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遊撃騎士団特別部隊長ケヴィンによる観察

短編『遊撃騎士団副団長の恋の行方』の世界の話になります。

 最近、上司二人がお付き合いを始めたらしい。


 何か、気づいたのが遅すぎたらしく、インテリの同僚に『お前、本気か……』と引かれてしまった。いや、だって。別に『お付き合い始めました!』みたいな宣言もなかったし、仕事中はいつも通りだったし……。気づかないのが普通じゃないか? あの人たち付き合う前から距離感おかしかったし。そう言えば『ケヴィン、あれが普通だとは思うなよ』と諭されてしまった。


 俺は、遊撃騎士団というモンスター討伐専門の騎士団で働いている。名は、ケヴィン。元々は国の西部にある地方騎士団に所属していたが、色々あって遊撃騎士団に入団しなおした。ここは滅茶苦茶に居心地がいい。何せ、モンスターを倒せばそれでいいんだ。調子に乗ると団長に半殺されるけど、肉体言語っていうのも性に合っている。裏でぐちぐちやられるのは大嫌いなんだ。


 いつの間にか特別部隊長っていう役職を付けられてしまったから、昔より随分書類仕事が増えてしまったが、ここは分からないことはちゃんと教えてくれる上司や同僚がいるので何とかなってる。いやでも、普通の部隊長だった時よりも多くなってるから、やっぱりしんどいはしんどい。特別部隊長は団長副団長のすぐ下、つまりこの遊撃騎士団では三番目の役職ってことだ。俺は本当はずっと下っ端のままでもよかったんだけどなあ。



「ケヴィン、この前の中型モンスター討伐の報告書ってどうなってます?」

「……あ」



 特別部隊長は三番目に偉い役職だが、俺の他にも後二人、特別部隊長がいる。剛腕のヴァイオレットと技巧のフィルって言えば、地方騎士団にいた頃から有名でよく知っていた。そんな二人と肩を並べてるんだから変な気分だ。ちなみに俺に『お前、本気か……』と言ったのはフィルだ。



「あ、じゃなくて。いい加減にしないと、そろそろまた叱られますわよ」

「助けてください、ヴァイオレット様!」

「あら」

「ヴァイオレット、甘やかさなくていい。ケヴィンはネッド団長に殴られて初めてやる気を出すようだぞ」

「そんなこと言うなよ、フィル! お願い、助けて! お願い!」



 肉体言語のほうがいいって言ったが、でも殴られないにこしたことはない。殴られて喜ぶ類の人種ではないんだ。



「まあまあフィル、手伝ってあげましょう? 三人でやればすぐ終わりますわ」

「あああ、ありがとう、ヴァイオレットー!」

「ありがとうございます、だ。この愚か者。ヴァイオレットに手間をかけさせるな」

「うん……」

「返事は!?」

「はい!」



 ヴァイオレットは優しいが、フィルは俺に厳しい。俺にというか、フィルは男に厳しい。では女に特別甘いのかと問われると微妙なところではあるが、奴が女好きであることは事実だ。


 同じ特別部隊長ではあるが、俺が一番昇進が遅かったのと一番年下だから何となく上下関係的なものがある。まあ、その分こんなふうに甘えさせてもくれるので問題はない。中型モンスター討伐の報告書は本当にすぐに終わった。ヴァイオレットは優しいし、次はないからな、と言いつつフィルも毎回手伝ってくれるいい奴だ。小突かれたけど。すごく的確に急所を狙ってくるから結構痛いんだけど。


―――


 ああ、話が変わったけれど元に戻そう。上司の二人がお付き合いを始めたらしい。


「ケイト、あれどこまでやったっけ?」

「あれそれこれ、で分かるような人はいません」



 上司の執務室にさっき作った報告書を持っていくと、お付き合いを始めたらしい二人が一緒に仕事をしていた。いや、これは前からのことで、別に特別な光景ではない。


 でもさ、何でケイト副団長の執務室にネッド団長がいるんだ。普通お互い自分の執務室にいるもんじゃないか? という、当たり前のことに気付いたのは入団して暫く経ってからだった。入団して数ヶ月は疑問にも思わなかった。それくらいこの人たちよく一緒にいる。まあ、勿論別々に行動している時だって結構あるけど、でも一緒にいる。



