第三話 へびにらみ
「業務内容としましては、朝晩2回の食事の用意、毎日の舞台の清掃、週一回の本殿及び幣殿内の清掃、月一回のこの神社全体の清掃、その他我々の手伝いなどに臨機応変に対応していただきます」
馬は恵に、この神社内での恵の仕事を説明していました。恵はふむふむと頷きながら馬の話に耳を傾けました。
「それと、あなた神様に正式に我々の生活の援助を依頼されたそうですが、それだけでは我々の世話係としては認められません」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。 具体的には神様の許可のほか、神様の神使12匹全員の認可が必要です」
「へえー」
「僕からの説明は以上となりますが、何か質問などございますか」
「ええっと……あなたの他にどんな動物さんが居るんですか?」
「自分で探してください」
向こうから聞いてきたにも関わらず、馬は冷たくあしらいました。
「あ、じゃあ……今あなたの認可をいただくことって可能ですか?」
「現状では僕からあなたに認可を与えることはできません。 最も僕があなたに認可を与えることはないと思いますが……」
「えっ……?」
「早く成仏することをお勧めします。 あなたにこの仕事は荷が重すぎますので……。 では僕はこれで」
そう言うと、馬はぱかぱかと走り去って行きました。恵はしばらくぽかんと首を傾げたままその場に止まっていました。
◇ ◇ ◇
「荷が重い、か……。 みんなのお世話、結構自信あったんだけど、私なんかじゃまだまだ力不足なのかな……」
机と布団のみが置かれた簡素な四畳半の『マイルーム』で、恵は正座しながらうむむと悩んでいました。
「ふふふ、悩め悩め……。 人間は悩んで大きくなるんだもんね……」
「!! だれ……?」
突如、部屋の中から女の声がしました。恵は周りを見渡しましたが、部屋の中には他に誰もいませんでした。
「ええっと……私、今日からここで神使さんたちのお世話をすることになった恵っていいます。 あの、どちらさまでしょうか……?」
「ふうん、正体不明の存在に挨拶するなんて変わってるね……。 じゃあ出てきてあげる。 にょろーん」
そのように言った部屋の中の声は、恵の耳元から聞こえてきました。恵が振り向くと、肩にオレンジ色の鱗をまとい、しゅるしゅると舌を出す蛇と目が合いました。
「あなたも、神使さん……?」
「この状態でわたしのこと見て、びっくりしてないし体温も上がってない……。 ふふふふ、あんた変わってる通り越して面白いね」
そういうと蛇はするすると恵を伝って机の上に乗り、とぐろを巻いて彼女の方に向き直りました。恵も蛇の方を向き、再び姿勢を正しました。
「話は聞かせてもらったよ。 イラッとしたでしょ、馬と話してて。 あいつ厳しいからわたしも好きくないんですわー。 正直うざいよね」
「私は……、そうは思わなかったな。 あの考えもお馬さん自身で考えて出した結論だと思うし、それに彼の厳しそうな態度はきっと私たちを思ってのことなんじゃないかな」
恵がそう言うと、蛇はぎょっと瞳孔を細めました。
「ほほー、ふふふ。 やっぱりあんた相当な変わりものだね。 身勝手我儘極まり私利私欲蔓延る現代社会において、絶滅危惧種IA類に分類される『まともな』人間だ……! 確かにこんな人材逃したくないよねぇ……」
「はあ」
「ま、そうゆうわけなんで、神使の一匹である私が認可あげるよ」
「やった、ありがとう!」
恵は笑顔で蛇の手を掴んで感謝しようとしましたが、そもそも蛇に手はありませんでした。
「ところで、その『認可』ってどうやって貰うの? 推薦書?」
「ああね。 じゃあ準備するから、正座したままちょっと待ってて」
そう言うと蛇は、机の上から自身のあごを恵の頭上に持っていき、何か呪文のようなものを呟きはじめました。
「掛けまくも畏き聖の大神、高天原に神留り坐す天照大神、こいつの仕へ奉ること許されあらなむば、第陸刻のもと、祓えたまへ、清めたまへ、神ながら守りたまひ、幸えたまへと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す」
蛇がそういうと、恵の脳内で蛇の言葉が反響し、彼女自身もこの呪文を断片的に呟いていました。それと同時に、体がぽかぽかと温かくなるような感覚を覚えました。
「これが認可? なんだかぽかぽかするような……」
「そ。 まあざっくり言うと偉いさんに遠隔で許可もらった感じ。 しっかしあと11匹かー、大変だね」
「大変なの?」
「そだよ。 あいつら個性強すぎてたまに話になんないし、たしか人間のこと嫌ってる奴もいた気がするなー。 あんたほんとに大丈夫?」
「うーん……私は大丈夫だと思うな。 多分私はみんなのこと好きになれると思うし、人のことが嫌いな子も真剣に向かえばきっと分かり合えると思うから」
「うおぉ……やっぱ『絶滅危惧種』は違うなぁ。 まあ多分犬とかは協力してくれると思うから、困ったら相談してみれば?」
「うん、いろいろありがとう! ええっと……」
「蛇でいいよ」
「ふふっ。 ありがとう、親切な蛇さん」
こうして恵は蛇から認められました。はたして他の神使たちは彼女を認めてくれるでしょうか?