悪役令嬢はぽっちゃり王子を愛でるついでに餅を食う
前作読んでなくても多分読める。
相変わらずの妙なテンションでお送りします。
「くすぐったいよ、レミベル」
「サミュエル、よーしよし大丈夫ですわ。痛くなど、しておりませんわよ」
「痛くないけど、くすぐったいよ。ここに来てからずっと触ってるね」
「だってサミュエルのお顎ったら、とってもぷにぷにふにふにで、ずっとずっと触ってたいのですもの」
愛でる。愛でる。ぽっちゃり王子を、今日もわたくしは愛でておりますわ。
*
ごきげんよう、レミベル・シュタン・ナフォムトローゼですわ。
ヴァステニア王国の公爵令嬢――――いえ、乙女ゲームの中の悪役令嬢だと気づいたのは十歳の時でしたわ。
よりにもよって、乙女ゲーム『略奪の鱗粉 ~血の復讐は蜜より甘い~』の中の人に転生とは……。
このゲームのファンだった心境としては心躍りますけども、実はこのゲーム、幻の錯乱ゲームと呼ばれる所以がありまして、はっきり言って主人公のヒロインが狂乱しているのです。
狂ったヒロインが次々と人を陥れるのが本ストーリー。
ホラーゲームに近いと思います。乙女ゲームなのに。
それでも大人気だったこの作品。美麗スチルのオンパレードだったのもありますが、練り上げられた重厚なシナリオにも引き込まれ、物語として完璧だったという側面もあります。
そんなヤバいゲームの中の、更に死にポジ悪役令嬢に転生。
狂ったヒロイン(悪)の敵役ですからね、つまり正義の味方です。だから本来あるはずの悪役っぽい言動はなく、只々ヒロインの邪魔をする役どころでした。
友を助け、婚約者である王子も助けたのに、最終的には婚約破棄・断罪・火刑ですわよ……。
酷くない? レミベル、良いことしかしてないですわよ。どこが悪役令嬢ですかこの錯乱ゲームめ!!!!
それでも美しき絵画の如きの立ち絵と背景のゲーム画面に見惚れ、復讐なのに正義を執行しているかのような爽快感まで味わえて、たまらなくスカッとした人気乙女ゲームだったのです。ご多分にもれず前世のわたくしも大好きでした。今は好きになれません。何せ、登場人物に生まれ変わってしまいましたから。
気づいた時には絶望。どうにか未来を少しでも良きものにしようと、泣きながらゲームストーリー上の台詞・場面・起こったことを箇条書きにしてレポート作成を致しましたわ……。
そして弟に相談。弟はゲーム内の攻略キャラで、一番頭が良いとされていた公爵令息です。きっと弟ならわかってくれる。わたくしの前世の話を聞いてくれる。
そう思って、まるっとすべて弟にお任せした――――――――というのが、前作のお話ですわね。
ええ、頼れる弟に任せたら、わたくし、すっかり安堵してしまって、うっかり王宮へ招かれ、うっかり王子とお見合いをし、うっかり婚約者へと成り果てておりました。
「レミベル、これからよろしくね」
そう言って微笑む王子スマーイルwithぽっちゃり。
あらやだこの王子、大変ぽっちゃり気味じゃありませんこと?
ゲームと違って、八頭身の超絶美形王子ではなく、ふくよかぽっちゃりの福福王子でございますわね。
前世でプレイしていた時は王子最推しだったわけですが、特にイケメンだからという理由だけで推していたわけではありません。
むしろ、このイケメンの体型がもう少し丸くて現実にいたら即恋落ちしていたのになあ~という、おデブさんを愛でる目線で、ちょっと残念と思いながらも推していたのです。
ええ、そうです。わたくし、デブ専ですのよ。
この性癖のおかげで前世では恋人ができず仕舞い。女子トークの中で、少しでも「私が好きなのはぽっちゃりさん」と発言すれば、女子たちから「それって変だよ」「うわ、趣味悪っ」「デブ好きこっち来んな」と罵倒された。
罵倒だけで済めば御の字だったけど、その後の中学二年間はいじめられた。高校進学もできず引きこもり。そして現実逃避ゲーム三昧の日々へ。
乙女ゲームに出会ってからは夢小説を書き、理想の王子様を探して夢の中を彷徨う引きこもりと化していたけど、このままじゃ駄目だと一念発起で就職。職場に合わず、鬱で辞めた。
転職を繰り返して、また病んで。何年か後……交通事故で死んだかな。
喪女が外出なんかするからだよ。お一人様うえ~い楽しいを満喫していた巣穴から、のこのこと人前に出て酒を買いにコンビニへ行くから……罰が当たったんだ。
その罰というのが、最期は処刑される悪役令嬢に転生っていうね。
前世の因果を背負うとはこのことか……ぐぬぬ…………。
しかし、その因果、ちょっと良い方向へ舵を切っておりませんか?
