第九話 うまくいく
「そういえばさ、恵ちゃんってなんで毎日舞台の掃除してんの?」
ある日、神様は恵に尋ねました。
「えっ、それが仕事じゃないんですか?」
「いや? 舞台とか神事の時しか使わんから、月1くらいでええよ?」
「えっ、そうなんですか!? 馬さんからそう言われたんですけど……」
「まじ? 何考えてんだあいつ……。 とりあえず舞台は月1でいいから」
そういうと神様は去っていきました。
「どういうことなんだろ……」
「……知りたい?」
「わっ!?」
恵の肩から、蛇がにゅっと顔を出しました。
「あいつさ、実は人間大好きなんだわ」
「そうなの?」
蛇曰く、かつて神使になろうとした人間が他にも居たらしかったのですが、皆長い時間の中で発狂するか、神通力により原型を留めることができなくなってしまったそうです。
「だから、苦しまないように早く成仏しろって言ってたんだ……」
「あんたさ、かなり特殊なんよ。 まあ多分いい人すぎて発狂する暇がないんだろうね。 原型留められてる理由は知らん」
「……じゃあ、忍耐強いことを示せたら、認めてもらえるかな?」
「え? ……え?」
◇ ◇ ◇
「……と言うわけなので、何か神様流の修行をやらせていただけないでしょうか?」
「え? ……え?」
恵は神様に直談判しました。
「まあ、俺はいいけど……、どうなっても知らんよ?」
「任せてください、こう見えても我慢強い方なので!」
「えぇ……」
すると神様は、1から12の数字が書かれた、形や大きさが異なる石を取り出しました。
「この石を1から順に積み重ねるだけ。 単純だけどバランス取んのがめっちゃむずいんだわ。 やる?」
「なるほど。 わかりました、やらせてください」
「ちなみに途中で投げ出したら死ぬけど」
「えっ! ええっと……、……いや、大丈夫です、やらせてください!」
「まじか……。 もうどうなっても知らないからね……」
こうして恵は石を積み始めました。
◇ ◇ ◇
「なんて事させてるんですか!?」
馬はとても驚き、神様に詰め寄りました。
「え、だって君に忍耐力あるとこ見せたいって言うから……」
「だからって、なぜ仙人の修行を教えてしまったんですか! もし彼女が死んでしまったら僕は……」
「……僕は?」
「!! ……と、とにかく僕は彼女の元へ向かいます」
馬はぱからぱからと駆け出しました。その後、神様の肩から蛇がにゅにゅっと顔を出しました。
「……あんた、わざとあの女にやべー修行教えただろ。 そうすれば、あいつはあの女を助けにいくからな」
「まあ、こうでもしないと馬くん仲良くなろうとしないだろうからねー」
「……あんた、人の心無いんだね」
「まあ、神様なんで」
◇ ◇ ◇
「……一刻も早くやめさせなければ。 いや、しかしやめさせるとあの人は死んでしまう。 一体どうしたら……」
「……この平らな部分に乗せて。 いや、しかしそうしたら3番が上手く乗せられないし。 一体どうしたら……。 ……あれ、お馬さん、どうしたんですか?」
「……ん? あっ! えっとその……」
馬は考えながら歩いているうちに、恵の元へ辿り着きました。
「あ、もしかして、この石積むやつ、やめた方がいいですか?」
「あ、や、やめないでください! 死んじゃうんで!」
「私、もう死んでますよ?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……、ええっと……」
「任せてください! 私、結構忍耐強いんで。 何時間かかっても達成させて見せますよ!」
「え、えー……。 が、ガンバッテクダサイ……」
「うんっ、ありがとうございます!」
恵は馬に笑顔で答えました。馬は少し困惑しながら答えました。
◇ ◇ ◇
それから7時間が経過しました。
「4番は結構安定してるから、重い5番は結構安定しそうね……」
「……」
恵は石を積み続けました。馬は黙って見守っていました。そこに犬が通りかかりました。
「あ、めぐみさん、なにしてるんですか!!!」
「あ、犬くん。 いま神様から教わった修行をさせてもらってるの」
「わー、すごいです!!!! なにかおてつだいしましょうか????」
「ありがとう。 でも、大丈夫よ。 これは私一人の力でやらなくちゃいけないから」
「わかりました!!! がんばってください!!!」
「ふふっ、ありがとう」
そう言って、犬は去って行きました。
「僕も、あなたのように素直になれたらな……」
「?????」
それから7日が経過しました。
「あっ、また崩れちゃった……。 9番の石ってなんでこんな尖ってるんだろ」
「……恵さん」
「ん? どうかしましたか?」
「なぜ、この仕事を引き受けようとしたのですか? 長く生きても楽しい事なんてないのに……」
「うーん、動物が好きだからかな。 それに私は、あなたたちと一緒に過ごしてるだけで、十分に楽しいですよ?」
「……それ程のものじゃないでしょう」
「? それ程のことですよ?」
「…………」
それから7週間が経過しました。
