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夏のホラー2023 帰り道 「猫を飼う。」

作者: きじの美猫

いつも同じ道を通って帰る。

同じはずの道だけど、毎日少しだけ違う。

季節や天気、そこにいる「在る」なにか・・・。



コンビニのバイト。

体を動かすことが苦にならない私にはけっこう向いていると思う。

でもそれ以外のことでいろいろあって息詰まることも多かった。

帰り道はいつも同じ道を通って帰る。

同じだけど毎日少しだけ違う。

季節の移り変わりや天候によって、また自分自身の気分によっても違って見える。

それ以外にも違う感じがすることもよくあるのだけど。


帰り道にいつもいる猫。

まだそんなに大きくないその子は、けっこうなついてくれていた。

黒っぽい毛色で大きな目と耳だった。

和猫なのかな。

飼い猫ではないみたいだ。

ベンチで隣に座ってくれるその子をなでながら

毎日のことを話すのが日課だった。

目を細めて、のどを鳴らしながら聞いてくれた。

仕事そのものは嫌いじゃなかった。

でも、バイト同士の人間関係ではもめごとが多くて、

いやでいやでいやでいやでたまらないけど

この子にすっかり話すと心がすうっと軽くなる。

だれかを恨んだり憎んだりすることなく、

ただ、話すだけで楽になれるのはとてもありがたかった。

なにかをするわけでなく、ただじいっとだまって聞いているだけなのに

帰り道は気持ちが楽になって、明日も頑張ろうって思えた。


店舗に配属になって指導係になったのはふたつ年上の先輩だった。

「永角リオ子」妹がいて、私とおなじくらいらしい。

仕事は「一応」ちゃんと教えてくれる。

ただ、こちらから聞いたことはあまり丁寧に教えてくれなかった。

気分にムラがあるのでこちらから話しかけることは避けたかった。

「この数字、もうちょっとちゃんと書いて!」

「えっと・・・どういうことでしょうか・・・。」

「6の下のほうが大きすぎる。ゼロに見えるじゃない!」

「あ、はあ・・・。すみません。」

いつもどおり書いただけで、特に書き方変えたわけじゃないのにな・・・。


休憩時間にほかの先輩といっしょになった。

「栗本英子」このひとは気楽だった。

面倒見がよくて、でもあまり詮索もしないし、

なによりあっけらかんとしていて風通しがよかった。

兄弟がたくさんいて長女らしい。

「あ~、だいじょーぶ。ここはほらね、こうしなさいよ~。」

ミスしても一緒に考えて手伝ってくれる。

怒られてへこんでいるときもおおいに励ましてもらった。

「数字って人によって癖があるけどさ。」

「はあ。さっきもそれで怒られました。」

「それなんだけどね。違うと思うんだよ。」

ちなみに彼女は3歳年上だ。

「伝票、合わせられなかったみたいで、たまたま差額が6だったんだよね」

「え?」

「リオ子が、自分が合わせそこなったのを数字の見間違いにすり替えたってこと。」

ナニソレ・・・。


「なんか、いじめられてるのかな・・・。」

猫はわずかに目を細めた。

「まあ、気にしないでおこうっと。」

一部始終を話して気持ちの整理もついた。

猫は毛づくろいをしている。

少し背が伸びたかな。

毛色との対比のせいか赤い舌がやけに目立った。

明日は違うおやつを持ってきてあげよう。

「じゃあ、また明日ね。」

猫は小さな声で「にぅ」と鳴いて見送ってくれた。


3か月ほどたつと指導係はもうつかない。

ある程度距離をおけるようになって気分が楽になった。

それでもたまに嫌味を言われることはあったが、

猫との話題くらいにしか思わなくなってきた。

思わないようにしていただけかもしれない。


「永角さん、今月いっぱいだね。」

近づきたくなかったせいかそんな情報にも疎かった。

「そうなんですか~。」

実は、かなりほっとした。

「もうだいぶ前から決まってたみたいなんだけどね。」

へー、もっと早く知っておきたかったわ。

「まあ、いわゆる寿退職ってやつね。」

ふーん、物好き・・・いやきっとフトコロの広い旦那さんなんだろう。


退職の日はシフトがあわなかったので

小さい花束を栗本英子に渡してもらうよう頼んだ。

「そんなことしなくていいのに。お人よしねえ。」

そうじゃない。うれしかったのだ。

もう二度と会うこともないと思うととてもうれしかった。

いなくなってありがとう、の気持ちだったのだ。

でもそこに負の感情はなく、今後幸せな家庭を築いてほしいと

素直に思うことができた。

すっきりした。


その日は猫のおやつも奮発した。

「やなこともずっと続くわけじゃないんだ・・・。」

猫はその日ものどを鳴らしてだまって聞いていた。

ちょっと丸くなったように見えた。

おやつ、あげすぎたかな。


楽しい別ればかりではない。

残念なこともある。

なにかと気にかけてくれていた栗本英子を見かけなくなった。

「今日はおやすみだねえ。」

シフトの間隔もずいぶんあいている。

「なにかあったのかな。」

猫は答えるはずもない。

ただ、ちょっと首を傾げたように見えた。

「心配だねえ。」と言っているようだ。

その後、たまに姿を見かけることはあったが、

話す機会がないまま、栗本英子は辞めていった。

「体調崩したみたいだねえ。」

あんなに元気だったのにな・・・。

長くいてほしい人はすぐいなくなっちゃうんだな。

まあ、彼女とはまた会えるかもしれない。

それよりも今は別の問題があった。


後輩である。

ずいぶん年下だったはずである。

「はず」というくらい態度が横着だった。

年長だろうが年下だろうがおかまいなし。

ほかの店で問題があって配置換えになったらしい。