だって王子、顔面は良いのにぽっちゃりで、私好みの体型ですのよ。前世で夢見た『私の考えた理想の太っちょさん』そのものなのですわ。
肉付き良く丸いお顔に愛嬌のある碧眼、福耳、二重顎。頭頂部の金髪はふさふさのふさりんこ。
ぽてっとした腹回りも、いいわね。ふにふに掴みたいですわ。
「レミベル、レミベル、どうしたの? あ、もしかしてお茶請けが好みじゃなかった? これ、僕の好きなチョコマフィンなんだけど、レミベルには甘すぎたかも。僕ね、甘いものが大好きなんだ」
まあ、お気を使っていただいて。ちょっとズレているけど、そこがいいわ。
にっこりスマイルぽっちゃり王子は、甘い甘いお菓子を手掴みで、そのぽてっとした厚い唇まで持って行き、がぶっと豪快に齧りついた。福福ほっぺが揺れる揺れる。
「まあ、まあ、なんて素敵な食べっぷり。ほっぺぷるぷる……!」
わたくし感動して、思わず王子のお隣りまで椅子を引く。
「はしたのうございますわよ、レミベル様」
お付きの侍女であるソフィちゃんの注意の声が聞こえたけれど、ごめんなさい。聞こえないふりをさせてね。
だってこの王子、理想の王子様なのですもの。もっと近くで拝みたいですわ。
王子の、マフィンを平らげもぐもぐ上下運動する頬に、そっと触れる。無礼者とも咎められず、王子の広い御心に感謝です。大きな体と一緒で、心もどっしりと構えておられるのですね……。
調子に乗って口元へ指を這わせ、残りかすを摘まみます。
「うふふ、お口元が汚れておりますわよ」
摘まんだ残りかすは、わたくしが食べました。その際、見せつけるように、少しだけ上目遣いも交えてしまったのは、間近で拝むぽっちゃり福福王子のご尊顔がキュートだったからです。
ああ、つぶらな瞳が、わたくしを見詰めていらっしゃるわ……。
レミベル12歳。春爛漫なこの日、恋を致しました。
相手はヴァステニア王国の王子、サミュニル・マキアス・ビローデ・ヴァステニア。
今はまだ、お互いが12歳。これから5年後、『王立魔導アカデミー』に入学してからが、乙女ゲーム開始の合図でございます。
*
あれから3年。15歳になったわたくしたち。
「くすぐったいよ、レミベル」
「サミュエル、よーしよし大丈夫ですわ。痛くなど、しておりませんわよ」
「痛くないけど、くすぐったいよ。ここに来てからずっと触ってるね」
「だってサミュエルのお顎ったら、とってもぷにぷにふにふにで、ずっとずっと触ってたいのですもの」
お互いに名前で呼び合うことが、すっかり定着しております。
わたくしは相変わらずのぽっちゃり王子推しですが、サミュエル殿下は殿下で更に磨きをかけてぽっちゃりんこに御成り遊ばして、特に二重顎だったところが、今では巨大な羽二重餅なのです。
こんな、こんな立派なものを見せつけられては、愛でずに居られまい……!!
彼の顎を下から持ち上げる。搗きたてのお餅みたいな弾力。プルンと弾けてボインボインと揺れますわね。スイカップなんか目じゃないくらい。まろみを帯びた清め餅の如き尊さを誇っておりますわよ。
ああ、これだけお餅を想像してしまっては、お餅が本格的に食べたくなってきましたわね……。
「そうだわサミュエル、餅を搗きましょう」
突発的思いつきで、急遽、餅つきを開始。
王宮の庭に、臼・杵・水・炊いたもち米を用意。大きなまな板に餅粉・あんこ・きな粉も準備して、いざ、いざ、いざ!
ぺったんぺったんと王子が杵で餅を搗き、合間にわたくしが水を付けた手で餅をひっくり返す。徐々にこなれて、餅がもちもちに。
水を撫でつけるわたくしも徐々に興奮してしまいますわね。だって手触りが、餅の手触りが、どんどん王子のお顎の柔らかさに似通ってくるのですもの……!
