告白と受け取っていいのかしら?(第二王女は、語る)
彼に近づいたのは、彼の姉が姉上と互角に近い試合を演じたからだ。その弟に関心を持ち、偉大な姉を持った弟の悲哀をどの程度感じているのかということに、好奇心があったからだった。ただ、そう思っていたが、今考えると、そういう姿を見て、自分自身の痂をとってしまいたい、それで痛みを感じる、かえって怪我の治りが遅れることが分かっていながらもやってしまう快感に惹かれ、彼を手なずけて、言葉は悪いが手下にすることで、彼の姉マイを、友人と遇している姉上の上に立てるような、浅はかかではあるが、気がしていたからかもしれない。同級生だったので、また、地方貴族とはいえ、伝統も、経済力も、格式もかなりある侯爵家筆頭格シヨウチユル家の第二子であるから、自分が近づいても、話をしても、さほど不自然には見えなかったろう。
彼の態度は、素っ気ない事はなかったが、私から話しかけられたことをうれしがると言うほとではなかった。
途惑っているのよね、何と言っても田舎者だし、私より頭一つ背が高いだけの平凡な顔立ちだし、とも思ったものの、少し新鮮なものを感じた。とは言え、それからしばらく彼との関係は進まなかった。それが変わったのは、クラスでの練習試合で彼と剣を交えてからだった。私は、勝てなかったのである。私のまわりの男女は、
「完全に圧倒していたじゃありませんか?」
とか言ってくれたが、決して彼は一方的に攻められていたわけではなかった。真っ向勝負してきた、私はそれで、それを押し切れなかったのだ。そして、時間切れ判定勝ちとされただけなのだ。そんな相手は、今までいなかった。何か、それで彼のことを少し気に入って、本格的に私の騎士団に入れようと真剣に思い始めた。
「だからさあ、たまには付き合えってもいいだろう?」
「一度付き合えっただろう?今日も忙しいんだけど。」
「あれは、何時のことだよ?記憶にないくらい前じゃないか?」
「お前、きれいな女が嫌なのか?」
「それにさ、他でも付き合い悪いじゃないか?お前、何が楽しくて生きているんだ?」
「あ、お姫様が怖いのか?もう尻に敷かれてるのか?」
「誰が、誰を尻に敷いているのかしら?それに、彼は私と予定が入っているの!邪魔しないでくれるかしら?」
ムギにまとわりつく男子同級生達が、まるで油の切れた機械のように、ギギーと音をたてるように、後ろにいる私の方に首を向けた。そして、退散した。
「今日は、騎士団の会合の日よ、忘れていないわよね。」
「しかし、今日は仕上げたいものがあってと申し上げたかと。」
「だから、あんたの仕事場で、会合をすることにしたから、感謝しなさい。」
「はあ?」
彼は、学校の工作室を利用して、色々と作っていた。中には作りかけ、あるいは完成した銃や剣が並んでいた。
「作業をやりながらでいいわよ。ちゃんと、会合に参加してくれればいいのよ。」
不満顔の私の騎士団候補者達だったが、あたりに椅子やその代わりになるものを見つけて座った。学園の工作室を、彼が放課後使って、何か色々と作っていた。いつも通り、直ぐに打ち合わせにはいっていた。しかし、どちらかと言うと、世間話になることが多かった。
「2人の王女殿下が、騎士団を作ることになりますよ。そうすると、後からできた方が、最初のものより影が薄くなりますよ。」
私は、思いっきり、足で彼の向こう脛をけってやった。彼ったら大袈裟に痛がったけど、直ぐに新しい連発銃とかの組み立てる、その手を休ませなかった。私もしばらくすると、彼の言い分を、冷静に考える余裕を感じることができるようになる。
別の日では、剣の手合わせをしながら、やはり押し勝てない、判定勝ちだ、ムギとは。騎士団候補者での剣や魔法なども研鑽していた。剣を交えながら、
「カンティヨン王女殿下の騎士団に、私達もども入団するのもありでは?」
「姉上は、副団長に、と言われるかもしれないけど、それでは姉上から独立できないわ!」
「客分で別働隊としてではどうですか?」
「はあ~?」
当て身、足蹴りなどを繰り返すが、彼は、それを凌いでしまう。
「常に別働隊として動く、銃を揃えるとか、偵察、先遣隊としての役とか、特徴をだす。」
「それで?どうなるの?」
「本隊より目立つかもしれないし、地味でも重要な役割を得られる。」
「それ矛盾してない?」
「後者は自己満足するしかないかも。あ、参りました!」
そう言って、手を広げた。
「じゃあ、もう一本よ!」
許してあげないんだから!
