飼育小屋の番長
『桜庭先輩研究部』のメンバーが海ではしゃぎ倒し、余った余力で夜間検証の準備を進める頃。時を同じくして既に、廃神社へと潜入している一行があった。
すでにカメラを三脚に固定し、オープニングの撮影を進めている。お茶の間にお馴染みの、人気動画配信者。
『廻向チャンネル』の塩味担当、粗目 扇兵衛と、甘味担当の黒豆 大福の二人だ。
そして今日はもう一人、二人と同じく扇柄の羽織を身に付けた中学生の男子生徒が加わっている。
「こんなに早くまた来ることになるとは…。」
神妙な面持ちで呟いた。扇兵衛の視線の先には、いつか『廻向チャンネル』を出迎えた黒い鳥居が、変わらずそこに佇んでいる。
奇妙な角度で立つそれが、今は笑っているように見えた。周辺は背の高い木々が、境内を外界と隔離するように取り囲んでいる。
「でも今日は二人だけじゃないから大丈夫! 『廻向チャンネル』から皆に大事なお知らせがありま〜す!」
大福ちゃんの明るい声と共に、画面下側に大きく「重大発表!」の文字。さらにクラッカーを鳴らす音とエフェクトが!
大福が腕を引き寄せ、新顔の少年を画面の中心に立たせる。
その親しげな距離感に、扇兵衛が眉を寄せた。
「誰やこいつ。」
「廃神社の再検証に行くなら戦力足そうって話をしてたでしょ? 宣言通り新メンバーを連れてきたわ! 黒猫番長くんです!」
わ〜ぱちぱちぱち〜!
「誰やこいつ。」
紹介されても問い続けるボケをかます扇兵衛くん。
大福が連れて来た『廻向チャンネル』の新戦力。名前は黒猫番長くん。
彼は扇兵衛と違ってきちんとセットアップした黒毛ショートヘアに、扇兵衛と違ってボウタイ付きのクラシックブラウスを着こなしたオシャレ男子だった。羽織と合わせて和洋入り混じっている。
扇兵衛みたいにダサい下駄も履かない。赤いハイヒールに足首の組紐。首から赤いリボンで鈴を下げている。
扇兵衛と比べて段違いにマトモな身なりをした少年だった。ただ身長には恵まれず、大福より少し低い。
「よろしくドーゾ。にゃ。」
腕を組んで休めの体勢。からの、にゃんこのおてて。さらにふわふわ欠伸。きまぐれ気怠げ男子だ。
「にゃ…?」
聞き慣れない単語に不信感を募らせる扇兵衛。
「ネコちゃんはね、前世の記憶を覚えている珍しい子でね。ちなみに前世は猫なの。」
みたいなテキトーな説明をカメラに向かってする大福。ちなみに、大福の目にだけ黒猫番長くんの頭に猫耳が視えています。黒毛の尻尾も。
黒猫番長くん、前世はクロネコでした。
「前世が猫て…。」
という地味なツッコミをする扇兵衛に、大福と黒猫番長は顔を見合わせる。ちょっと残念そうな、しょんぼりの瞳。
「えーっと、扇兵衛くん、覚えてない? 小学校一緒なんだけど。ほら、飼育小屋事件の時の…。」
視聴者には全く伝わって来ないこの飼育小屋事件の話。たった今思い出した扇兵衛が説明します。
「あぁ、あのどっかのアホな高校生が勝手に敷地に入って飼育小屋のウサギを虐めてて…。そん時にウサギを守る為に戦った奴が、後々『飼育小屋の番長』って呼ばれたやつか…。」
「みんな怖くて近づけなかったけど、扇兵衛くんだけは加勢に行ったでしょ! …もうあの頃から扇兵衛くんはカッコよかった…ってその話は今いいんだけど。」
ほっぺに手を当て悶える大福ちゃん。脱線しましたが、扇兵衛はその『飼育小屋の番長』の記憶の中の面影と、目の前に立つ黒猫番長が完全に一致した。
「…あぁ! 番長ってお前! あの『飼育小屋の番長』か!」
「あの時は、扇兵衛が加勢に来てくれたから。今度は猫様が助ける番。」
一見すると冷めた様子の三白眼だが、実は情に厚い黒猫番長。仁王立ちで加勢を宣言する。
受けた恩は忘れない。恨みも絶対に忘れない。
「そうか…。にゃ。も気になったけど…、猫に自分で様付けるんも腹立つ…そうか…。」
自分がこの家のヒエラルキーの頂点だと思い込んでいる方のペットです。
色々とツッコミたい部分を、扇兵衛はなんとか飲み込んでいく。自分で立ち上げたチャンネルなので、自分が責任を持って回していかなければならない。
「そういうことなら、遠慮無く頼らせて貰います。大福ちゃんが折角見つけて来てくれた、新しい仲間ですから。」
大福ちゃんは扇兵衛くんの為に人知れず頑張っているよ。
こうして『廻向チャンネル』に新たなる新メンバーが加わった。コメント欄はお祝いでお祭状態になる。
「ネコちゃんはね、前世からずっと動物の体や自然の中を巡る『気』が視えていたらしくて、今は気功を使った治癒術の使い手なの。
自前の『ネ コと和解せよ。』っていうチャンネルで、治癒術の紹介とか、動物にしてあげるマッサージの実演動画とかやってたんだよ。おウチが動物病院だし。」
「で、飼主に引き抜かれたにゃ。」
飼主のところで大福を指差す黒猫番長。引き抜いちゃったので、これからは大福が黒猫番長の飼主です。
「SNSで発見して、やり取りして繋がって…。『廻向チャンネル』に合流しない? ってね。」
それらの過程の全ては、今夜この廃神社にて、扇兵衛が謎めいた神と対峙する戦いの為に、大福が用意したものだ。
本当に扇兵衛の身に何か起きた時には黒猫番長の治癒術で助けてもらおうと思います。
(扇兵衛くんの為に出来るだけのことはやった…。きっと、大丈夫だよね?)
