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Capture.3 噂

「あんな怒ることないと思わない? ね~?」

「宿題やってなかった恋璃が悪いよ? 居残りに付き合わされた私の身にもなってよね」


 課題として出されていた英訳が終わるまで教室に残っていた恋璃。そんな彼女の隣で由夏は明日の予習を進めて待っていた。


 ゆえに下校時にはすでに日は落ちて、暗がりが広がっていた。

 とはいっても、繁華街のあたりまで来れば十分に明るくて人も多くいる。


「さきに帰っててもよかったのに」

「お目付け役が必要かと思ってね」

「ずるはしないってばー」


 写させてくれたらよかったのに――なんてぶつくさと言いながらも、恋璃が自分自身でそれを終わらせることを由夏はわかっていた。

 そんなことを本人に言う気は、さらさらないのだけれど。


 ただ、恋璃が昼に言っていた体調のことが気がかりだったのだ。


「ねえ、頭はほんとなんともないの?」

「んー、いまはなんともないし、大丈夫だよ」


 そんな会話をしながら着いた駅。

 駅前ビルの壁に設置されたビューイングがぎらぎらと輝いていた。

 恋璃はまぶしそうに手をかざす。


『CJDⅡっていうのは、具体的にはどういう病気なんですか?』

『10代、早ければ5~6歳ときわめて若い世代で広がっている感染症ですね。お子さんがいらっしゃるご家庭では不安もありますよね』

『そんなに若い方が……! でも、このまえの飛行機事故を引き起こしたという噂もありますが。その症状も私はこわいなーと思うんですが、そのあたりどうなんでしょう』

『そういったうわさ話もありますが、要するにきわめて若年性のアルツハイマー症状があるというのがWHOの見解と報告されていますね。発症を遅らせる薬品も認可待ちとのことなので、時期波も収まるとは思いますね』

『そうなんですねー。なにか感染しないための予防策とかってないのかしら――』


「……恋璃?」

「あ。ごめんね由夏。ちょっと気になっちゃって」

「ううん、ワイドショーみたいだね、最近多いよねCJDⅡの話題」


 一年ほど前から、徐々にではあるがその病気についての話題があがった。

 最初はネットから。

 そして、新聞、テレビと複数のメディアにまたがるようになっていった。


「でも、噂って本当なのかな」

「ん?」

「魔女病って言われてるの知らない?」


 由夏の口にしたその言葉を、恋璃もまた聞き覚えがあった。

 SNSのTLで流れてくる陰謀論じみた書き込みの中だっただろうか。

 コンビニに置かれたゴシップ紙だっただろうか。


 いずれにしても、その名前もまたCJDⅡという言葉とともに、日本中で浸透しつつあった。


「知ってる。でも噂はうわさだよ、それに――、もしそれが真実だとしても。無関係な誰かがやすやすと話題にするっていうのはわたしは違うと思うな」

「そうだね」


 定期券でもって、二人は改札を抜ける。

 エレベーターでホームがある25階まで上っていく。


 一極集中型的に増えすぎた人口。

 都内ではその人の移動手段としてあった従来の路線とは別に3次元的に解決策を打ち出していった。


 地上がいっぱいなら、空を走らせればいい。というものだけれど。

 とはいえ、科学が突如発展をしたものではなく、単に高層ビルをモノレールの路線として活用していくというものだった。


「寒むっ!」

「さすがに上にくると冷えるね、秋だもん」

「いや、もうこれ冬の寒さだって」


 25階に配置されたホームで、恋璃は短く詰めたスカートをのろっていた。

 しかもその理由が、そのほうが可愛いから。というもので、自分自身の考えなしなところをとくに恨んでしまう。


「カーディガン、貸そっか?」

「いや! いい、由夏が風邪ひいちゃうといけないし」

「んー、頭痛いなんて言ってた恋璃のほうが心配だけどなぁ」

「……だからそれは大丈夫だってば。一応持ってきてた痛み止めは飲んでるし」


 10分置きに入れ替わりで着くそのモノレールを二人で待つ。

 売店にある新聞の見出しにもCJDⅡの文字が見える。


 その隣にある雑誌には魔女という言葉。


「――サナトリウム?」


 その雑誌の表紙に並ぶ言葉のなかに見慣れない言葉があって、思わず恋璃は口ずさんでしまう。

 恋璃よりは博識な由夏がそれに反応した。


「かつて結核患者を療養させるときに使われていた建物の名前だね」

「へ~、さすが博識だねー」

「ただ本を読むのが好きなだけよ。ミステリーとかでもよく出てくるしね、あとは、最近CJDⅡの感染者のサナトリウムへの移送がはじまったって聞いたから――」


 先ほどの恋璃の言葉を思ってか、控えめにそう言葉を紡ぐ。

 サナトリウムは、由夏の言うとおり元は結核患者用の療養施設として全国に建てられたものだった。

 それから精神疾患患者や認知症など、さまざまな病気に対しても用いられた。それが魔女病の感染者に対しての措置として用いられたのは必然ともいえるかもしれない。


「それで、ね」


 恋璃は納得するとともに、治まることのない頭の痛みを紛らわしたくて自販機のまえに移動する。

 自身のためのペットボトルのコーラと、由夏へのレモンティーを購入しそれを取り出す。

 ひんやりとした感触がいつも以上に心地よく感じる。

 その感覚には既視感があった。


「たぶん、わたしいま熱出てるんだな」


 風邪をひいたときの感覚に似ていた。

 通りで。と。

 頭痛にたいしても合点がついた。


「恋璃、モノレールきたみたいだよ! 急いで~」

「あ、まってまって。はい。これ由夏のぶん!」


 手にもった紅茶のボトルを高くあげ、アピールをしながら駆け足で由夏のもとへと向かった。

 駅の手前、大きくカーブした1本のレールに沿って、まるで生き物のように這ってそれは止まる。


 4両編成の最後尾に乗り込むとき、同じく列に並ぶ一人の少女と目が合った。


 少女は恋璃よりもさらに幼くて、小学生5~6年くらいに見えた。夜の車両に乗り込むには若すぎる乗客だったため目立っていた。


 なにより恋璃の目に映る俯いたその表情が……どこか寂し気だったのが、気になってしまった。


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