「あれだよ、あれ。あれなんだって……。次やる、あの……出てこない……!」

「まさか地方騎士団との合同演習の企画書のことじゃないですよね?」

「それ!」

「それ、じゃなくて。あれは明日までに出す部隊考えといてくださいって言いましたよね」

「あ、そうだそうだ。それやらないとと思って」

「事務仕事はリスト作って順序立ててやってくださいとあれほど」

「ごめんごめん、本当に申し訳ない。何かいつもと違うことしなくちゃいけないのは覚えてたんだが」

「……はあ、思い出したのなら結構です。すぐにとりかかってください」

「おう、ありがとう」



 ……。いつも通りなんだよなあ。何かこう、お付き合い始めました、みたいな雰囲気が一切ない。何か変わったのかな、この人たち。



「どうしました、ケヴィン?」

「え、あ! 報告書! 持ってきました!」

「ケヴィンにしては期限より随分早かったですね」

「フィルたちに手伝ってもらったんだろうー」

「あ、あははは……」

「手伝ってもらおうと何しようと、提出さえできればいいんです。不備もないようですし、お疲れ様でした」

「あ、うっす!」

「ケヴィン、返事は?」

「ぁ、はい!」

「返事は癖付けとかんと大事な時にやらかすから気を付けておけよ」

「うす!」

「ケヴィン……」

「あ……」

「あっはははは!」



 言われた瞬間に間違う俺に対して、ケイト副団長が額に手を当てながらため息を吐く。ネッド団長は豪快に笑っているけど、俺は背中にどっと汗をかいた。



「返事は!?」

「はいっ!」



 本能が感じる恐怖っていうのはこういうことだ。ネッド団長は怖い。普段は気安くて優しい人だが、本当に強くて怖い人だ。絶対逆らっちゃいけない。ビリビリと細かく震える背中を奮い立たせながら口の中を噛んだ。


―――


 結局、あの人たちは本当にお付き合いをしているのだろうか。



「逆に何故していないと思うんだ、お前は」

「いつも通り過ぎて何も変わってないから」

「むしろあの人たちあれで何故、こんなに長い時間くっつかないでいられたんでしょう。そっちのほうが不思議だったのですけれど」

「そういうもん……?」

「そういうもんだ」



 昼休みの休憩室で肉マシマシのローストビーフサンドイッチを頬張りながら、フィルとヴァイオレットの話を聞く。うん、ここのサンドイッチ美味いな。また買おう。



「それにしてもどうしたんです、ケヴィン?」

「んあ、何が?」

「何がって、お前こそ恋愛のどうのこうのはいつもどうでもよさそうにしていただろう」

「あら、それは違いますわ、フィル! ケヴィンは今、気になる女の子がいるのですわよねー?」

「いやっ、だから、それは……」

「いや、お前、あれ本気なのか……」

「フィル、しっ」

「え、何?」



 ヴァイオレットがそのふんわりした雰囲気に似合わない俊敏さで、フィルの口を塞ぐ。行動の意味が分からなくて聞いてみたが、ヴァイオレットはにこりと笑うだけで何も教えてくれない。こういうことは結構あって、でも頭がいい二人には口では勝てないからいつも追及は諦めている。いいんだ、俺は。モンスターと闘えさえすればそれでいいんだ。