彼にかかると、何人が適当か、スタートは、何人で、最大限の人数はどのくらいか、装備はどうするかとかまで、話がいってしまい。
彼は、他の連中と異なって、私の騎士団について具体的な提案をしてきた。たいてい、私を不機嫌にさせるが、頭を冷やすとたいていの場合、彼の言ったことをもっともだと思い直した。
「あなた、最近少し変わったわね?」
と姉のカンティヨンが、私達の寄宿舎の食堂で夕食をとっている時に私に向かって言った。
「え?どこがですか?」
自分が変わったという自覚はなかった。」
「う~ん。どこがと言われると…表情が…、楽しそうな表情をしている時が多くなったし…そうね、余裕がでたという感じがするの。」
「はあ?」
まったく心当たりはなかったから、キョトンとしている私を見て、何か思い出したように、悪戯っぽく微笑んで、
「シヨウチユル家のムギ君とか言ったかな~、私の親友のマイの弟さん、彼のことをよく話しているわね?」
「はい~?」
微笑む姉に、私は怒りと戸惑いとどうしようも無い恥ずかしさを感じてしまった。それは、武闘大会への出場申請の頃だった。
ムギの姉マイと校内大会の決勝戦で私は、結局負けた。姉は本大会で連覇した。マイには、
「2年前の私では勝てなかったでしょう。」
と媚でも、皮肉でもなく言われた、そう感じた、が姉上との差が一層広がったような気がして悔しかった。マイに負けたことも悔しかった、すがすがし思いなどは感じなかった。
一方、ムギは、一応の優勝候補の男子の先輩を破りながら、準決勝を辞退した。その準決勝の相手が私だった。
「私を助けたつもり?」
と負けた自分自身への怒りを向けて、彼に怒鳴った。彼は、それには答えず、
「明日がありますから。」
と言った。
「馬鹿!」
と怒鳴りつけて、彼を殴りつけたが、
「これを。」
と彼は、ハンカチを渡してくれた。私は、不甲斐なくも涙を、流していたのだ。ハンカチをひったくるようにとって、涙を拭いた。その後、彼は何となく、私にとって特別な存在になっていった、次第に、ような気がする。
1年を全ての学科で、私はトップクラスの成績だった。ムギは、上位には入っていたがそこまではいかなかった。だから、彼は馬鹿にはされないが、あまり目立たない存在だった。魔法具やそれ以外の工作でも、そうだった。どこか、彼は教師の好む方向ではない、成績に関係しない、自分のやりたいことをしている、考える、論じる、作るで、かなり損をしている、という感じがした。それでも、いや、それだからこそ、彼は私と、私の騎士団作りに協力してくれたのだ。
「おい、ムギ。姫様が待っているぞ。」
男子生徒が声を、かけるようになった、2年になると。もう、彼を、彼の関心があまりない悪所通いに誘おうとする者はいなくなった。
「感謝しなさい!」
私は、胸を張って、わざとだが、言ってやった。私を恐れて、彼らは敢えて彼を誘おうと強要しなくなったのである。まあ、彼は、断ったろうが、10に9は、それだけの心の強さはある奴だった。
「感謝してますよ。余計な仕事がなくなりましたしね。出費も少なくなりましたしね。」
「だけど、今日は私の寄宿舎の共用部屋よ、場所は。分かっているわよね?」
「もちろんですよ。ところで、お願いというか提案があるのですが。」
「何?言って見なさいよ。どうせ、ろくでもないことでしょうけど。」
「酷いですね、その言い方は。いつ、ろくでもないことを言いましたか?まあ、それはともかく、実は…。」
ある意味、ろくでもないことだった。騎士団の会合にならなくなったからだ、望むような形にならないことの方が多かったが。
そうと言うのも、彼が連れてきた作曲家・演奏家のピアノの演奏、彼の作曲した曲での、に聴き入ってしまったからである。ピアノは、最近、普及しはじめた楽曲で、私と姉上の小遣いで購入し、ここに置いたのである。
「素晴らしいわ。」
気がつくと、いつの間にか、姉上までがいた。入る許可はしてませんけど?
やや小柄で、年よりも愛らしく見える彼は、新進の音楽家で、金に困っていたらしい。ムギとは知り合いで、彼に金を借りに来たらしい。彼は、この仕事をしてもらう代わりに、僅かだが金を貸したのだ。彼の真意が、彼にチャンスを与えることであるのは、何となく分かった。
“まったく、そつの無い男ね。”何となく自慢してしまう、私になっていた。