告白と受け取っていいのかしら?(第二王女は語る)③
「君と娘の試合は、素晴らしかったよ。彼女とあそこまで戦えた者は、滅多に見たことがないよ。ああ、恐縮する必要はないよ。横になっていてよいから。」
中肉中背の口髭の似合う、金髪の落ち着いた中年のおっちゃんである、我が父上である国王陛下は、穏やかな調子で、微笑を浮かべていたが、心持ちこわばっていた。
「試合のこととはいえ、申し訳なかったね。君が元気そうで良かったよ。ところでだが。」
父上、国王陛下は、さらに表情を強ばらせて、彼に顔を近づけて、
「ところで、娘の…、ランビックとの関係だが、優勝できなかったから、交際する権利は獲得できなかったということでいいのかな?」
な、なんで、そ、そんなこと知っているのよ!
「そ、そうですね。とても残念ですが…。」
「おや、残念そうだね。まさか、君は本気で目指していたのかね?娘には婚約者がいると知っていると思うがね?シヨウチユウ侯爵家のご令息殿?」
な、何言っているのよ?それに、どうして、その殺意のこもったオーラを放っているのよ?
「も、もちろんであります。あれは、その場で勢いで…。それに、交際とは言ってもあくまでも学園生活を楽しむとのことで…え?え~と、も、もちろんー、あ、ランビック王女殿下のようなお美しい、性格のよい女性とお近づきになることは嬉しいですが…、自分の立場はよくわかっております。」
ん~、その優等生的発言は~、まあ、私が美人だと分かっているのはいいけど…。父上、何よ、その疑わしいという顔はー?
その時、私は知らなかったが、姉上は決勝戦を辞退、不戦敗となり、ムギの姉、マイ先輩の初優勝となって、大会の幕を閉じていた。ふらふらの相手に魔力を暴走させたことの非と私を巻き込みかねなかったことに、反省とショックを受けたことが理由だった。姉上が、寸前に我を取り戻して、攻撃を止めたと解釈されているが、私には、我に返って攻撃は止めたのは確かかもしれないが、それは私を無傷でいられるには間に合わず、ムギが私を庇って、多分防御障壁を張って、その上で私の盾になってくれたから、無傷でいられたと確信していた。
学園内でも、それから、私とムギの関係が、話題の中心になっていた。
「あなたと付き合っても、いいと思っているのよ、私。どお?」
私は、彼が翌日、運が良かったのか、タフなのか信じられないほど早く回復した、退院して、彼を送って、彼の寄宿舎前までおくり、入口の所で、全く我ながらロマンに欠けるとは思ったが、その時を逃すと後がないように思われて、言ってしまった。彼は、いずまいを正して、かつ直立不動の姿勢をとって、
「嬉しいお言葉ですが…優勝できませんでしたし…。」
「そんなこと、どうだっていいのよ!」
まるで駄々っ子のようになっていた、私は。
「ランビック王女殿下のようなお美しい方と、単なる交際でも嬉しい限りですが…。」
言葉を切った彼の、次の言葉を私は不覚にも、怖さと期待で震えてしまっていた。
「ランビック王女殿下に対して、恥じることのない、誠実な気持でご返事申し上げたいのです。時間を下さい。」
彼は、深々と頭を下げた。
その数日後、彼の姉のマイが、次の日曜日、午前10時に、彼は闘技場で待っている、自分の言葉の証人として、自分の姉のマイと私の姉上、カンティヨン王女を同行してきて欲しい、という伝言を持ってきた。
「?」
私と姉上。
「そんな目で私を見ないで。私も分からないのだから、なんで弟がそんなことを言ったのか。」
とマイ。
とにかく、期待と不安を持って、私は二人に同行されて約束の場所に、約束の時間に行った。彼は、何かを抱えて、闘技場の真ん中で立って、待っていた。
その前日、私は今日のための買い物に、姉上と共に、学園の外に出ていた。
「ラン!なんで、下着まで新調する必要があるの?し、しかも、そんな扇情的な…。」
姉上は、しきりに文句を言った。私は、別にやましい気持で下着を…、いやたまたま、今流行がどうなっているのか…そ、そう、貴族や市民の間の流行が気になったので、関心を向けただけなのだ。
