地獄の釜の蓋が開いた日
神獣、怪異、魑魅魍魎。この世界は怪談、奇譚で溢れかえっている。
怪物が人を害し、あるいは人が妖怪を利用する。そんな異常な世界では、「怪奇事件」に巻き込まれてもおかしくない。
しかし、心配いりません。お困りごとなら、ぜひ俺たちにご相談を。怪奇事件専門の探偵事務所、「不途川探偵事務所」におまかせあれ。
「ここであってるのよね・・・?」
私は住職にもらった紙を開いて、住所を確認した。やっぱり間違ってない。見間違いをしてないか、もう一度目の前の建物を見上げた。
壁はひび割れ、庭は荒れ放題。窓ガラスはガムテープで補強され、門は錆に覆われている。古びた洋館・・・いや、まごうことなき廃墟がそこにあった。
「いやいやいや、さすがに違うでしょ。こんな場所に人が住んでるわけないじゃん。さては住職さん、住所を書き間違えたんじゃ・・・」
「君、何かようかい?」
「ひっ!!」
慌てて後ろを振り返ると、若い男の人が立っていた。
彼の恰好は変わっていた。黒色のシャツに、黒色のズボン、黒髪で、黒色の腕時計。全身を黒色で染めているかのよう。そのせいか、病的なまでの白い肌と金縁眼鏡が目立っている。
「えーっと・・・、誰ですか」
「ああ、すみません。こんなところに来るやつって大体決まってるんですよね。肝試しとかで興味があって来るやつか・・・」
「えー、ガン無視・・・」
私の横を通り過ぎて、彼は錆びた門に手をかけながら振り返る。
「あるいは、こんなところまで来ないといけない切羽詰まったやつか」
私は彼の言葉に息を吞んだ。切羽詰まっていることを言い当てられたからじゃない。彼と初めて目が合い、気づいたからだ。
その目は底なしの闇を凝縮したように黒く、だけど妙にギラギラしている。そんな彼の目に引き込まれ…いや、引きずり込まれたのだ。
ようやく私は気づけた。目の前にいる男は安易に関わってはいけない人物なんだと・・・。
「君が厄介ごとに巻き込まれていることに、俺はもう気づいている。じゃないと、わざわざ俺たちのねぐらまでやってこない」
門の軋む音は不気味な唸り声に、開いた門の見た目はまるで怪物の口のよう。
「ああ、怖がらなくても大丈夫。君を取って食ったりなんかしないよ。俺たちは事件を解決して、その金で食っているからね」
男は両手を広げ、歪んだ笑みを浮かべた。
「ようこそ、『不途川探偵事務所』まで。俺は所長の不途川輪廻、以後お見知りおきを」