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遊撃騎士団副団長の恋人との休日

 遊撃騎士団の騎士と言えど、しかもその団長、副団長であろうと休暇というものは人並みにある。休みの日にはいつもより遅く起きて、トーストに甘いジャムを塗っただけの朝食を済ませて、カフェオレを飲みながらただぼうっとするのが好きだ。勿論そんな日ばかりではなく、休みなのだからと買い物や遊びに行くこともある。ただ最近は行き過ぎている気がする。



「どっか行くか!」

「行きません」

「何で!?」

「この前の休みも、その前の休みもその前も! ずっとどこかに行ってるからですよ!」



 ネッドさんと恋人という関係になり、なし崩し的に同棲をするようになってから休みの日にはずっとお出かけをしている。恋人になる前から一緒に出かけることはあったが、一緒に暮らすようになってからの頻度が高すぎる。初めの内は私だって人並みにデートというものにときめきを感じてはいた。しかしそれにも限度というものがある。



「せっかくの休みだろ! 俺らが休み丸一日被るのって月に何度もないんだぞ!」

「休みを娯楽に使うのは間違いではありません。でも休みは体を休める日でもあるんですよ」

「ええー……」



 ネッドさんは未だに納得できてなさそうな顔をしているが、今回ばかりは折れる訳にはいかない。掃除や洗濯、食事などは外注してしまえばどうにかなるが、自分の体を休められるのは自分にしかできないのだ。



「行きたかったら行ってきていいですよ。私は今日は読書の気分なんで」

「何でとりたてて別に予定もないのに、ケイト置いて出て行く必要があるんだよ」

「どこかに行きたい訳じゃないんですか?」

「どっかに行きたい訳じゃなくて、ケイトとデートがしたいの俺は」

「……そう、ですか」

「行く?」

「本を読むので」

「うん、ケイトってそういう奴だよな」



 体を休めたいし本も読みたい。さっきのセリフには確かにぐっときたが、それで『じゃあ行きます』とはならない。



「そもそも、私は人ごみが苦手です」

「知ってる」

「知っているのになんで毎回人の多い所に連れていこうとするんですか」

「人が集まる所には人気の何かがあるからだ。この前も人気の菓子を買えたって喜んでいただろう」

「せっかく行ったなら買わなくちゃ損じゃないですか」

「結局楽しんでるじゃないか」

「それは、まあ……」

「行くか?」

「行きません」



 そう、行けば結局は楽しい。それに異論はない。人ごみは苦手だけれど、ネッドさんがいつも気を使ってくれてこまめに休憩を挟んでくれるからそこまで苦でもない。……何か、私が我儘を言っているような気がしてきた。でも今日は行かない。


 これ以上の議論はいけない。押し通される。本を持ってソファに移動すると何故かネッドさんも付いて来た。それでも黙って本を開き読み始めると諦めたのか、ネッドさんも私の隣で雑誌を読み始めた。ぱら、とお互いがページを捲る音と呼吸だけが静かに聞こえて、何だかすごく落ち着く。


―――


「なあー、ケイトー」

「今ちょっといいところなんで」



 私が本の三分の二を読み終えたところで、ネッドさんが情けない声を出した。むしろよく我慢したとは思うが、本当に丁度よいところなのだ。起承転結の転から結に向かっていこうかという箇所なのだ。主人公の出生に関する謎が明らかにされそうだから、本当に邪魔をしないでほしい。



「もう一時間は放置されてるんだが」

「ネッドさんも何かすればいいじゃないですか」

「隣で筋トレしだしたら怒るだろう」

「別室か庭でやってほしいです」

「じゃあもう昼寝する」



 どうぞ、と言いかけたところで、ネッドさんが大きな体を丸めてソファに寝転んだ。ソファも大きいのだけれど、ネッドさんが大きすぎてとても窮屈そうに見える。当然みたいに頭を私の膝に乗せてきたけれど、お昼寝をするならベッドに行ったほうがいいと思う。



「重たいんですけど」

「このくらいは許されるべきだと思うんだけど」

「……読み終わるまでですからね」

「んー」



 返事をしたものの、ネッドさんはもう半分夢の中だ。……やっぱりこの人も無自覚に疲れていたな。私たち騎士は、基本的に体力勝負で体が資本だ。肉体労働者なんて皆そんなものかもしれないが、我々は特に人より体力があることを自負している。しかし、その自負が体力の限界を見誤る原因でもある。


 まあ、一日くらい遊びに行ったとしてもネッドさんが倒れるようなことはないだろうけれど、体力回復はやはり大事だ。私自身もたまにまったりと過ごしたい。ネッドさんの頭を少しだけ撫でて読書を続けた。


―――


「ネッドさん。ネッドさん、起きてください」

「ん……」

「本、読み終わったんですよ。ネッドさん見てたら、私もお昼寝したくなったんで本気で起きてください」



 ついでに足も痺れた。人の頭って結構重たい。本に集中していた時はそう感じなかったけれど、終わってしまうと気になってしょうがない。それに体を縮めて寝ているのに、ネッドさんが随分と気持ちよさそうに寝ているから私も眠たくなってきた。