「カノン姉上こそ、どうして熱心に下着を見ているのですか?」
私が指摘すると、彼女は顔を横にそむけた。買ったものは寄宿舎に届けるようにしたが、その中には、私の分にも、姉上の分にも、問題の下着が入っていた。も、もちろん、私は最近の流行に合わせてみただけなのよ。まあ、私は、その下着を着けて、その日、指定の場所にやって来たけど、別に変なことは考えても、期待もしていなかったんだから。途中で、マイ先輩と合流した。
彼は、木綿の袋に入ったものを一づつ、私達に手渡した。中味は、剣だった。全く雰囲気も何もあったものではなかった。私は、彼に失望したわ。
彼が鍛えた剣だという。ヤマト、ムサシ、シナノという、訳のわからないネーミングだった。
「まずは、手に取って、感触を見て下さい。」
半信半疑で、彼が何をしようとしているのか分からなかったものの、とにかく剣を鞘から抜いて、振るってみた。“告白するのが恥ずかしいから、こんなことを?小心ね?”などと思いながら、思おうとしながらも、いい剣だと思った。片刃の長剣は重すぎず、軽すぎず、しっくりとした感触だった。魔力をそれ自体持っていないが、魔力の反応はかなり良かった。私達の表情を見て、彼は嬉しそうに、こんな人懐っこい顔もするんだ、とあらためて思わせる笑顔だった。
「オリハルコンやミスリルなどの屑を、鉄に混ぜ、魔法も加えて、練り上げ、鍛えたものです。魔法剣ではありませんが、ご3人の魔力を素直に発現し、増幅もするし、その操り方も素直です。それに、強い魔力に耐えられます。あの試合の魔力の発現にも、びくともしません。」
あの日、姉上の剣は、あの後、ボロボロと崩れてしまった。あくまで相手を殺さないように、刃を鈍くしており、それ自体魔力を持たない大会用の剣だが、丈夫さは魔力に対してもかなりあるものだった。が、崩壊した。ほとんどあり得ないことだったが、姉上があの時、放った魔力の大きさが分かるというものだった。
「その剣を持って、私と闘って下さい。私が負けたら、ランビック王女殿下の忠実な交際相手、いつでも身を退き、それでも良き騎士として仕える、カンティヨン王女殿下の騎士団にランビック王女殿下と共に入隊して、良き騎士団員となります。ランビック王女殿下の騎士であることを優先しますが。姉上に忠実な弟になるよ。ランビック王女殿下の騎士、カンティヨン王女殿下の騎士団員であることを優先させるけど。」
「は?」
「はあ?」
「それは、告白と受け取っていいのかしら?」
真っ先に我に帰った私は、彼に質問した。回りくどい奴、と思った、思おうとした、私は。しかし、彼の姉のマイ先輩はそうではなかった。
皮肉っぽい、これも初めてみるものだった、悪戯を仕掛けるような顔になって、彼は、
「私が勝った場合ですが…。」
マイ先輩は、彼の言葉を最後まで言わせなかった。
「愚弟が、何を増長しているの?分からせてあげるわ!」
いきなり、彼が贈った剣で彼に斬りかかった。彼女は激怒していた。馬鹿にされたと思ったのだろう。姉上の表情も、苦虫をかみつぶしたような顔だった。私も止めなかった、というより止めようとしなかった。少しは、お仕置きが必要だと思ったからだ。
次の瞬間、剣がぶつかり合う音が聞こえ、一方の剣が弾き飛ばされ、音をたてて地面に落ちた。マイ先輩の剣だった。
ムギは、いつ抜いたのか、剣を持って、唖然とした姉を、見下ろすようにして、静にたたずんでいた。彼の方が頭ひとつ近く高かったからだが。彼の持っている剣は、練習試合用の刃を完全に潰した剣だった。
私も、姉上も声が出なかった。本気ではなかったし、油断はあったろうが、決してこんなに簡単に、敗れるとは考えられなかった、彼女が斬り掛かった時。
「それでは、僕が勝った場合の条件を、静に聞いてね。お姉ちゃん?」
彼は、少し残酷な表情で、しかも軽い調子で語り始めた。それも始めて見るムギだった。怖く、そして嫌悪感とぞくぞくするものも感じた。