第二話 とらのもん
「あっ!!おはようございます、めぐみさん!!」
恵が目を覚ますと、そのような声が聞こえました。辺りを見渡すと、茜色の空に恵が寝転んでいた白い花畑、そして一匹の子犬がいました。どうやらこの子犬が恵に話しかけているようです。
「……ここは……天国?それにワンちゃん、あなたは……」
「それではさっそくいきましょう!! ぼくについてきてください!!」
「え、ちょっと……」
恵の声など気にもとめず、子犬はとてとて歩き出しました。当然この状況を全く理解できていない恵でしたが、他にできることもなさそうなので仕方なく子犬についていくことにしました。
◇ ◇ ◇
「めぐみさんってとてもすごいひとなんですよね!!!! かみさまがおっしゃられていましたよ!! あ、あしもとすべりやすくなってるので、きをつけてください!!」
子犬について行った先は、足元にどことなく安心させる涼しさを感じる、雲の道でした。変な場所を踏むと落ちてしまうのではと考えた恵は、子犬の後をぴったりとくっついて行きました。
「神様ってことは、もしかしてあなたは天使さま? ってなると、私は天国に行くのかしら」
「えーーーと……かみさまのつかいだから、てんし?かもしれません!! それと、いまからいくのはてんごくじゃなくて、かみさまのしごとばです! かみさまにあいにいくんです!!」
どこか幼い印象を受ける子犬は、時折鼻をすんすんとさせながら、恵の問いに受け応えました。
「どうして神様に? 私何かお天道様に顔向けできないことしちゃったかしら……」
「わわわっ、そんなにふあんにならなくてだいじょうぶです!!! たしか、めぐみさんにおねがいしたいことがあるっておっしゃってましたので、たぶんおせっきょうとかはないとおもいます!! くわしくはぼくもしらないんですけど……」
「そうだったのね。一体、何をお願いされるのかしら? 私にできることならいいけど」
「きっとだいじょうぶですよ!! あ、じゃあもしこまったことがあったら、ぼくにおてつだいさせてください!! それとなくやくにたちますから!!」
「ふふっ。ありがとう、かわいい天使さん」
「はいっっ!!!!」
こうして、途中7回ほど雲の道を滑り落ちかけた一匹と、途中7回ほど子犬を救助した一人は、神様の仕事場と呼ばれる場所に向かって行きました。
◇ ◇ ◇
「つきました!!!」
「お、大きい……」
辿り着いた先にあったのは、タワーマンションほどの高さはあろう門柱、大きく『鬼』と書かれた門扉、両脇に恵の50倍はある大きさの守り神を備えた、とても巨大な楼門でした。そしてその門の前には、一頭の虎が佇んでいました。この門の向こうに神様がいるのでしょうか?
「とらさん!! ただいまです!!」
「ん? おう、なんや犬公かいな。その感じやと、ちゃんと連れてこれたっぽいな。ちゅうことはそこにおるんが……」
「……は、初めまして、恵と申します。神様?に呼ばれてこちらに参りました」
虎はぎろりと恵を睨みました。恵は本能的に少し身震いしましたが、その後理性的に虎に会釈をしました。
「おう。なんや感じのええ姉ちゃんやな。こんなええ娘に頼みごとすんのもなんや忍びないな……」
「くわしいおねがいはしりませんが、たぶんだいじょうぶだとおもいます!!」
「ほんまかいな……。まあええわ、神様は本殿に居るさかい、そこで詳しい話聞いてくれや。舞台挟んで向かいの建物やで。」
「はい、ありがとうございます。ええっと……虎の門番さん」
「おう。…………何気に門番って言われたん久しぶりやな…………」
すると『鬼』と書かれた門扉は、ゴゴゴゴゴとけたたましい音をあげながら、大きくゆっくりと開きました。
◇ ◇ ◇
「かみさまーーっ!!!! ただいまもどりましたーーっ!!!!」
『本殿』と呼ばれている、普通の民家のような建物の前につくと、子犬はきゃんきゃんと呼びかけ始めました。
「あーちょっと今出れないんでドアの前置いといてください。」
「めぐみさんはおきはいできませんーー!!!! むかえいれてほしいですーーっ!!!!」
「めぐ……え、もしかして犬くん!? ちょちょ、ちょっとまってまってまって今行く」
そういうと、少し本殿の中がドタバタしたのち、半袖半ズボンにサンダル、加えて寝癖の男が出てきました。この『休日の大学生』のような人物が神様でしょうか?
「ごめん、普通にゲームしてた……」
「かみさま!! めぐみさんつれてきました!!」
「ええっと、初めまして」
「あ、これはご丁寧にどうも……。犬くんもさんきゅー、もうお昼寝に戻っていいよー」
「はいっっ!!! それではめぐみさん、がんばってください!!」
「ありがとう、犬くんさん」
子犬はふわあとあくびをすると、とてとて駆けて行きました。それを見送ると、二人は改めて向き直りました。
「えー、どこまで聞いた?」
「ええっと、お願いしたいことがあるとだけ……」
「おけ、じゃあ改めて説明するね」
神様は恵の目を見つめ、恵は少し深呼吸をして頷きました。
「恵ちゃんさ、生きてる時めっちゃ動物たちお世話してたでしょ? その経験活かしてさ、俺の使いの面倒見てほしいのよ」
「はあ」
「まあ具体的に言うとー、ここに来るまでに何匹か動物たちに会ったでしょ? 犬くんとか。 彼らは俺っていう神の使いなのよ。 いわゆる神使ってやつね。 俺の神使は全員動物だから、『生前に動物めっちゃ救ったで賞』な恵ちゃんに白羽の矢が立ったってわけ。 まあ別に強制じゃないからとっとと成仏したいんだったらそれでも……」
「わかりました。お手伝いさせてください」
「めっちゃ即答だね。 俺、絶対もっと悩むと思ったのに。 俺まだ詳しい業務内容とか福利厚生とか全然説明してないもん。 なにがそんなに君の心を動かしたの?」
「ええっと……確かに最初は驚きました。 私もう死んじゃってることとか、神様が居たこととか……。 でも、困ってる人がいるなら、それで私に力になれることがあるならできる限り手伝いたいなって。それに……」
「それに?」
「私、動物大好きなので!」
恵は満面の笑みで答えました。
「おお、なんか、すげえな、さすがと言うかなんと言うか……」
「???」
「よっしゃ! 恵ちゃん、引き受けてくれてありがとうね。 じゃあ、詳しい内容は後で俺の使いが説明するから、それまで俺が幣殿に特っ別に用意した『恵ちゃんのマイルーム部屋』で待機!!」
「はい、これからよろしくお願いします」
こうして、恵は神様のもとで、神の使いのお世話をすることになりました。