第四話 うさぎおいし
「いっち、に、いっち、に」
恵が舞台の掃除をしていると、何やら声が聞こえてきました。見ると、子犬と白くてふわふわした兎が舞台の周りを走っていました。
「はあ……はあ……。 わんちゃん、タイムは?」
「はい!! 23びょうでした!!」
「まだ縮められるな……。 よし、もっかいいくよ!」
「はいいいっっ!!!」
そう言うと二匹はまた舞台の周りを走り始めました。恵はしばらく眺めていましたが、あまりの速さに目が回ってしまい、その場にへたり込んでしまいました。
「あ、めぐみさん!! おしごとごくろうさまです!!」
「こんにちは、犬くん……。 何してるの……?」
「うさぎさんがとれーにんぐしていたので、いっしょにはしっていました!!」
「おおー、あなたが恵ちゃん?」
子犬に続いて、兎も走るのをやめ、舞台の上にぴょんと上がってきました。恵は頭をぐるぐるとしてから、うさぎに挨拶をしました。
「初めまして、先日からここで働かせていただいております、恵と申します。 以後お見知り置きを……」
「ははは! そんなにかしこまらなくても大丈夫! あたしはメダルうさ、よろしく!」
兎の首元のメダルが光りました。
「あ、ええっと……ふふっ、うん、よろしく!」
◇ ◇ ◇
「よし、じゃああたしはトレーニングにもどるんで」
「ぼくはもういっぱいはしったので、おひるねします!!」
「そういえば、どれくらい走ってたの? 掃除に夢中で気づかなかったんだけど」
「ぶたいのまわりを100000しゅうくらいしました!!」
「あとわんちゃんと会う前にスクワット10000000回と、軽くユーラシア大陸を一周ほど」
「10万周!? 1000万回!? 約10万7800km!?」
恵はひっくり返りました。
「え、だ、大丈夫なの?」
「まあ、これくらいしないと勝てないからね!」
「でもそんな、無理のしすぎはよくないと思う。 一回休んだ方が……」
恵がそう言うと、兎はむすっとしてぴょんぴょんしながら怒り出しました。
「や、休むなんてとんでもない!! もう自惚れてた頃のあたしとは違うんだから!」
「いや、別に自惚れてたって言いたいわけじゃ……」
「あたしは今度こそ、一等賞を取るんだーーーーーっっ!!」
そういって兎はぴょぴょんと走り出しました。
「何か私、失礼なこと言っちゃった……?」
「いえ、そんなことはないとおもいます!! おそらくうさぎさんのむかしのことがげんいんかと!!」
犬は兎の過去について教えてくれました。彼女はかつてとある別の神様の神使の座を巡って、『亀』と争っていました。そして彼女たちは、より早く神様の元に辿り着いた方が神使になるという勝負をすることにしました。しかし亀との力の差に油断した兎は、勝負の途中で昼寝をしてしまい、結果的に亀に負けてしまいました。それ以降、兎は1日も休まずにトレーニングを続けているのです。
「だからうさちゃん、首から銀メダルをかけてたのね……」
「じぶんでいっておいてなんですけど、なんかきいたことあるはなしですね!!」
「でもこのままだと、うさちゃんの体が壊れちゃうわ。 どうにかして休ませないと……」
◇ ◇ ◇
「はあ……はあ……。 22秒……。 あいつに勝つためにも、もっと頑張らないと……」
「待って!!」
兎が再び走り出そうとしたその時、兎の前に恵と子犬が立ちはばかりました。
「ふ、二人とも、ど、どうしたの」
「犬くん、お願い」
「わかりました!! うおおおおお!!!」
「ひゃっ! な、何!?」
子犬は兎を両手(両前足?)で取り押さえました。そしてすかさず、恵は兎のせなかをなでなでし始めました。
「なでなで……なでなで……」
「あ、そっ、そこわっ! だ、だめっ! ち、力が抜けていくう……」
「ねむくなーる……ねむくなーる……」
「も、もうだめぇ……おやすみなさぁい……」
そのまま兎はすんすんと眠ってしまいました。
(出来ればこのまま8時間ほど眠ってて欲しいんだけど……)
(うさぎさんはやおきなので、10ぷんくらいでおきるとおもいます!!)
(わっ、それは早起きね……、効果あるかな……)
◇ ◇ ◇
それから程なくして、兎は文字通りぴょーんと跳ね起き、耳をわしゃわしゃしました。
「……う、うわーーっ! 寝かされていたーーっ! これまでの努力がーーっ!」
「無駄じゃないよ。 うさちゃん、ちょっと舞台の周り本気で1周してみて。 犬くんは計測お願いね。」
「はいっ!!」
「? え、は、はい!」
そう言われると、兎は先ほどまでと同様に舞台の周りを走り始めました。しかしその動きは先ほどまでと違い、動きは軽やかで、足元の”ばね”も以前よりも跳ねており、ついでに毛並みもよりサラサラして見えました。そのまま兎はゴールしました。
「なんか今までより動きやすかったな……。 あ、た、タイムは!?」
「2びょうです!! うさぎさんすごーい!!」
「お、おおおお!! お、お、おおお??? に、2秒!?」
兎はひっくり返りました。
「な、なんで? どうして急に??」
「それはね、怠けたからよ」
恵は兎にそう告げました。
「うさちゃん、今まで一回も休んでないし、多分睡眠もあんまりとってなかったでしょ? 運動した後って、適度に休まないと逆に身につきにくくなるの。」
「そ、そうだったんだ!」
「うさちゃん。 あなたの努力する姿勢と、過去の反省を活かす考え方はとてもいいことだと思う。 でもそれはあなたが休んじゃいけない理由にはならないわ。 いい? あんまり無理しちゃだめよ」
「!! は、はい、恵ちゃん!! いや、コーチ!!」
「こーち!! なんかかっこいいです!!」
「べ、別に恵ちゃんのままでいいよ……?」
「じゃあ恵ちゃん! あたしにアドバイスしてくれてありがとう! これからは無理しないようにするね!」
「ふふっ。 ……あっ、そうだ! うさちゃん、認可ってもらえたりする?」
「にんか? ……ああ、はいはいアレね、任せて!」
そう言って恵が少し猫背になって正座すると、兎は右手(右前足?)を恵の頭上に乗せ、呪文のようなものを呟きはじめました。
「掛けまくも畏き聖の大神、高天原に神留り坐す天照大神、恵ちゃんの仕へ奉ること許されあらなむば、第肆刻のもと、祓えたまへ、清めたまへ、神ながら守りたまひ、幸えたまへと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す」
兎がそう言うと、恵は鋭くも柔らかな光と少し冷たい風に包まれたような感覚を覚え、その後、体がぽかぽかと温かくなるような感覚にも陥りました。
「ありがとう、うさちゃん」
「こちらこそありがとう。 これからよろしくね、恵ちゃん!」
こうして恵は兎からも認められたのでした。はたして他の神使たちは彼女を認めてくれるでしょうか?
「次の目標は1秒台、やるぞーー!!」
「まだちぢめるんですか!?」