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Capture.2 恋璃

     <6か月前・都内にある中学校にて>


 コートの広さは……たしか縦が18メートルで横幅は9メートル。

 でも、それは全体の広さで……。

 わたしがいま狙うべきは、その半分。相手コートの9x9の位置。


 それを最も遠いコートの端、9M手前から、射抜く。


 矢吹恋璃は、手にすっぽりとおさめたバレーボールを見つめて、以前になにかの漫画で読んだバレーコートの知識を思い出していた。

 

「……やば、恋璃がサーブじゃん」


 恋璃にとっては敵陣にあたるコートから声が漏れる。

 敵といっても、クラスメートで、友達だったりする。


 体育の授業中で、これはちょっとした遊びのようなもので、大会というわけでもなければ、バレー部の部活動中というものでもない。

 だから気楽なもの。


――だけどさ、いつでも全力で!


「そのほうが、楽しいじゃん!」


 恋璃から離れるように前に前に、回転するボールを天高くに投げる。

 そして、それを追うような跳躍。


 腕を高く伸ばし、綺麗な放物線を意識して腕を振る。

 指先から手のひらにかけて、スナップを効かせて。

 そのボールを打ち出す。


 知識のうえでは正方形の相手コートも、恋璃の視点からは縦は短く見える。

 もちろん、相手チームの選手がいるのだから。

 狙いはさらに狭くなる。


 だけど。


 後方のレシーバーとレシーバーの間。

 左からやや中に位置したところへ向けて、高い弾道からまっすぐに撃ち込まれたそれは。


「アウト……!」


 敵コートでリベロの選手が叫ぶ。

 それはアウトとなったという結果ではなく、アウトになるであろう。ことを味方に示した指示。

 触れるな。ってこと。


「由夏、……それは、甘いんだなぁ」


――その球、落ちるから!

 

 リベロの選手、由夏は恋璃とは小学校時代からの友達で、クラスのなかでもとくに見知った仲だ。

 だから目が合っちゃ瞬間に、まずい、と彼女も気づいたのだろう。


「ごめん! その球とりにいって!」


 しかし、その声はすでに遅かった。


 棒立ちとなるレシーバーの間を抜けたそのボールは。

 ライン手前でドライブ回転の効果で、直線から曲線へと変わる。

 そして、ライン際、その白線に触れるように落ちて、リバウンドした。


「ポイント! Bチーム」


 審判役の生徒がそう告げた。

 Bチームは、恋莉の割り当てられたチームで。

 このサーブはぎりぎり入っている。という判定だった。


「……ふふーん。これでセットポイントだよ~!」

「いや、ちょっと。無理だから。あんなのとれないし……!」

「無理じゃないでしょー、帰宅部の本気見せてあげるから! ほら、次は受けてみてってばー」


 レシーバーの子の泣きつく声に、調子づいて応えた。

 そして、線審が投げてくれて転がってきたボールを拾おうとする。


 ずしっと。した重さがあった。

 それは拾い上げたボールが急に重くなったとかじゃなくて。

 頭痛がした。


 それはズキリとした尖ったものではなくて、鈍痛だった。

 ズーンと沈みこむようなものだ。


「ありゃ……本気出しすぎちゃったかな。運動不足っぽいねー。帰宅部だもん仕方ないよね」


 大ごとだとは思わずに頭に手をあてて、トントンと叩いてみる。

 それだけで痛みは弱まった感じがして恋莉は気にしないことにした。


 再度、見定めるターゲット。


 人と人の間を縫って、射抜くため。睨みつけるように恋莉はコートを捉える。

 体育館の高い天井から無数の白熱灯がちかちかと照らしつけて、その瞳は白く輝く。

 その色が、微かに赤みを帯びて……桃色へと変化したのを検知した者はここにはいない。恋莉自身もまた。気づくはずはなかった。


「二本目、いっくよー!!」


       ***


 購買から少し離れたところにあるベンチに腰をかける。

 秋も深まる季節で、紅く染まった楓の木を眺めながらのランチ。恋璃自身は、とくにそういったことに趣や風流さを感じてはいないのだけど。


 その証拠に彼女の膝の上には買い込んだ菓子パンが置かれていて、彼女の目線もまた手にしたメロンパンに向いている。


 しかし、気持ちとは裏腹に食が進まないでいた。


(……頭痛い~。でも、メロンパンはおいしい――)


