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されど神に感謝すべし(夏合宿編)  作者: 近衛モモ 
Someday My Prince will come
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検証のお時間

 

「ライトはここで…、セッティング完了。」


 深夜の心霊スポットにて、動画投稿者が心霊現象を検証している。海岸沿いの崖の上にある廃神社。


 遠くから波の寄せる音が絶えず聴こえている。


「そしたら、オープニング始めたいと思います。」


 三脚にカメラを固定した後、優しい声で呼びかける少年。


 その声に、鏡で身嗜みを確認していた少女は、パクンとコンパクトを閉じた。二人はカメラの前に並んで立つと、用意しておいたような笑顔を向ける。


 彼等が内に秘める思惑はやがて、過去と未来を行き交う戦いに波乱と変動を起こしていくことになるのだが…。




「今晩は。心霊検証チャンネル『廻向』の塩味担当、パリパリせんべいです!」


 学生服に扇柄の羽織を重ねた和な佇まい。天パにダサい瓶底メガネ。彼の名前は粗目(ざらめ) 扇兵衛(せんべい)。動画の配信を生業にしている中学三年生だ。


「甘味担当、モチモチだいふくでーす!」


 ふんわりとしたショートカットにリボンを乗っけた彼女は、黒豆(くろまめ) 大福(だいふく)。扇兵衛と同じく学生服に、お揃いの扇柄の羽織を腰に回して袖を結んでいる。ミニスカートに白いショートソックス。


 胸元にも学校指定のリボンがあるので、上下に大小のリボンが二つで馬鹿みたい。


「今日はかなり久々に遠征で。」


「夏休みだもんね!」


 時は怪談全盛期。気温三十五度の真夏日だ。


「そうなんです! ほんで、関東編第一弾は鬼灯神社に来ております〜!」


 わーぱちぱちぱち〜。


 扇兵衛は共通言語を使うがイントネーションが慣れない感じだ。


「えー、これどこどこ?だいふくちゃんは初耳ですよー。」


「実はここ、詳しくは調べても出てこない。ただ、二年や三年そこらで放棄された謎多き廃神社、ということです。」


 このチャンネルの構成は、進行役に扇兵衛。大福はリアクション担当のようだ。


 無風。昼間のうちに溜め込んだ熱を、アスファルトがゆっくり放熱している。熱帯夜。


「うーん。うん。…え? それって、心霊スポット? 放棄物件?」


「おそらく、心霊スポット。というのも、実は新興宗教立ち上げの為の集会に使われていたんじゃないかとか、降霊術の修行の為に術師が籠もっていたとか、色々言われてる場所らしい。


 ただ表向き神社として、どこかの御神体を分けたとか移したとか、言うてるみたいです。」


「危ない系だ! オバケじゃない方のやつじゃない!?」


「いや、ただ、そういう場所だから集まり易い的なことなのか…、子供の霊が目撃されていると。言われております!」


「えぇ〜。行く元気なくなる〜。」


 並ぶ二人の背後に在るのは暗闇だけ。件の神社らしき建物どころか、鳥居すらも見当たらない。


 鬱蒼とした雑木の向こうから、潮風が吹き下ろしている。頬に触れるとベタつく感触。生臭い潮風だ。


 二人は中学生でありながら数々の心霊スポットを巡り、あらゆる心霊現象をカメラ越しに伝えてきた人気動画配信者。


 この暗闇を前にしても、逃げ帰るということはないが…。


「よっしゃ。ほんなら、怖い言うてる大福ちゃんの為に…いつものアレをやっておきましょう!」


「きゃあ〜!扇兵衛くん、やさし〜!」


 仲睦まじい二人のやりとりも人気なこのチャンネル。


 二人は怪奇スポットの潜入に際して、必ず口にする決まりの口上があります。


「生者無き暗夜を突き進め!」


「百鬼夜行の先に待つ深淵へ到達せよ!」


 そして、二人は声を合わせる。


『廻向チャンネル、このあとすぐ!』


 この口上の間、攻撃してはいけない。



 

     ★★★




 口上と背中合わせの決めポーズを決めたところで、画面は一度暗転する。二人はカメラを回収して、わっせわっせと少し移動しております。


 大福ちゃんなどは自撮り棒にスマホ装着で、動画を撮りつつ、気になったところは遠隔で撮影も出来る流行りアイテムを活用していく。


 ここからは手持ちカメラに切り替えて、各自で自由に行動出来る状態だ。


 ややあって、再びカメラに映像が戻る。これは大福カメラのようで、手ブレ全開の素人撮影でお届けしている。


 ライトに浮かび上がっているのは、真っ黒に塗り潰された異様な鳥居。傾いている。最初に撮影していた場所から少し進むと、神社と呼ぶに相応しいものがあれこれ視界に入って来た。


