「嫌悪感」
「おい誠、お前いつの間に彼女作ったんだよ」
「うん? 何のこと? 僕は彼女いない歴イコールだけど」
あの出来事から三日目の昼休み。購買にでも行って適当に昼を済ませようかなと思ってると、クラスの中で最もフレンドリーな爽やか系男子道草那紀が、驚きに溢れる鮮やかな黄色を浮かべて僕を呼んでは変なことを言ってくる。
僕を名前呼びなのはフレンドリーな性格だからなのと、同じ苗字が偶然にも同じクラスにいるからだろう。時々他の生徒とも話すことがあるがみんな揃って名前呼びだし間違いない。
もちろんもう一人の水上とはご先祖的なところまで正せば多分一緒だろうけど、血の繋がりはない。
「いや、ほれあそこにお前を呼ぶ先輩がいてな」
親指で指さした黒板側の教室扉。そこには見慣れた顔があった。それも今は会いたくない東条先輩。故に。
「ごめん、僕いないことにして」
「え」
「お願い」
「あ、いや、それは構わないけど、普通に居るって言っちゃったのと、こっち見てるから無理だと思うが」
手遅れだった。今は顔を見たくないし、話をしたくないのに逃げる場所が無くなってしまった。このままでは多分教室に入ってこちらに来るだろう。それこそ注目を浴びてしまいかねないし、困る。
「まあ何があったのかは知らないけど、あんな可愛い先輩が呼んでるんだから行ってこいよ」
「わかったよ……」
避けられないのなら仕方はない。購買に行くついでだと思って席を立って先輩の元へと向かう。もちろん僕は止まらず先輩の横を通って購買へと歩みを進める。
その様子に驚いた声が聞こえたが、しっかりとついてきていた。
「それで何の用ですか」
「えっと、その」
「話すこととか用事ないなら呼ばないでください。生憎僕は先輩のものでも道具でもないですし。はっきり言って迷惑です」
特に昨日今日の関係だ。逆にあんなことがあったのにこうやって会いに来るのは凄いし、行動力があるのはたしかだけど、迷惑なのは変わりない。今まで学校で会うことはあってもさほど話しなかったわけだし。
出会って間もない頃、先輩の色や表情でつい彼女の言いなりになってしまったことを踏まえて、なるべく前だけを向いて、足早に先輩の前を歩く。
「そもそも、何を言われても僕は戻るつもりはありません。返しましたよねハイランダー」
「そ、そう、だけど……」
先程から聞こえてるのはとても弱々しい声。本当に先輩なのか疑ってしまうほどにいつもの覇気は無く、歯切れが悪い言葉を紡ぐ。
「その、負担になってたのは、本当にごめんなさい。私、焦っちゃってて、多分、その、誤っても無駄なのは、わかるけど……それでも、君に……ううん、水上君じゃなきゃだめ、なの」
「話聞いてました? 僕は何を言われても戻るつもりはないです。先輩が自己中心的で僕のことなんて一切考えていない。それだけで離れる理由は充分ですし。先輩を信用しない理由にもなります」
ずっとミカミ君と呼ばれていたから、改めて呼ばれると少しびっくりしてしまうが、先輩の言葉からは反省の言葉が流れているのをしっかり聞き取った。僕じゃなきゃダメってのは誤解が生まれかねないけど、無視。
――何されようともう揺らぐことはないって言ってるのに。できれば距離を置きたいんだけどな。
次第にイライラが募り、当たってしまわぬように歩く速度を上げて離れようと試みる。でも諦めていないのかしっかりとついてくるのだから困る。これはもう直接困るからと、うざったるいからと言うべきなのか悩んでると先に購買にたどり着いてしまった。
「もう話すことはないです。これからここでお昼ごはん買って食べるんで、もういいですか」
「うん……またね」
最後まで暗い声色で言った先輩。『また』なんてもう来るはずないのに、諦めが悪いとしか思えない。
なんて思ってるなんてわかるはずもない先輩が直ぐにどこにもいかなかったのは、恐らく引き留めて欲しいからだろう。でもこれ以上話すつもりはなく、何も返事を返さずにいると、横目でもわかるくらいに下を向いて去っていった。
――次はお互いのため、先輩と関わらないようにしないと。
教室から一度階段を下りて一階の購買までの短い距離とはいえ、長く感じた先輩との重たい時間から解放されて、ついため息が零れる。
多分鏡で僕を見れば、嫌悪感のドロッとした紫色が浮かんでるだろう。見なくてもそう思うのは先輩に対してしっかりとした嫌悪感を抱いた自覚があるから。
だからこそ心にもう関わらないと誓い、パンを買って教室へと戻った。