「何でもありませんわ。でもケヴィン、何か心配事でも?」

「……心配事っていうかさ、その、お付き合いしてる感じなくないか? このままだとネッド団長が愛想を尽かされるんじゃあ……」

「なんて可哀想なケヴィン。あの二人に毒されてしまって……」

「身近にいい例がないからな……。悪い例だったからな……」

「二人して頭を撫でるなよ」



 俺のほうが二人よりも身長は高いんだけど、座っているとよく撫でられる。二人よりも年下だからかもしれないけど……。成人してるし大男の部類なんだけどな、俺。まあ、二人とも騎士だからある程度ガタイいいし、ネッド団長がな、でかいから。俺が特別でかいイメージがないんだろうな。俺より十センチ近くでかい人って初めて見た。



「その心配の大体は杞憂だ、放っておけ。だたし、あれを手本とするんじゃないぞ」

「お手本とするなら、デューク団長かダニエルさんがよろしいわ。お二人共、奥様と本当に仲がよくていらっしゃって」

「お手本って、いやそういうんじゃないし……。大体俺、ダニエルさんはともかくデューク団長はそんなに知らなくて……」



 手本って、その、そういうのじゃない。確かに最近、ちょっと可愛いなって思う子と出会ったけど、そういうのじゃない。ネッド団長がケイト副団長に捨てられたら狂暴化しそうだなって思っただけで、気になってる子と仲良くなるのに参考にできたらいいな、とか、そんな邪なことは考えてない。


 後、デューク団長が分からない。デューク団長はネッド団長の前に遊撃騎士団の団長やってた人らしくて、今は王都騎士団で団長をやってる。何度か会ったこと、いや、見たことあるけどネッド団長が怖がるレベルのヤバい人って印象しかない。俺が入団した時はもうネッド団長が団長だったから、奥さんも知らないし。それからダニエルさんはこう、夫婦間の意思疎通が完璧過ぎて参考にならない。



「ヴァイオレットはあの手の男がいいのか?」

「あの手のって、あまりよい言い方ではありませんわね、フィル」

「ふむ、申し訳ない。で、どうなんだ?」

「そうですわねえ……。あんなに夫婦仲がよいということはお互いにお互いを大切にし合えているということだと思いますので、ああいう関係性には憧れがありますわ」

「そうか、参考になる」

「それはよかったですわ」



 俺にはネッド団長よりも、フィルのほうが分かりやすいんだが。これを躱すってことはヴァイオレット的に脈なしってことなのか……? でも、フィルは結構他の女の人とかにも似たようなこと言ったりするしな……。言葉遊びとかそういう高尚な遊びなのか? 分からない。俺にはもう何も分からない。ああ、気付いたらもうサンドイッチがない。もっと味わって食べればよかった。



「さ、そろそろお仕事ですよ。わたくしは警邏の付き添いですが、お二人は?」

「私は事務仕事だな」

「俺は……。……何だったかな?」

「お前はケイト副団長と一緒に第五から第十までの部隊演習の監視だ。忘れるんじゃない」

「フィルは優秀だなあ」

「お前よりはな」

「……俺にも、もっと優しくしてくれてもいいんだけど」



 フィルは親しくなかった時のほうが優しかった。初めから男女で扱いに差がある奴だとは思っていたけど基本的に敬語だったし、その時は俺も敬語だったと思うけど。



「あら、優しいじゃないですか。フィルは気に入らない人には、そんな予定知っていても教えてなんてくれませんよ」

「そうだぞ、感謝しろ」

「え、お、うん、ありがとう……?」

「よし」



 だから頭を撫でるなって。地味に痛い。フィルは技巧派だから力自慢ってほうじゃないけど、そこは腐っても遊撃騎士団の特別部隊長だから力が弱い訳でもない。我慢できないこともないけど痛い。


―――


 第五から第十までの部隊演習となると、かなりの大規模演習ぽく聞こえるけど参加するメンバーは限られているのでそうでもない。演習中に出撃要請が来た時、部隊の半分に装備の欠損や怪我人があるような状況は許されない。ついでにちょっとした差ではあるけど、第一から第十までの部隊にはそれぞれ得意とする動きがあって、それによって得意なモンスターも違う。


