「初めまして私。そしてさようなら私」
「まずは【先輩】を探すんでしたよね」
「うん。というか敬語」
「あ」
僕達は現在、IVIのIDを持った人物をフィクロの世界で探している。とはいえ、オープンワールドかつ、広大なマップだから簡単に見つかることはなく、手当たり次第にボスのところや、高難易度ダンジョン付近を観察している。
今は、風神雷神を元に作られたとされる荒れ地高原のボス、雷を操る馬ライトニングと風を纏う馬ハリケーンの二体の野外フィールド付近。ヘイトが来ないようにせりあがった岩の上から眺めている。
馬は今日はまだ討伐されてないうえ、割と最近のボス。それを逆手にとって、待機しているのだ。
「そうだ、万が一【あれ】と戦う時は気を付けてね、【あれ】の強さはデリータークラス……前戦った龍くらいだと思っていいよ」
「あの龍そんなに強かったんだ」
「あとでわかったんだよ……限度こそあるけど、討伐された回数によって強さが上昇する成長型でね。そりゃあ報酬もうまいわけだし……本当にあの時は酷いこと言ってごめん」
「それは終わったことですし、お互い様です」
「また敬語」
「うぐ……せ、先輩相手だとどうしても敬語が」
「いいんだけどさ、別に……シーカーとエルルに対してはタメなの気にしてないし、仲いいのもいいなあなんて思ってないし」
小さく聞こえたその言葉に少し違和感を感じた。本当の意味なんて分からない、先輩の感情も今はわからないから余計に引っ掛かって、変な空気が流れる。
「ご、ごめん変なこと言った。忘れて」
「え」
「いいから忘れてね。ほ、ほら、風神雷神の馬も戦闘モードに入ったみたいだし、誰か戦ってるのかも」
二頭の馬がいる方を指さす先輩。一方的に話を終わらせられたけど、黒色の鎧を纏った人物が一人で挑んでいるのが確かに見えた。
ただIDは離れすぎていてわからない。でも横から小声で見つけたと聞こえる。
「あれ……【私】だよ。間違いない」
「ID見えないのにわかるの?」
「ランク一位になると、優遇あってね、カラーリング変えれるの。リアルのフィギュア自体は変わらないから殆どの人は変えないみたいだけど、アナザーカラー憧れてたから……まあそういうことで、パラドクスセイバーの黒アナザーは世界に一個だけなの」
「パラドクスセイバー……?」
「パラディンの高防御力とスキル。エクストラセイバー……剣を扱う職で最上位クラスの職の火力とスキルを一つに合わせた職だよ」
「そんなんチートじゃ」
「エルルの職業、エンチャンターを思い出してみれば早いけど、このゲーム割とインフレしてるから。それを打ち消すのにネームド系とか、この間の龍とかいるの。あの馬も基本は二人じゃないと攻略できないって聞いたことある」
それを一人で挑戦してるってことは、それ相応にプレイスキルに自信があるってことか。あとはフィギュアの性能を過信してるってこともあるだろうけど、そうなってくると先輩の言う通り今戦闘しているのがIVIの可能性がある。
というか、そんなインフレばかりの世界に僕はいるのか……なんて言うか、あの龍の強さに怯えてたのがバカみたいじゃないか。まあ、初見だったから仕方ないと思うけど、一撃が即死級は恐ろしすぎる。
「……さすが【私】だ、もうライトニング倒した……」
「まじですか」
「うん。多分私よりプレイ上手いかもしれない」
考え事をしてるうちに、雷の馬を倒していたらしい。動きとか見ておこうと思ったけど、その暇もなくて、今度こそ立ち回りとか、しっかり見てみる。
円形に広がる戦場の中心で黒い騎士は止まっている。風を司る馬は高く唸り暴風を呼ぶ。それでもなお騎士は揺るがない。例え石が当たろうと、木が刺さろうと、揺るがない。
突然馬が姿を消した。先輩曰く、ハリケーンは空気に溶け込むことができて、姿を見えなくさせる効果があるという。それを教えてもらった束の間、馬の姿が黒い騎士の横に現れ倒れた。
「今のは……」
「パラディンのスキル、カウンター。発動したら動けなくなる代わりにあらゆる角度からの物理攻撃を受け流して攻撃するスキルだよ。パラディンのは攻撃力低いけど、エクストラセイバーの高火力で一撃で相当ダメージがはいる。そして怯んだ隙に、敵に剣を突き刺して」
横で何が起きたのか解説してもらいながら眺めていると、黒騎士は倒れて怯んだ馬の身体に剣を突き刺した。馬がまだ動いてることから急所を一突きではないのは見て取れる。
「パラドクスセイバーのスキル、アレイシスタ。対象の最大体力の半分を奪い取る割合ダメージを発動する」
突き刺しただけでも惨く感じるのに、先輩が止めていた言葉が耳をすると同時に馬に纏っていた風がふっと消えて呼び寄せた風は止んだ。
ただ強すぎるの言葉しか浮かんでこない。もしもあんなのに勝負を挑まれたらたまったものじゃない。
「流石と言ったところだね……ミカミ君、覚悟はいい?」
「な、なんの」
「ここまで来たんだから、わかるでしょ……あれを捕まえて問いただす」
先輩の眼はやる気に満ち溢れている。いつもは冷静で、でもおかしいくらいにふざけたり、時には自分の気持ちをちゃんと出せないあの先輩が凄く怒っている。
それだけ元々自分のアカウントを盗られて、知らない誰かが操っていることが嫌なんだろう。僕だって嫌だから気持ちが凄くわかる。でも異常な強さを前にして龍の異常な強さを思い出して足が竦む。
別に戦うわけじゃないとわかっていても、また足を引っ張ってしまう気がして動ける気がしなかった。
――先輩の方が辛いのに、僕がこれじゃあだめだ。
繰り返すけど、先輩の眼はやる気に満ち溢れている。そんな先輩が僕に協力を促してるんだ。今は足手まといかもしれないけど、僕の能力を買ってくれたんだから、期待に応えるしかない。
「わ、わかりまし……わかった。先輩が望むなら、僕はそれに付いてくよ」
「頼もしい限りだよ……よし、行こう!」
スッと立ち上がった先輩は僕の手を引いて黒騎士の元へと駆ける。
その間、ちらちらっとだけど円形の戦場を見ると、黒騎士が何かを待つように立ち尽くしていた。
嫌な予感がする。その予感が本当になったのはたどり着いた直後のことだった。
「待ってた。ずっとこの時を。初めまして私。そして、さようなら、私」