「……いやだ」

「ちょっと」

「……」

「あっちで一緒にベッドでお昼寝しませんか」

「……俺は、もう寝た」



 ネッドさんは少し掠れた声で話しながら、ゆったりと起き上がった。



「じゃあ、どうしたいんですか?」

「昼飯食いに行こう」

「そういえばそんな時間ですね」



 欠伸をかみ殺して時計を見る。眠気か食い気か迷うところではある。



「この駐屯地の近くにカレー屋ができたみたいだぞ」

「カレーの専門店ですか、珍しいですね」

「行くか」

「行きましょうか」

「眠気は大丈夫か?」

「お腹も空いてきたんで」

「よし、行こう。途中で寝たら連れて帰ってやるから」

「ネッドさんじゃないんですから、お腹いっぱいになったからって寝ませんよ」

「俺も寝ないぞ!?」



 私だって往来で寝込んで連れて帰られるようなことはしない。息を吐きながら外出する準備をする。そういえば、知り合いに会うのではないかとか、ネッドさんのおっかけをしている女性たちに捕まるのではないかと心配したのは初めの数日だけだった。


 そもそも元から二人で出かけることも多かったから、知り合いに会っても特に何も言われなかった。あれ程ネッドさんをおっかけていた女性たちも、完全にいなくなった訳ではないがとても大人しいので前よりずっと歩きやすくなった。


 新しくできたというカレー専門店はそこそこに賑わっていて、その人気を裏付けるように出されたカレーはとても美味しかった。


―――


「美味しかったですね」

「そうだな、辛味も調節できるのは斬新だった」



 食べ終わったらいつもみたいに散歩もせずに家に戻った。たまにはだらだらと過ごすのもいいものだ。食欲が満たされると、我慢した睡眠欲がまたぶり返してじわりと体が重い。でも食べ終わってすぐに寝室に行く気にもなれず、クッションを抱えてソファにもたれた。



「いろんな種類があるみたいでしたし、また行きましょう」

「……デリ提供店になってくれないか交渉してみるか」

「いいですね、フィルに任せましょう」

「だなー。あいつ意外と食べ物に関して意地汚いから、頑張ってくれるだろう」

「意地汚いとは別でしょう。食に意外と貪欲なだけで」

「本当にどこに入ってんだろうな、あれ」

「締めのアイスも絶品でした」

「よかったな」

「食べればよかったのに」

「口の中を辛いままで終わらせたかったんだよ」



 ネッドさんの甘いものへの苦手意識は年々高まっているような気がする。昔は飴くらいなら糖分補給だと食べていた気がするんだけれど、味覚が変わったのかな。



「……じゃあ今日はもうキスできないですね」



 言ってから、何を言っているんだと少し目が覚めたけれど、もう口から出た言葉は戻らない。



「そういう話じゃないだろう!?」

「声が大きい」



 ここは流してほしかった。うとうとと気持ちよかった気分が一瞬で覚めてしまう。



「そういうことじゃないだろう、なあ」

「そんなに必死にならなくても。朝もしたじゃないですか」

「朝のは、あれは挨拶だろう」

「……」

「何か、怒ってるのか?」

「いえ、ただその、ちょっと意地悪がしたくなっただけです。ちょっと眠たくて」



 嘘だ。本当は何も考えてなんていない。眠たすぎて口が滑っただけだ。……キスができなくて残念だなんて、かけらも思ってない。



「俺はその意地悪に対して怒っていいのか?」

「したければどうぞ」

「し、しない」

「いや、私結構ネッドさんに対して理不尽なこともしているので、怒ったほうがいいですよ」



 これは、事実だ。ネッドさんは本当にいい加減、私を怒るべきだと思う。怒られたい訳ではないけど、全肯定されたい訳でもない。



「別にそこまで怒るようなことはしてないだろう」

「怒ってもいいのかって聞いたのに?」

「……なあ、本当に怒ってないか?」

「……ちょっと朝から体が重怠いんですよ。多分、ネッドさんのせいで」



 そう、今日は朝から怠かった。動けない程ではない、腰も痛いと騒ぐくらいじゃない。ただ、何となく怠い。そう言ってクッションに顔を埋めると、数拍の沈黙の後、重量感のあるものがにじり寄ってくる気配がした。



「なあ、ケイト。キスしていいか?」

「何でそうなったんですか」

「今すごくしたくなった」



 本当に何言ってるんだろう、こいつ。思わず顔を上げてしまったけれど、たまにネッドさんが分からなくなる時がある。でも、ネッドさんの目が想定していた数倍の真剣さを帯びていて、茶化すこともできなかった。



「……私、口の中、甘いんで」

「今すぐ口ゆすいで来るから!」

「ネッドさんがゆすぐんですか?」

「え、俺の口が辛いからしちゃ駄目ってことじゃないのか?」

「甘いの嫌だって言ってたじゃないですか」

「アイス食べるのとケイトにキスするのは次元が違うだろう」

「……キスだけですよ」

「分かった……!」



 眠たかったのに、もう心臓が煩くて眠れる気がしない。勢いのわりにそっと触れてこられると、自分がとんでもなく繊細な生き物にでもなったかのようで恥ずかしい。



「あああ、ケイト。好きだぁ」

「わ、私も、あの……」



 ……今日、家でゆっくりしたかったのは疲労回復が目的だった。けれど実は、デートに行くといつも嬉しいのだけれど、恥ずかしい思いをしていて心臓がもたないからでもあった。家でもこうなんであれば、あまり変わらなかったなあ、と思いながらもう一度目を瞑った。




読んで頂き、ありがとうございます。


実を言いますと、短編の遊撃騎士団~を書いていた時、これが書籍化するなんて思いもしませんでした。ひとえに皆様と関わってくださった方々のおかげだと思っております。本当にありがとうございました。


 大変恐縮ですが、よろしければブックマーク・評価などして頂けるととても嬉しく思います。よろしくお願い致します。

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