 まあ、じゃあほどほどにやれよってことらしいんだけど……遊撃騎士団にほどほどって言葉はないんだ。皆、結構力いっぱい殴り合うから。ああ、そうそう。今回の演習は素手でやることになっている。どんな状況下でもある程度の対応ができるように演習は素手、木刀、真剣をローテーションでやるのが遊撃騎士団の伝統らしい。



「全体的に新人たちの動きが少しよくなりましたね。……どこかの誰かがどこかの部隊の新人をしごいてくれたからでしょうか」



 記録係が付けた各部隊の記録を確認しつつ、ケイト副団長がそう言った。演習は今、予定通りにちゃんと終わって、今回の演習では第七と第八部隊がよく活躍していた。逆に第五と第十部隊は負傷者が多くて衛生班に連れていかれている。それを横目に俺たちはケイト副団長の執務室に向かった。



「いや、あの、それに関してはその……。フィルにもう殴られたんで……あの、反省はしてて」



 ケイト副団長がすごく遠回しに濁して言っている“どこかの誰”は俺のことで、“どこかの部隊の新人”とは、前に俺が特別訓練をした奴のことだ。ちょっと前に第三部隊の新人がふざけたことを言っていたので、そいつ自身の実力を軽く教えてやったことがあった。それがやり過ぎだったのだとフィルたちに怒られたんだ。


 その後、新人たちの中で俺が怖いって話が出回って……いや、上司が怖いのは別にいいけど、それで同じ目に遭わないようにとよく訓練するようになったらしい。



「悪いだなんて言っていませんよ。むしろそれでよくなったのだったらケヴィンの手柄ですね、と、それだけです」

「ですよね!?」

「反省を活かして、調子には乗らないように」

「はい!」



 その件を、ケイト副団長はもう怒っていないみたいでよかった。前の職場では同じことを何度もぐちぐちと言う上司がいて本当に面倒だった。今回みたいに俺にちょっとでも落ち度がある場合はまあ仕方がないのかなって律儀に反省してた時もあったけど、何か訳の分からん理由でもずっとぐちぐち言ってたから関係ないんだと思う。何かあっても反省はするとして、終わった話をいつまでもする必要はないんだ。本当に上司って大事だ。遊撃騎士団に入ってからそれを噛みしめてる。



「この記録と各部隊から上がってくる報告書をまとめて、そうですね……。五日後に提出を」

「承知しました」

「では、もう上がっていいですよ。お疲れさまでした、ケヴィン」

「何かお手伝いできることはありませんか?」



 ケイト副団長の執務室の机に珍しく少しだけ積んである書類を見て、手伝いを申し出てみる。多分、ケイト副団長にはいらないんだろうけど、俺の気が済まない。本当なら今日の部隊演習の監視は、俺一人でやるべき仕事だった。フィルやヴァイオレットなら一人で任せられるんだ。俺も二人と同じ特別部隊長で、実践の時は普通に三部隊とか任せてもらえるけど、こういう演習とか机仕事とかはまだ補助を付けてもらっている。つまり上司や同僚の仕事を増やしてるんだよなあ。特別部隊長になりたくてなった訳でもないけど、それでもいつまでもおんぶにだっこされていたくはない。



「ケヴィンの勤務時間は終わっているのでいいですよ。これは急ぎではありませんし、それにこの程度すぐに終わります。私を誰だと思っているんですか?」

「……我らが遊撃騎士団のケイト副団長です」

「その通り、気にせずに明日に備えて英気を養いなさい。何が起きるか分からないのがここ遊撃騎士団ですからね」

「はい!」



 格好いい。ケイト副団長、本当に格好いい。俺よりこんなに小さくて細いのに何なんだろうこの格好よさは。ヴァイオレットやフィルはケイト副団長のこと格好いいとはあんまり言わないけど、俺は正直、ネッド団長よりケイト副団長のほうが格好いいと思う。真面目に人間として尊敬できる。ネッド団長を尊敬してないって話じゃないけど、尊敬だとケイト副団長のほうが勝つんだよなあ。どっち派? って聞かれたら俺は迷わずケイト副団長って答える。