「8番の石って形変わるくらい柔らかいんだ……。 なんで6番の石だけ真っ黒なんだろ……。 うーん、何か引っかかる……」
「……本当に忍耐強いんですね」
「まあ、こういう作業は慣れてるんで。 それに、あなたがそばに居てくれているから、リラックスできてるっていうのもあるんですかね」
「……本当に動物、好きなんですね」
「まあ、私の生きがいなんで。 お馬さんのことも大好きよ」
「……以前、成仏することを勧めてしまい、申し訳ありませんでした。 あなたのことをよく知らなかったとはいえ、軽率な発言でした。 虚偽の作業内容を伝えたのも、あなたに早く成仏してもらおうとしたもので……」
「大丈夫ですよ? あなたが私のことを考えてくれていたのは伝わったから。 それより私こそ、この修行のことであなたに心配かけてしまったみたいで、ごめんなさい」
「いえ、それより僕の人間の苦しむ姿を見たくなかったという意思を伝えなかったのが……」
「いえいえ、それより私がもっとあなたに早く話しかけていれば……」
「いえいえいえ、それより僕なんかが神使のリーダーなんて引き受けるから。 序列、7番目のくせに……」
「いえいえいえいえ、私からすればあなたは立派に……。 ……今なんて?」
「え? 序列、7番目のくせに……?」
「……まさか!!!!! 確か、認可もらうときに……」
恵は慌てて石を横に並べました。
「……あの、お馬さん! 1番目の子って、小さい生き物ですか!? 多分、会ったことない子だと思うんです!!」
「え? はい、鼠なんで……」
「じゃあ、10番目の子って、みんなの仲を取り持つタイプの子ですか!?!?」
「え? はい、猿と犬が喧嘩してる時に、よく仲裁してくれます……」
「じゃあじゃあ、11番目の子って、犬くんですか!?!?!?」
「え? なんでわかったんですか?」
「……いける!!」
そう言うと、恵はものすごいスピードとバランス感覚で、石を積み上げて行きました。
「!! い、一体、どういう……」
「恐らくこの修行は、自身の部下たちを理解するための修行なんだと思います! この12個の石は、あなたたちの特徴をよく捉えています!」
「そうか! あなたは僕たちの世話係だから、気づくことができたんですね……!」
「うんっ、あなたのおかげよ! ありがとう!」
「え! いや、ええと……ど、ドウイタシマシテ……」
7、8、9と恵は石を積み上げて行き、そして11番目の石まで積み上がりました。
「……12番目の子、会ったことないけど、多分まっすぐな意思を持つ子だと思う……。 犬くんの石が、いろんな方向に伸びた形をしてるから、端と端でバランスをとるように……」
「……ごくり」
恵は12番目の石を、頂点に乗せました。
「……よしっ……。 ここからどうすれば……?」
「……確かここから、12秒キープできれば…………!?」
すると、恵が積み上げた塔が、ぐらぐらと揺れ始めました。
「あっ、そんなっ、またっ……」
「!! いい加減にしろっ!! 恵さんの意思を無下にする気かっっっっ!!」
馬がそう言うと、下から7番目に積まれていた石が突如として形を変え、塔全体のバランスをとるような形に変化しました。
「こ、これは……お馬さん!?」
「……恵さん。 僕はあなたの意志と覚悟を見たことにより、無意識にあなたのことを認めていたようです」
「!! ……ありがとうございます!」
それから12秒が経過しました。
◇ ◇ ◇
「……いやー、マジで達成しちゃうなんてね。 恵ちゃんって、俺の思ってるよりすごい?」
「いえいえ、そんな。 仕組みが分かってからは簡単でしたし……」
「神様。 今後はこのような命に関わることを彼女にさせないでください。 殺しますよ」
「えぇ……。 馬くん、キャラ変わった……?」
その後、馬は恵に向かって改めて話し始めました。
「恵さん。 私はあなたの意志を尊重しようと思います。 罪滅ぼしになるとは思っていませんが、どうかあなたのことを認めさせてください」
「そ、そんなに畏まらないでください……」
そうすると、馬は恵に鼻を向け、呪文のようなものを呟き始めました。
「掛けまくも畏き聖の大神、高天原に神留り坐す天照大神、恵の仕へ奉ること許されあらなむば、第漆刻のもと、祓えたまへ、清めたまへ、神ながら守りたまひ、幸えたまへと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す」
馬がそう言うと、恵は足元から力が湧き上がってくるのを感じました。その後、体がぽかぽかと暖かくなる感覚に陥りました。
「ありがとう、お馬さん」
「……あ、あの……、もし、何か僕に手伝えることがありましたら、仰っていただければ……」
「ありがとうございます。 でも、大丈夫です。 これは私一人の力でやらせてください」
「……わかりました。 あ、あの……」
「?」
「……が、ガンバッテクダサイ…………」
こうして恵は馬からも認められたのでした。はたして他の神使たちは彼女を認めてくれるでしょうか?