第五話 いいちょうし
ある日、恵が神様に呼ばれて本殿の前に行くと、そこには大量の袋が山のように積まれていました。
「うわっ、このたくさんの袋はなんですか?」
「えっとね、俺らは『福袋』って呼んでるやつなんだけど、今度仕事で使うから入り口の門の2階にこれ全部運びたくてー。 恵ちゃんちょっとこれ運ぶの手伝ってくれん? 俺2階に運ぶのやるから、門まで運んでくれや」
「わかりました。 手分けしてちゃっちゃと終わらせちゃいましょう!」
◇ ◇ ◇
「お、重いぃぃ……」
福袋は恵が思った以上に重く、まだ3つ目なのにも関わらず、恵の腰はもうすでにへにょへにょになっていました。普段ほとんど文句を言わない恵ですが、今回ばかりは流石にちょっと嫌な気持ちになりました。
しぶしぶ4つ目を運ぼうとしたその時、恵の後ろからのっそのっそと何かが近づいてきました。それは白地に黒いまだら模様で両耳にピアスのようなものを着けた牛でした。
「あらぁ、見かけない子ねえ。 こぉんなところでなにしてんだい?」
「はっ、始めまして……、先日よりここで……神様のお手伝い……させていただいております……、恵と申します……、ひー重い……」
「あれまあ、ご丁寧にどうもぅ。 若いのに頑張っててえらいねぇ」
「一応……、天寿は全うしたんですけどね……、、はー重い……」
「……ええとねぇ、もしよかったら、あたしにも手伝わせてくれないかい?」
「あ……いやでもこれ結構重いんで……」
「あたしもねぇ、あなたみたいに誰かの役に立ちたいのよぅ。 どうか手伝わせてくれんかねぇ」
「うっ、その気持ちはとてもよくわかる……。 ……じゃあお願いします、でもあまり無理しないでくださいね」
「ありがとうねぇ」
すると牛は、福袋を一気に50個ほど担ぎました。
「おおっ……、すごい力持ちですね!」
「まあ、若い頃から鍛えてたからねぇ」
「いいなあ、私もうさちゃんみたいに普段からトレーニングしておけばよかったかな」
「体が強くなくてもねぇ、出来ることはあるんよ。 それは、少しづつでもいいから一歩一歩を確実に進むこと」
「一歩一歩確実に……、自分のペースで……」
「そうそう、そうすればねぇ、いつのまにか………………ほら、こうやって目的地に辿り着けるからねぇ」
そう言われて恵みが前を向くと、そこは門のふもとでした。
◇ ◇ ◇
「ふぃー、ありがとうございます。 おかげさまで早く終わりました」
「いえいえ、恵ちゃんが頑張ったからよ」
仕事を終えた恵と牛は、舞台袖の階段(あるいは地面)に座ってまったりとしていました。
「何かお礼がしたいんですけど、困ってることとかあったりします?」
「あらぁ、いいのに。 でもそうねぇ……、それじゃあ」
そう言うと、牛は幣殿の方から何かを咥えて持ってきました。それは金属製のブラシでした。
「これであたしの毛をとかしてくれんかい? ここしばらく、やってくれる人がいなくてねえ」
「えっ、そんなことでいいんですか?」
◇ ◇ ◇
恵はそのまま舞台袖で、牛のブラッシングを始めました。彼女の言う通りしばらく出来ていなかったようで、牛はかなりモコモコしていました。
「でも学生時代にちょっとやっただけなんで、痛かったら言ってくださいね」
「はいはい、よろしくねぇ」
とは言いつつも、恵は慣れた手つきで牛の毛をとかしていきました。すると彼女のモコモコは抜けていき、サラサラになっていきました。
「あらぁ、上手ねぇ。 美容師さんか何かだったの?」
「あ、いえ、どちらかと言うと動物の世話とかを中心にしてましたね」
「あらそうなの。 ここにきてどれくらい?」
「そうですね、3週間くらいでしょうか……」
「あらそうなの。 これからよろしくねぇ」
「あっ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
恵は手際よく進め、ブラッシングは半分ほどまで進みました。
「牛さんはここに来て長いんですか?」
「そうねぇ、ここは時間の流れがちょっとあやふやだからわからないけど、もう1000年は居るんじゃないかしらねぇ」
「1000年! すごいですね!」
「それほどでもないわ。 毎日やりがいを感じてるから、あっという間なのよぉ」
「へえ、ここに来るまでは何かやってたんですか?」
「………………私ねえ、殺されそうになってたのよぉ」
「えっ」
一瞬、恵の手が止まりました。牛は、話を続けました。
「昔は牧場で働いていたんだけどねぇ、歳をとったら畑も耕せなくなっちゃったし、お乳も出なくなっちゃったからねぇ、仕事仲間とも『次はあたしの番かねぇ』って話しててね。 その時に鼠くんからこのお仕事のことを紹介してもらってねぇ。 あたしもまだまだお仕事したかったから、ここに来たのよ」
恵は黙々とブラッシングを続けました。そして蛇が『人間を嫌っている奴がいる』と言っていたことを思い出しました。
「あの……もしかして、人間のこと恨んでますか……?」
「どうして?」
「だってあの、出荷……しようとしたりとか……」
「とんでもないわ、それはあなたたちが生きるために必要なことでしょ?」
「それは……そうですけど……」
「それにねぇ、あたしの牧場主さんは年老いたあたし達も懇切丁寧にお世話してくれたし、名前だって一頭一頭につけてあげてたのよ。 そしてそれはあなたも同じよぉ。 こんなに丁寧にブラシ掛けしてくれて、人間を嫌いになるなんて有ろうはずがないわぁ」
「そうだったんですか……。 ごめんなさい、失礼なことを聞いてしまって」
「いいのよぉ、あなたも不安だったのは分かってるから」
牛がそう言う頃には、彼女は全身サラサラになっていました。
◇ ◇ ◇
「ふう、ありがとうねぇ。 おかげでとってもすっきりしたわ」
「いえいえ、自分にできることはこれくらいなので」
「そうねぇ、何かお礼させてくれないかしら」
「えっ、別にいいのに……。 あ、それじゃあ認可、いただけますか?」
「にんか?」
「あの、なんかこう、ぽかぽかするやつ……」
「ああ、あれ認可っていうのねぇ。 わかったわ」
そう言うと牛は鼻を恵に向け、呪文のようなものを呟き始めました。
「掛けまくも畏き聖の大神、高天原に神留り坐す天照大神、恵ちゃんの仕へ奉ること許されあらなむば、第弐刻のもと、祓えたまへ、清めたまへ、神ながら守りたまひ、幸えたまへと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す」
牛がそう言うと、恵は体がぽかぽかと温かくなるような感覚に陥りました。そしてそれは、いつも以上にぽかぽかして感じました。
「ありがとうございます。 ……あの、牛さん!」
「なぁにぃ?」
「あの、もしまたブラッシングが必要だったら、いつでも言ってください。 仕事だけじゃなくてプライベートでも」
「あらぁ、ありがとうねぇ、うれしいわぁ」
こうして恵は牛からも認められたのでした。はたして他の神使たちは彼女を認めてくれるでしょうか?
◇ ◇ ◇
「うわっ、舞台周り毛だらけじゃん!! 誰だよここで散髪した奴!!」
後片付けは忘れないようにしましょう。