Capture.1 魔女
「ん~~~! やっぱり桃フラペおいしぃ!!!」
テンションの高さと比例した声量をあげる女子中学生。
その理由ははた目から見て明白で、有名なコーヒーチェーンの期間限定フラペチーノを口に含んだから。
大袈裟すぎるくらいのリアクションに、周囲の客は目を向けた。
「やめてよ 恋璃、大声出すの。――ほら。ほかのお客さんも見てるし、はずかしいな、もう」
ピーチフラペチーノを食べる女の子の対面、同じ制服を着た少女が冷めたように言う。彼女もまた同じものを食べているところだった。
「えー、夕は美味しいって思わないの? あんたも好きでしょ。甘いやつ」
「もちろん好きだけどさ。ボクは恋ほど羞恥心がないほうじゃないし、目立ちたがりではないんだって。それに――」
恋璃と呼ばれた高テンションな少女は、矢吹 恋璃。
そして、彼女のクラスメートで親友であるボーイッシュなほうが幡布 夕。
二人はこのカフェの最寄りにある女子中学校である日ノ裏女子中の生徒だ。
「それに、《《まじょ》》だから。っていうんでしょ?」
夕の耳元まで唇を近づけて、囁くようにそう告げる。
それまでの甲高い声とは打って変わった低い声は、どことなく闇を孕んだ異質な感覚を夕に植え付けていく。
抑えていた瞳の発色反応が思わず表れそうになり、夕は気を引き締めた。
「あ。いま抑えたでしょ! べつにこのご時世カラコンだってあるんだし。気にしなくたってさー。わたしは好きだよ? 夕のオレンジ色の瞳」
そう言う恋璃の瞳は淡い桃色に煌めく。
決してフラペチーノのその色が映り込んだわけではなく、彼女自身の瞳の発色によるものだ。
それは彼女の、彼女たちの感染した疾患による症状の一つだった。
感染者ごとに、違う特色を示す瞳の発光。
恋璃は桃色。
夕は黄昏のような橙色。
それは、恋璃が口にした通り。
まじょ……魔女であるという証拠のひとつだ。
だからこそ、本来であれば隠し通すものではあるのだけど。
矢吹 恋璃はその見た目の派手さから、カラーコンタクトっていうとってつけたみたいな理由で乗り切ってきた。
そして実際にそれを訝しがる者もいない程度には、その嘘は功を奏していた。
「あーはいはい。そういうわざとらしい《《好き》》なんてさ、女の子同士じゃ通じないんだよ。ということで、これかけといて」
「なにこれ」
「サングラス」
「なに、夕そんなの持ち歩いてるの!? 芸能人気どり?」
あざ笑う恋璃に対して、不満げに眉をひそめた夕は、もういい。と言ってそのサングラスを鞄に仕舞った。
瞬間、鞄のなかでカチャリと大きな音が鳴る。
それは夕が鞄の中に仕舞い込んだタブレット端末のガラス面に直接あたった音だった。
「いまの音、タブレット大丈夫?」
「へーき。だと思う……けど」
「ほら、わたしにぶー垂れてないでさ。持ち物大事にしないとー。夕の大事な商売道具でしょ」
はいはい、と軽く流して夕は自身の髪を結びなおす。
左右、二つに結んでいく黒髪、その毛先だけは緑色に染まっている。以前、罰ゲームで恋莉によって染められたもの。
「え? もう帰る系?」
「だって食べたでしょ」
「や、そうなんだけど。なんかほら、はなそーよ!」
「……学校でもさんざん喋ってなかった?」
「ほら、学校では言えないこと、とか!」
「たとえば?」
「恋バナ……? とか」
ため息一つ。
夕は束ね終わった髪の重みを感じながら、深くため息をついて首をもたげる。
そのリアクションには訳がある。
一つは、花の女学生とはいえ、二人は女子中で異性との出会いなど教諭くらいなものである点。
もう一つは恋璃が全く本心からその言葉を言っていないであろうことが、夕にはわかってしまうから。
「あ。夕~、いま心、讀んだっしょ?」
ちらりと夕ぐれ色に染まった彼女の左瞳の輝きを、恋莉は見逃さなかった。
それは夕が『症状を使った』ことを指すからだ。
ふたりの持つ感染症は、プリオン脳症の一種だと言われている。
クロイツフェルト・ヤコブ病……CJDと呼ばれる異常プリオン蛋白質により引き起こされる死に至る病。
そのCJDにきわめて近い、大脳皮質の変性からはじまる奇病。
発症後5年生存率は0.01%未満の致死的感染性疾患。
CJDⅡと銘打たれた、通称『魔女の病』の表向きの説明事項だ。
しかし、医学的にはありえない点が多い。
CJDの原因のような異常プリオン感染源が不明であること。
陽性反応を示すのはそのほとんどが15歳未満の少女であること。
そして、なにより各感染者ごとに異なる《《特異な症例》》があること。
いや……症状とは言っているがそれは、現代における医学の範疇を超えた《《奇跡》》を引き起こす現象。
――その奇跡とは、いわゆる《《魔法》》だ。
「はいはい、讀みましたとも。どうする? 場所かえる? ここじゃまずい話っぽいしさ」
とりわけ夕の症状は特殊なものではあるが、彼女の使う魔法は『サイコメトリー』……透視の魔法。
その力によって多少であれば、今しがた夕が恋璃にしたように、対面の相手の心を讀むこともできる。
魔法を使うことができるようになる疾患。などとは世間に説明がつかないことから、公にはされていない。
しかし感染者のなかには自ら制御できずに周りにその症状でもって危害を加える存在もいる。ゆえに《《噂だけが先行する》》。
「んー。ちょーっと待ってて!」
そう言って恋莉は席をたつ。
ターンさせるように踵を返す。きゅっと床にゴム底が擦れる音が鳴った。
身体の捻りにすこし遅れてさらりと流れる桜色の髪。
肩より少し上で切りそろえられたもの。
カウンターに向かった足先はそのままに。
上半身だけ振り向いて、夕に対してウィンクをする。閉じた左目と、開いたままの右の瞳。
その桃色の輝きが夕を捉える。
(――もう一杯、おかわりだけ、させてほしいな♪)
夕の脳内に、その言葉が浮かびあがった。
呆れたような仕草で夕は手をしっしっと恋璃に対して向ける。
そのジェスチャーを見て、どこか満足げに恋璃はカウンターに向かった。
そう、《《噂だけが先行する》》のだ。
彼女たちは《《魔女》》であると。
そして、噂は嘘とは違い、たしかな真実を孕んでいる。