大福は少し不安気に、頼りの黒猫番長を見下ろす。その視線が、金色に輝く瞳とぶつかった。
「大丈夫。家族はぜったい猫様が守る。飼い主は心配することにゃい。」
にゃにも心配は要らにゃい。にゃ。
「家族? えーっと、扇兵衛くんと、ネコちゃんと、もしかして…。」
「あとは、大福ちゃんや。ですよね番長!?」
扇兵衛はシレッと大福ちゃんの肩を抱き寄せる。熟年夫婦とペットの猫。これからは、この三人で家族です。
扇兵衛はチャンネルのメンバーを『家族』とする黒猫番長の表現に、とても嬉しそうな様子だ。
仲良くやれそう。
「にゃ。見つけて拾ってくれたから、これからは二人が猫様の家族。二人に何かしてくる奴がいたら、噛みついて死ぬまで猫様の蹴りぐるみにしてやる。」
猫の必死の噛みつき蹴り蹴りは、爪でガリガリガリにされる挙句、消毒の軟膏を塗るまで痒みとヒリヒリした痛みが続きます。
されるとわかるけど、マジで痛い。
という鬼畜の戦力を加えて、『廻向チャンネル』が謎多き廃神社の再検証に挑むぞ!
「あっ。それから、今日は前に伝えていた通り、コラボも予定しているの。霊に詳しい専門家を呼んでいるから、段取りだけしておきましょう!」
大福ちゃんは扇兵衛の家族と言われて、ちょっと照れるので作業に逃げる。
もちろん、それは裏方作業なので、ここでカメラは一旦停止なのだが。
「そうやった…、コラボもある。今のうちに新メンバーとの結束を深めとくか。」
今日は幽霊について研究している部活動の人たちを招く予定なので、人数も多く、現場が大混乱にならないよう、ある程度の統率が必要です。
せめて『廻向チャンネル』内の結束だけでも固めておこうと、扇兵衛は羽織の袖口から準備していたものを取り出す。
「にゃ!?」
袋のカサカサ音だけで、期待に胸を膨らませる黒猫番長。丸く見開いた瞳の輝きが増す。
大福ちゃんの目には、ピクピクする猫耳と、ピーンと立った尻尾も視えています。
扇兵衛が取り出したのは、『ツナマヨちゅ〜ぶ』という加工食品。大福の家の会社が作りました。
まぁまぁ売れている。いつでも使い切り量のツナマヨがチューブ型の袋から出てくる便利なアイテムだ。
ツナマヨおにぎりとか。ツナマヨトースト作る時にでも使ってくれ。
で、それを黒猫番長くんは扇兵衛の手から直食いです。身長差が丁度いい感じ。扇兵衛がツナマヨをちょっとずつチューブの端から出してくれるのを、ペロペロ舐め取って直食いしていく。
「猫やな、コイツ…。」
動画の構成上、視聴者に近い立場に立って初見の反応をした扇兵衛。もちろん、黒猫番長のことは大福ちゃんに事前に連絡を貰った時に思い出していました。
なので、あの頃好きだったオヤツをちゃんと用意して来たよ。
「小学校の頃からそれ好きよねぇ。」
実はこれ、小学校の頃から見慣れた光景。大福ちゃんは扇兵衛が餌付けするのを横から見ているのが昔から好きでした。
二人の家族に見守られながら、拾われた黒猫がオヤツをペロペロ食べ進める様子が、動画サイトを通して全世界にお届けされた。
コメント欄に「これはバズる猫動画。」「ペットと新婚生活おめでとうございます!」等のたくさんの御祝の言葉と声援を頂く『廻向チャンネル』。
これからは口上も三等分出来て、いい感じだ。