 佇む社号標が闇に浮かび上がり、火の無い灯籠に左右を挟まれた道が続く。


「はい。今、スマホのカメラで撮影していま〜す。まずは、心霊スポットに潜入するカッコいい扇兵衛くんのお背中を撮しますよ〜。」


 扇兵衛くんはちょっと猫背や。羽織が風もないのに裾を揺らしている。


 袖すり合うも、たまには霊。


「あっそうそう。」


 その扇兵衛が思い出したように振り返り、大福カメラに向かって説明。後ろ歩きアブナイ。


「初見の人もいると思うので説明しておくと、大福ちゃんは少しだけ幽霊が視えたり、あと感じたり出来るそうなので。」


「だいふくちゃんは多少は自分で対処しま〜す。」


「今回もそれをフル活用しつつ、何か危ないことがあった時は俺が大福ちゃんを物理で守るということで、やっていきたいと思います!」


「物理でね!」


「俺は物理! ホンマにそれしかない!」


 夜間、人の往来の無い場所なので、大福の身に別の意味で危険が生じた場合は正当防衛で殴り続ける予定だ。扇兵衛が。


「扇兵衛くんが守ってくれる予定です…♡」


 嬉しいね!


 大福はとても嬉しいぞい。


 後にこの動画のコメント欄は「もう付き合え。」

「まったくこの二人は…(ご結婚おめでとうございます!)」で埋め尽くされることになる。


 幼馴染二人の温もりのある距離感。


 を、ぶち壊すように鳥居をくぐった先には大きな石像が立っている。大型犬を従えた女性の立ち姿を象ったものだ。


「うおっ! なんや、ビックリした…。」


 寺院などにある仏像と同じような規模で、かなりの高さに作られている。


 それが闇の中にライトの明かりで浮かび上がるので、扇兵衛のびっくり加減にも無理は無い。


「大きいね〜。あ、犬もいる…?」


 高さ五メートルほど。もっと大きいのかもしれない。女性はフードのついたローブのようなものを身に纏い、神官というよりは占星術師のような姿だ。水晶玉を持った手を掲げている。


 わんちゃんは体長二メートルくらいかな?


 口に咥えているのは鬼灯の実。


「これが神像というわけではなく…、確かここの設立者か何かの像が境内の何処かにあるみたいな話だったんで。」


「あーこれが、そうかもね?」


 調べてみても情報が少ない、と口にした扇兵衛だが、判る範囲の情報で現場の実況を進めていく。


 その心意気に続こうと、大福も台座部分に刻まれた文字の解読に挑むが。


「ほんとだ。記念碑って書いてるね。『鬼灯ワルツと送り犬』。あ、あい…愛…かな、一文字目…。うーん。この後が読めない。ごめんなさい。」


 読めないので、諦めました。


 西暦や日付といった数字が並ぶわけではなく、この像のモデルとなった人物の言葉を大切に刻み込んだもののようだ。


「愛する方は…。うーん、羊…? ダメか…。」


 大福は解読を諦めて石像をあとにする。


「確かに羊を愛してる人は犬も飼うてるかもなぁ。」


 と言いながら先を歩く扇兵衛。羊飼いとかをイメージしています。わりとスローなテンポで、こういった雑な会話も拾っていくチャンネル。


 扇兵衛の方の手持ちカメラは、左手に見える手水舎を捉えた後、視線を右に振る。手ブレ補正済み。急斜面で少し小高くなったところに木造の建物。こちらは舞殿だ。


 神楽などの神儀に使われる建物で、今は扉が閉ざされている。その周囲をぐるりと回廊が囲み、正面に階段。


 かなり綺麗な状態で残されているが、その足下には群生している植物が絡みついている。


 夏は陰影が濃く、夜間でも植物の輪郭や背景の境目がはっきりしている。咲いているのは白い花。街灯など無い中、手持ちのライトだけで隅々まで見渡せるのは、この花の色に助けられているようだ。


「鬼灯の花か。あっ、こっちはもう提灯が出来てる。メッチャ生えてます。あっちこっち。」


 扇兵衛がカメラを振って映すのは、通り過ぎた手水舎の方向。その周辺にも同じ植物が群生している。

鬼灯神社の名に相応しく、境内は至る所にこの植物が植えられているようだ。


「鬼灯の花言葉って『偽り』とか『偽物』とかの意味らしくて、恋人に贈るには向かない花なんだそうですよ〜。だいふくちゃんはショックだなぁ〜。鬼灯って、オレンジの提灯が可愛いでしょ? ハートの形で…。」


可愛くアピールする大福ちゃん。扇兵衛は「んー、わからんけど」という感じの顔。


 舞殿の前には恰幅の良い女性。腹から血を流して、うずくまっている。「んー。」と苦しそうな声が、大福カメラにも収録されていた。


「偽り…偽物…。これは何かある。」


 扇兵衛は大福が口にした何気ない雑学披露を頭の中で反復する。


(ここが本命やな…。)


 不意に真剣な表情を見せる扇兵衛を、大福はカメラ越しに見つめていた。




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― 新着の感想 ―
動画配信という現代的なテーマと心霊スポットというオカルトの要素が融合していて非常に楽しめました笑(こういう系統のお話は大好物です)扇兵衛と大福のキャラクターが魅力的で二人の掛け合いが微笑ましかったです…
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