「ケイトー、今日の演習どうだった?」

「報告は規定通りにあげますが、ネッド団長、ご自身の業務は終わっていらっしゃるんですよね。この時間にここにいるということは、当然」

「今日締め切りの分は!」

「は?」

「あ、じゃあ、俺、失礼しまーす」



 ヤバい、これはヤバい。ヤバいって言うのは団服着ている時は止めておけって注意されて何となく最近使ってなかったけど、これはヤバい。ヤバい以外に言いようがない。


 ケイト副団長は優しくて相談にものってくれて早めに言えば仕事も手伝ってくれたりする素晴らしい上司だが、何度も同じことを繰り返すことは許してくれない。ネッド団長は今朝多分何か事務関係のことで怒られていたからこれは許されない。何で付き合いの比較的に浅い俺が分かることが分からないんだ、この人。



「え、ちょっと待とう、ケヴィンくん。ケヴィンくーん!?」

「あ、止めてください、止めてください。俺もう帰らないといけないんで、寮母さんに今日は早く帰ってくるように言われてるんで」

「待て、何だそれ。実家か? お前の実家は寮だったのか?」

「そうだったかもしれません」

「ケヴィンを巻き込まないでください。締め切りを守るのはいいとして、いつもギリギリにとりかかろうとするから締め切り間際に慌てることになるって毎回……」

「あ、あ、大丈夫。大丈夫だって、時間がかかりそうな案件はちゃんと進めたし、最近また大型モンスターの討伐要請とかないし。ちゃんとできる、ちゃんと」

「そういうこと言ってたらまた連続で湧いてくるから止めてください!」

「ごめん!」



 そう、何か最近平和だなーとか思ってたらドラゴンとか湧いてくるから本当に止めてほしい。いや、モンスターを倒すのはまあいいとして、その事後処理が面倒で。いつ何があるか分からない職場だから、俺もフィルたちにできることは後回しにし過ぎるなとよく言われている。……中型モンスターの報告書忘れちゃってたけど、基本的には俺も皆を見習って早め早めに処理する癖を付けている。今日はたまたまだ、うん。……俺もちゃんとしよう。そう心に決めつつ、そっとケイト副団長の執務室を出てドアノブに手をかける。



「ネッド団長がやる気にさえなればすぐ終わるようなものばかりでしょう、あの程度。今更なんですが、どうしてあんなに時間をかけるんです」

「体を動かしたくなっちゃって……」

「なっちゃって?」

「すみません」

「……はあ、もういいです。期限が過ぎた訳ではないようですし、出過ぎたことを言いました」

「いや、あの、ケイト」

「怒ってなんていませんよ。いくら仕事できても格好悪い人は格好悪いんだなって思っただけで」

「それとこれとは話が違うんじゃないかなあ!?」

「やだ、冗談ですよ」

「ケイト、ケイトちゃん。ちょっと話し合おう、ちょっとこっち向いて、ケイト!」



 扉を閉める直前、ケイト副団長の笑顔が目に飛び込んできた。耳にはネッド団長の悲鳴が残ったが、これはいつものことだ。俺は、いてもたってもいられなくて、フィルの執務室に走った。



「フィル!」

「煩い。私はまだ勤務時間内だ、静かにしろ」

「フィル! なあ、フィル! ネッド団長とケイト副団長はお付き合いをしていた!」

「……そうだな」

「何かすっごい、何か! こう! 幸せそうだった!」

「何を見聞きしたのかは知らんが、言葉の勉強をしろ」

「俺もそう思う」



 こう、表現方法? が分からない。でも、何て言うか、すっごく幸せそうな空間だった。ケイト副団長はケイト副団長のままだけど、可愛い女の子? みたいな。……恋ってすごい。お付き合いってああいうことなんだなあ。