さ、触りたい。王子のもちもち餅顎に触りたい。触りたいのたいのたいたいたい禁断症状が、がが、がががが。
「ふわーん! 殿下ぁ、わたくしもう、もう、我慢できませんわあ~!」
「レミベル……そうだね、続きはコルギアスに任せて、ちょっと休憩しようか」
ふくよか王子のぽっちゃりな手に誘われて、餅捏ね場の横に設営した休憩所へ。
王子の手、厚くて温かいですわあ。もちもち顎も大好きですけれど、紅葉を通り越して膨らんだグローブの如き硬さもある御手もまた、最高ですサミュエル。
「それじゃあコルギアス、後は任せた!」
「任されたぜ! さっきから見てて体が疼いてたんだ! やるぜ、オラァ!」
サミュエル王子が声を張り上げてまで任せたのは、コルギアス・ゼステン。騎士団長の息子枠の攻略対象者です。
お調子者の脳筋ですが、パワーオブパワーファイターなので、ぺったんどころかのペタペタペタと、目にも止まらぬ高速餅つきを実現しておりますわ。
「ちょっと早いわよ。私の手まで搗く気なの?」
そう文句を垂れ流しつつも高速餅つきに光の速さで対応している返し担当のソフィちゃん。
本名ソフィニア・ブライト。わたくしの侍女ですが、コルギアスの婚約者でもありますわ。
「フハハハハ! 俺の速さについてこれるとは、やるなソフィ愛してるぜ!」
「やだ、こんなところで……! もう、仕様の無い人ね。私だって愛してるわよ!」
ペタペタペタタタタタ――――!!!!
とうとう音速を越えた餅つきになりました。目で追うどころか、衝撃波がソニックブームしている気がします。
あれが、ラブパワーというやつでしょうか?
何にせよ、普段は厳しい侍女の役割を熟しているソフィちゃんが婚約者と楽しそうにラブラブしているのは、良きことですわね。
わたくしは微笑ましく見守っておりました。王子のお腹をツンツンつつきながら。
ええ、お腹もね、最強に素敵スポットなのですよ。突き出た立派な太鼓腹。かの腹は天上の光を集め打てば響く輝かんばかりのわがままボディなんですことよ。むふう。
「姉上…………ごめん」
あら弟。どうしたの急に来て急に謝って。
「オリガナを連れて来たんだ。こういう集まりに慣れさせようと思って。それで――――」
「危ないっ!!!!」
「きゃ――――!?」
突如、襲いかかる刺客。黒づくめの、いかにもな刺客が、わたくしの視界を塞ぐ。と同時に、サミュエル王子のド衝きが決まった。
どすこ――――い!!!!
吹っ飛ぶ刺客。あら、腕があらぬ方向へ曲がったまま宙を舞ったわね。そのまま放物線を描いた刺客は地面へと激突。おそらく首も曲がったことでしょう。ぴくりとも動かなくなりましたわ。
「レミベル大丈夫だったかい?」
襲い来る刺客に張り手をかました太逞しい王子様。爽やかな笑顔で、わたくしの胸を打ち抜きます。
ズギュンッッッとキマシタワー。
もう、あの御方、素敵すぎませんか……?!
わたくしの婚約者ですことよあのぽっちゃりを筋肉に変えた王子様は。
柔和な笑顔がデフォルトで、僕は人畜無害な太っちょです。みんな仲良くしようよ。なんて油断させておきながら、実は腕の筋肉はムキムキ、背筋もゴリゴリ、筋張ったおみ足に、太腿も硬い筋に覆われているスモウレスラーなのです。
顎はぷにぷにですけれどもね。ですが、そこが良い。
いつまでも触っていたい餅顎と惚れ惚れする太鼓腹のギャップ、たいへん素晴らしい!
ああもうステキ抱いて……!!
わたくしはたまらず王子に抱きつきました。
「怖かったですわー! でも、サミュエルがやっつけて下さったから、大丈夫ですわー! 大好きですわサミュエルーうう!!」
全力でおでこを胸板に擦りつけましたわ。ぐりぐりぐり。ああ、この縋りついた胸板、厚く硬くこれまた理想の胸板ですわ素敵。逆に雄っぱいはプニプニ。下から掬い上げたらタプタプするに違いありません。て、ま、まさか、これは……!
ここに来て、わたくしったら、新たな筋肉と脂肪のギャップ萌えスポットを開拓しましたか?!