 体育の授業のあと、制服に着替えてから教室に戻ったタイミングで、また鈍痛が再発した。その痛みを引きずったままでの昼休みで。

 食べれば治る。というわけでもなかったと、わかったのが今だった。


「恋璃にしてはペースが遅いね? どうしたの」

「あー由夏か。いや~たいしたことじゃないんだけどね、なんかバレーのあとから頭痛くてねー」

「え? 頭大丈夫?」

「なんかその言い方、違う意味に聞こえるからやめて」

「あはは、でもほんとに心配だし保健室行ったほうがいいんじゃない?」


 だいじょうぶだいじょうぶ!

 そう言って、まだ半分ほど残ったメロンパンを一気に口に含んだ。


「……ふぐっ、水、水!」

「ちょ、ちょっと大丈夫?」


 由夏が慌てて手渡した紙パックのカフェオレを流し込み、事なきを得る。


「やっと落ち着いた~。ありがと! んーでも、やっぱ体調わるいのかな……のこり食べる?」

「いや。私もう弁当食べた後だし。それにそんな甘そうなのムリ」


 恋璃の膝のうえに置かれた『濃厚はちみつのカスタードデニッシュ』と『ダブルショコラドーナツ』を見て、げんなりとした声で由夏はこたえる。


「だよねー……。仕方ない、あと一個食べて。のこりは放課後にする」


 え? 結局食べるの? といった言葉を由夏は心のうちに仕舞って、恋璃がドーナツを食べ終わるのを待ちながら、風に吹かれて落ちる紅葉を見る。


「秋深しって感じね」

「……ふぐ」


 ドーナツを口に含みながら恋璃は相槌に首を縦にふる。


「でも不思議、たぶん枝から離れた時点でこの葉っぱはもう死んでるのに。でも落ちる瞬間まではまだ生命に満ち溢れてる」

「ふぐ、ごくん。……んー風に吹かれてるからじゃない?」


 ドーナツを飲み込み、恋璃はそう返した。


「まー、そうなんだけどね。なんか急に思っちゃったの」

「思春期てきな話題だねー。えっと。わたしはさ、落ちたあとの葉っぱも生きてると思うよ。土に還るまで、ううん。たぶんそのあとも。生の反対は死ではないし、そんな対になるものじゃなくて、もっと回ってるっていうか……うーん、わかる?」


 由夏は風に吹かれて靡く髪を抑えた。その隣でそんなことを物ともしないでいる恋璃。

 たなびく前髪の合間から由夏はそんな恋璃の目をみる。


――あれ? なんか……いつもと雰囲気違うような――。


 いつも通りの明るい笑顔のなかで、どこか大人っぽさが垣間見えた気がした。

 それはどこか寂しさを帯びているようにも思えて……心がざわついた。


 由夏はすぐにそれは気のせいだと判断した。

 それは底知れぬ不安に向き合うことを避けるためでもあった。


「そういう風に、サイクルになってるってことでしょ?」

「そうそう、さすが学級委員」

「馬鹿にしてる?」

「してないってば」


 生や死に深い感傷を覚えるほど、それは近くにあるものではなくて。

 だからこそ、恋璃も由夏もこんな学校生活が続くものだと思っていた。


「あ、チャイム、戻んなきゃだね」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り出して、二人は慌ててベンチをあとにする。


「いそご! 午後からは数学だったよね!」

「英語だけど」

「え? あれ? 宿題やってないよわたし――、ねー由夏~……」

「見せないからね、学級委員として不正は許せないので」

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