かなり有名らしくて、ずいぶん前に退職した大先輩が言っていたのを思い出す。

「ターゲットを作るのよね。」

「どういうことですか?」

「自分が攻撃する人を決めて、なにかにつけて突っかかるのね。」

アンタは牛か。

「まわりの人が諭しても今度はその人を攻撃するから、だれも寄り付かなくなる。」

「さみしい人ですね。」

「自分に自信がないんでしょ。」

そういうものなのか・・・。


「いいえ なるかさん、だよね。」

「違います!「伊家奈るか・いえな るか」です!」

チッ!と舌打ちする音が聞こえた。

初日にして地雷踏んだな、これは・・・。

「名前とか間違います?普通。」

思ってても言うか?普通。

やたら大きい目がぎろりとにらむ。

「失礼・・・。フリガナふっておくね。」

ほかに犠牲者がでないように。

「気をつけてください!」

みんなも気をつけようね。コイツには。


「頭にくる・・・。」

めずらしく猫にこぼした。

「まあ、悪人じゃないんだろうけどね。」

猫はのんきに耳の後ろを搔いている。

それを見ているとなんかもうどうでもいいような気がしてくるから不思議だ。

「まあ、世の中いろんな人がいるもんね。」

猫はちろりと舌なめずりをした。

にやり、としたように見えたのは気のせいだろうか。

赤い赤い舌が鮮やかに翻って消えていった。


それからというものなにかにつけてからまれた。

彼女の仕事にはミスはあまりない。

というか、ミスがでない範囲でしか仕事しないから出ないというだけで

忙しいところをカバーするとか、やり方を工夫するとか全くしない。

それどころか自分のやり方でないと文句をいう。

人のミスをあげつらって小ばかにするわ、あてつけがましくため息はつくわ、

こうのってモラハラっていうんでしたっけ。

職場全体の雰囲気もなんとなく歪んできたような気がする。


そんなとき、偶然栗本英子に会った。

「え~、久しぶり。どうしてたんですか?」

なんかおなかが大きいぞ。

「体調悪いなーとか思ってたら妊娠してたw」

「えっ!もしかしてさずかり婚?」

「ちーがう、ちがう。もともと既婚者だけど旦那が単身赴任だっただけだよ。」

なるほどそういうことだったのか。

「おめでとうございます^^」

「ありがとう~。」

最近になかった喜ばしい出来事である。

「なんか、ちょっとやせたねえ。」

「えっ、そうですか。」

「うん~、顔色もぱっとしないなあ。」

「き、気のせいですよー。」

思い当たるふしはたくさんあるが、ここは伏せておこう・・・。


「やっぱり精神的ダメージ大きいのかな。」

猫はじっと見つめている。

「なんか、仕事いきたくないな・・・。」

猫の瞳が細くなった。

「いつまでもは続かないよね。そうだよね。」

なるべく穏便に、できるだけかわすように努力しているのだが。

視界がぼんやりとにじんだ。

ふと、手の甲に暖かいものを感じた。

猫が顔をすり寄せていた。

じんわりとしたぬくもりが心にも伝わってきて

ゆっくりと癒されていった。

「ありがとうね。また明日。」

猫は大きく伸びをした。

初めて見たそれは思いのほか大きくて、同じ猫のようには見えなかった。


翌日、伊家奈るかのシフトはかぶっていなかった。

ずいぶんと気が楽だ。

今日は頑張れる。

じゃあ明日は?

ちらりとよぎった不安を押さえつけて仕事に専念した。

充実した一日が過ごせた。

「今日はいい仕事したよ。」

猫にも晴れ晴れとして報告できた。

「明後日はわからないけど・・・。」

猫はあくびをしている。

大きな口は耳元にまでとどくように思えた。

「頑張るよ・・・。」


なにを頑張るのかわからないままに、その明後日がきた。

伊家奈るかはきていなかった。

「お休みかあ。」

当てが外れたような、でも安心したような気分になった。

よかったのかな。

まあ平和な一日が過ごせることがうれしかった。

猫に新しいおやつをあげた。

うれしいことを分けてあげたかった。

いつもよりたくさんなでてあげて遅くなってしまった。

秋の夕暮れはつるべ落としだ。

「じゃあまた明日ね。」

暗くなった帰り道、猫を振り返ってみると

念入りに毛づくろいをしている。

足元になにか転がっているようだ。

どこかでみたような、髪留めかな。

だれか知っている人が使っていたのと同じなんだけど

誰のだったか思い出せない。

さっきは気が付かなかったな。

猫は赤い舌で入念に顔を洗っている。

ふと、こちらを見た。

ゆっくりと大きく口をあけて舌なめずりをする。

その鮮やかな赤い舌が滴るように見えたが、

思う間もなく日が落ちて真っ暗になってしまった。



最近は前の道を帰ることはない

違う系列の店に移ったからだ。

ついでに住んでいたところも引っ越した。

伊家奈るかはあれから来ていないらしい。

シフトでペアだった子が猛烈に怒っていた。

「シフト表の写真まで差し替えさせといて急にこないとかないでしょ!」

髪型が気に入らないので髪留め買ってきて写真撮り直しさせるとか

見合い写真じゃないんだから・・・。

まあ、どうでもいいや。

どのみちもう会うことはないだろう。


仕事が終わると毎日急いで帰る。

猫が待っているからね。

日の暮れた半闇の部屋の中

大きな赤い舌が見える。

今日はなにを話そうかな。

だれのことを・・・。


家奈るかは、ほかのバイトとのトラブルがあって管理職から厳重注意を受けたことに腹をたて、

数日でてこなかったらしい。

もっとも帰り道に野良猫に手を出してひっかかれた傷がもとで高熱がでたとか言っているそうだが・・・。

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