思わぬ報酬に嬉しくなって、更にぐりぐりするわたくし。もう、やめられません、とめられませんわよ。
サミュエル王子も、わたくしの頭を撫でて下さり、髪まで手櫛で梳いて全力よしよしをして下さる。
うふふ。わたくしたちもラブラブですわね。
「姉上、無事で良かったよ」
「あら弟。そう言えばさっき何か言いかけていたわね。確か、オリガナちゃんを連れて来たとかかんとか」
そうそう、急に来た弟が急に謝った件。刺客に襲われた事と関係ないとは言わせませんわよ。
「そうなんだ。オリガナって人見知りだから、姉上たちと交流を深めれば断罪回避にも繋がると思ってさ。連れて来たのはいいけど、一緒に過激な『国盗り派』も連れて来ちゃったみたい。だから、ごめんね姉上」
てへっ☆と、けっこう軽い感じで謝ります弟です。良いわよ。お姉ちゃん、王子のおかげで心が潤いまくって心象風景は穏やかなる大海の如しだから、許してあげちゃう。
と言うかですね、弟のことだから、一連の流れは予想していたことだと思うのですよ。
オリガナちゃんは乙女ゲームの主人公、ヒロインというやつです。彼女は亡国の忘れられた皇女だったけれど、彼女を旗頭に据えようと画策する『国盗り派』に唆されて『魔導アカデミー』に入学。その目的は、ヴァステニア王国の乗っ取り。
入学後、ヴァステニア王国の将来有望な若者たちを次々と篭絡し、その婚約者たちは謀にかけ始末していく。プレイヤーのSAN値をゴリゴリ削る仕様ですわね。これが乙女ゲーム本編の内容。錯乱ゲームだホラーゲームだと噂される所以でございます。
そんな破滅的未来を回避するため、前世を思い出したばかりのわたくしは嘆いてばかりだったけれど、シナリオを思い出せるだけ思い出してレポートを作成。弟に丸投げ致しました。
弟は早速行動を起こす。オリガナちゃんに会いに行き、ついでに口説いた。恋人同士となったのです。
共に迷宮へ潜ったりする仲にもなったらしいですわ。ダンジョンデートかよ。新しい。
そんな弟が、オリガナちゃん第一の弟が、姉を裏切ってこの国へ刺客を送り込んだとは思わない。
むしろ、わざと隙を見せてヴァステニア王国まで『国盗り派』を引き入れ、決定的な場でサミュエル王子お相撲パワーで張り倒させたのだと愚考しますわよ。
わたくし、そんなに頭は良くないけれど、王子の次に推しだった弟のことは、わかりみが深いもの。
たぶん、これで合っているわ。ここで、わたくしが目くじらを立てると弟の思惑を壊すことになりかねなません。弟の考えの、裏の裏までは読めないけれど、レミベル本能はここで手打ちにしろと囁いていますのよ。
「もう、弟ったら変わらずオリガナちゃんラブなのね。良くってよ。わたくしは無事だし、殿下の格好良いところも見れたし、そういうことにしておいてあげるわ」
「ありがとう、姉上」
ほっとしたような顔つきになった弟。いつも冷静で鉄面皮なところもある弟だから、こういうちょっとした表情の変化は嬉しいわね。
弟はそのままサミュエル王子と視線を合わせ、一礼。
「王子殿下にも、御礼申し上げます。姉上を守って下さり、ありがとうございます」
「よい。そう硬くならずとも。我が最愛の婚約者の弟ゆえ、大目に見る」
鷹揚で威厳たっぷりの王子殿下、テラ格好良いですわ!
「して、かような者をレミベルに近づけたこと、申し開きはあるか?」
「はい。私の失態です。この者と同じく、ヴァステニアの法で裁いて頂いて構いません」
「お前を裁くことはせん。この者は厳しく取り調べる。以上だ」
王子のお裁き、お見事でございました。空気を読んで下さったのですね。わたくしが弟を許したから、ここで最高身分の殿下がまた混ぜっ返すのは得策ではありませんもの。
刺客は引っ立てられ――生きているっぽいですわね。直ぐに簡易の手当て魔法をかけられたからでしょうけど。それにしたって、ほぼ死に体ですわ――この場が元に戻ると、再びの餅ぺったん。
搗き上がった餅には餅粉をはたいて、食べやすい大きさに丸めましょう。
餡子、きな粉、好きな方を付けて食べますわよ。出来立てのお餅は格別ですわね。
わたくしの気まぐれで始まった餅つきでしたけれど、皆さんお気に召したようで、次回はもう少し規模を大きくして、餅つき大会を開催しようということになりました。
「もち米の輸入を拡充せねばな。今のままでは到底足りぬ」
「あら、それならば…………」
攻略対象者に後の大商人がいらしたわ。大商人となるのはまだ先の話だけれど、魔導アカデミーに入学前から大陸中を渡り歩いている今は商人の卵なトモキヨ・ジェライ様が。
旅をされているので補足できなくて、攻略対象者にもれなくお渡ししているレミベルレポートも、渡せておりませんのよね。
でも、トモキヨ様なら、もち米の生産地を割り出し、適切な価格で取引をしてくださるでしょう。ゲーム内での性格・言動を思い出す限り。
「その商人、王家の威信にかけて全力で探そう」
あら、サミュエル王子が決意する目みたいになっておりますわね。少し他の男性の話題を出しただけですのに……。
そのキリッとしたお顔も素敵ですわ。ほっぺと餅顎はつつきたくなりますけれど。ふふふ。大好きですわよ。
わたくしのぽっちゃりさん。ポッ。
弟の名前ですか?
決めてあるけど出せなかった。
いつになったら出るのかなあ……。