第七話 がりゅう
ある日の食堂、赤い立髪を携えた胴の長い生き物が、不服そうな顔をしていました。
「我、夕食を終えたり、されど、未だ満ちず」
「? ええっと……、それってどう言う……」
「りゅーさん、おなかすいてるみたいですね!!」
「あっ、そうなんだ。 ありがとう、犬くん」
犬は少し誇らしげにしました。龍は恵に向かって話を続けました。
「人の子よ、我の認可を求るならば、我を満たしてみせよ。 あと我は龍ではない」
「ええっと……」
「なにかつくってほしいみたいです!!」
◇ ◇ ◇
「……というわけだから、みんなにも手伝って欲しいの」
「はいっっ!!!」
「まっかせて! ……といっても、あたしもリュウちゃんの好み知らないんだけどね」
「蛇、お前たしかあいつと一緒にここ来てたやろ。 なんか知らんか?」
「しらねえよ。 海で会ってそのまま連れてきただけだし……」
恵、犬、兎、虎、蛇の5人はうぬぬと頭を悩ませていました。そこで恵はこのように提案しました。
「よし、じゃあみんなが好きなものを作るのはどう? もしかしたら好みが同じひとがいるかも」
「あ、それしってます!! 『おのれのほっせざるとこ、ひとにほどこすことなかれ』というやつですね!!」
「意味逆やけどな」
「まあ他に何も思いつかないし、それでいいんじゃない?」
「じゃあ早速作ろう! 私はみんなの手伝いをするね」
◇ ◇ ◇
兎は龍の前にすごい色の液体を置きました。
「はい、どうぞ! よく噛んでね!」
「いだたく」
龍はそれを飲み干しました。そして渋い顔をしました。
「これは……なんだ……」
「えっとねえ、プロテインに、ニンジンと卵とひじきとモロヘイヤとチモシーと牛おばちゃんからもらった牛乳と……」
「味がせぬ……、次……」
「えーっ、超効率食なのにー……」
◇ ◇ ◇
犬は龍の前に鯛を置きました。
「りゅーさん、どうぞ!!!」
「いただく。 あと我は龍ではない」
龍は鯛の顔をじいっと見つめました。
「ぼくのだいすきなおさかなです!! そしてぼくがしっているおさかなのなかでも、とくにおおきいやつです!!」
「……その顔はもしや、我が友の鯛次郎ではないか!?」
「えええっっっ!!! しりあいだったんですかあーーっ!!??」
「……すまぬ、人違い、いや、鯛違いだった。 しかし流石に共食いするわけには……」
◇ ◇ ◇
虎は龍の前にラーメンを置きました。
「ほい、ちょっと上手く出来とるかわからんけど」
「いただく」
龍はもくもくと召し上がりました。
「昔、わしが球場で食べたやつやねんけど」
「うむ、うまいが……些か少ないな……」
「あーそれはわしも思った。 まあ、しゃあないわ。 人間に対しては、これで金巻き上げられるわけやし」
「それで良いのか、人類よ……」
◇ ◇ ◇
蛇は龍の前にタルトを置きました。
「いただく」
龍がそれを一口食べると、龍は何かを悟ったように宙に浮かび上がりました。
「そうか……この世の……全てが……わかって……きたのだ……。 ははは……、どうして……こんな命が……」
「蛇ちゃん、あれ何入れたの!?」
「え、知恵の実だけど……」
「いや、悟り開いてもうてるやんけ!!!」
「りゅーさーん、もどってきてくださーーい!!!」
◇ ◇ ◇
「……というわけなので、りゅーさんはみたされてません!!!」
「ごめん! 恵ちゃん、おねがい!」
「よーし、まかせて!」
しかし、台所には食べ物が一つも残っていませんでした。
「あれ、なんで!?」
「あ、わしらが全部使ってもうたかも……」
「あ、ごめん、何も考えないで作ってたわ……」
「わー、ごめんなさいい!!」
「大丈夫よ。 みんな一生懸命になってたって事だから」
「でもどうしよっか」
「一応、晩飯のライスなら残ってるけど……」
「ええっと……、ちょっと待ってね、何か考えてみる!」
◇ ◇ ◇
恵は龍の前におにぎりを置きました。
「ごめんなさい、こんなのしか作れなくて……」
「かまわぬ、いただく」
龍がそれを一口食べるやいなや、龍はかっと目を見開きました。
「こっ、これはっっっ……!!!!」
〜数千年前〜
「乙姫、こちらは終わったぞ」
「あ、ぐっさん、ありがとう! お疲れ様! よかったらこれ食べて」
「いただく」
乙姫様は、龍におにぎりを渡しました。
「ごめんね、こんなのしか用意できなくて」
「かまわぬ、其方の建設も適当ではなかったのだろう」
「えへへ、ありがと」
二人は建設資材に腰掛け、おにぎりを食べ始めました。
「ありがとね、手伝ってくれて」
「かまわぬ、貴様には恩があるからな。 それに竜宮城の建設は貴様の悲願であろう」
「えへへ。 ……ねえ、やっぱり私の神使にならない? うちに来てくれたらとても心強いんだけど……」
「……すまぬ、やはり貴様とは、ただの友人であり続けたい」
「そっか。 大丈夫!気にしないで。 じゃあ、ぐっさんがいいご主人様に巡り会えるように、応援してるね!」
「うむ、感謝する。 ……まあ、この握り飯は惜しいがな」
「えへへ、ありがとね」
〜現在〜
「……そうか、だから馬は貴様のことを……」
「どうしたんだろ? リュウちゃん」
そうすると、龍は恵の方へ歩いて(泳いで?)行き、呪文のようなものを呟き始めました。
「掛けまくも畏き聖の大神、高天原に神留り坐す天照大神、人の子の仕へ奉ること許されあらなむば、第伍刻のもと、祓えたまへ、清めたまへ、神ながら守りたまひ、幸えたまへと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す」
龍がそう言うと、潮風が恵の鼻をくすぐりました。その後、体がぽかぽかと暖かくなる感覚に陥りました。
「人の子よ、我は満たされた。 これからも精進せよ」
「ええっと、認めてくれた……ってこと?」
「はいっ!!! よかってですね、めぐみさん!!!!」
「おおー! リュウちゃん落とすなんて、恵ちゃんやるーー!!」
「おにぎり、いけるもんやな……」
「……どしたの、急に」
「……信頼に値すると判断しただけだ。 あと我は龍ではない」
◇ ◇ ◇
「そういえば、私はあなたのことなんて呼べばいいですか? ええっと、リュウグウノツカイですよね?」
「……気づいていたのか」
「ええ、まあ、結構特徴的な髪型なんで。 図鑑でしかみたことないですけど……」
「……ぐっさん、と親友からは呼ばれていた」
「じゃあ、ぐっさん。 これからよろしくお願いします」
「うむ」
こうして恵は龍からも認められたのでした。はたして他の神使たちは彼女を認めてくれるでしょうか?
「……我は龍ではない」