見えているので、夕暮れ時にすれ違う者は区別がつかない。
生きた狂信者か。
あの世からの徘徊者か。