「……いいなあ、俺も恋したい」

「してるんだろう?」

「いや、あれはだからその、可愛いなあって思ってるけど、でも」

「まあどうでもいいが、あれを参考にはするなよ」

「何で?」

「何でもだ。大体あれをいいものだと思うのか」

「幸せなのはいいことだろう」



 ケイト副団長もネッド団長も笑ってて、幸せそうで、すごくいい。ヴァイオレットたちが言っていたように仕事に支障なんてないだろうし、元々あの人たちお付き合いする前から二人でセットみたいなところあったし、何にも変わらない。



「……お前はあれだな。善良な子どものまま図体だけ大きくなっただけなんだろうな。その慈悲を百万分の一だけでもモンスターにやればいいのに」

「何だそれ」



 駆除対象に慈悲が必要なのだろうか。確かによくやり過ぎだなんだと言われてはいるが、ちゃんと息の根を止めておかないと奴らって生命力すごいから本当は毎回細切れにしたいくらいなんだよな。それにしてもフィルはたまに不思議なことを言う。フィルだってモンスター相手に容赦はしない癖に、俺にばっかり言うのはおかしい。



「気にするな。それよりもこれ以上無駄口を叩くなら手伝っていけ」

「いいけど、飯奢って」

「好きなだけ食べればいい」

「やった」



 事務仕事は好きじゃないが、仕事を覚えるのは嫌いじゃない。フィルに任せられている仕事は、まだ俺が触ったこともないようなものばかりだから結構楽しい。


 手伝いが終わって一緒に飯屋に行ったが、フィルは本当に瘦せの大食いだから知っているのに毎回地味に驚く。いや、フィルも騎士なんだから痩せてるって程でもないんだけど、何でこいつ俺より食べるんだろう。俺のほうが上にも横にも大きいんだけどな……。


 それにしても話は戻るが、最近、上司二人がお付き合いを始めていたらしい。自分の目で確認したから“らしい”っていうのもおかしいけど。何か子どもの頃に見た絵本の終わりみたいな雰囲気だった。『王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました』みたいな。現実はそんな生易しいもんじゃないって学生時代の友だちの誰かが物知り顔で言ってたけど、できれば末永く幸せでいて欲しいなって思う。


 ……ていうか、ネッド団長はケイト副団長に見捨てられたら文字通り死ぬだろうから、本当に、ずっと仲良くいて欲しい。ま、どちらにしろ、俺が心配するようなことでもないか。何かあったら俺はケイト副団長の味方するし。


 ……。フィルにはあの二人を参考にするなって言われたけど。俺もあの子と、あんなふうになれたらって、やっぱりちょっと思う。いいなあ、ネッド団長。ああー、俺もあの子と仲良くなりたい。


 ……意地を張って『あの子はそういうのじゃない』と否定してみたけど、やっぱりヴァイオレットに相談してみようかな。ちょっと、ほんのちょっとお話できるだけでもいいんだ。欲を言えばそりゃあお付き合いとかしてみたいけど、でもあの子、体格のいい人が苦手だっていう話だし。それに、でも……。


 でも、ケイト副団長がしていたような笑顔を、あの子が俺にしてくれたらって、思う。ああ、くそ、ネッド団長め! うまいことやりやがって! 俺も彼女欲しい! あわよくば、魔法使いのあの子とお付き合いしたい!


 ……やっぱり、ヴァイオレットに相談してみよう。


今回は遊撃騎士団の団員のお話でした。団長>副団長>特別部隊長(三人)>各部隊長(十人)>各部副隊長(二十人)>平団員 (たくさん)くらいおりますので、きっと彼らにも一人ひとり物語があったりするんでしょう。妄想が膨らみます。(作者は筋肉が好き)


読んで頂き、ありがとうございます。

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