08 初回デート(前半) 〈美夏〉
デート当日の朝。私は落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりしては実に「この格好はおかしくないか」「どんなことを話せばよいか」なんて質問を何度も繰り返していた。
それに対して実は「大丈夫ですよ」と嫌な顔一つせず微笑みながら返してくれる。
そんなことを繰り返しているうちに家のチャイムが鳴った。
「き、来た」
家に迎えに来ると言っていたので来るのは当然なのだが少し慌ててしまう。そんな美夏を見て(しょうがないですね)という呆れと慈しみがこもったような目を向けながら、実がインターホンのもとに行く。
「冬夜です。美夏を迎えにきました」
インターホンから聞こえてくる冬夜の声に少し体が硬直するのを感じる。
「わかりました。すぐ出ると思います」
実がこちらをを一瞥して答える。その短い会話でインターホンの画面は消え、実がこちらをふり返る。
「冬夜さん来ましたよ」
「うん…本当に今の格好おかしくないかな?」
何度繰り返したのかわからない問答なのだがそれでも心配になってしまう。初めてのデートなのだから仕方なかろう。
「大丈夫。美夏ねえはいつもかわいいですけど今日はより一層可愛いですよ」
実が私の頭に着いたヘアピンに触れながら答える。
(ああ、そうだ。実が大丈夫だと言うんだから…)
5日間実と努力してきたのだ。覚悟は決まった。
「それじゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい」
笑顔で送り出してくれた実の顔はもう少し見ていたいと思ってしまうようなものだった。
「お待たせしました」
少し待たせてしまったので冬夜のもとへ少し小走りしていく。冬夜が私に目を移した後、少し沈黙を挟んで口を開く。
「えっと。そのニットのカーディガンすごく似合っていると思う」
この服装を用意してくれた実に内心で感謝を伝えつつ、こちらもお返しの言葉を返すために冬夜の服装へと目を移す。
(かっこよすぎかて…)
今日の冬夜の服装は薄い白のTシャツにデニスのジャケットを羽織り、黒のズボンをはくといった落ち着きを感じさせるもので実際の年齢よりも少しの大人びて見える。テレビで見ている俳優よりもかっこよく見えてしまうのは自分の好きな人だからなのだろうか。だが、ただかっこいいと伝えるだけでは足りないことを5日間で学んだ。そのことを思い出しつつ感謝とお返しを伝えるために口を開く。
「…ありがとう、冬夜もそのデニムのジャケットよく似合ってる」
そういうと少し目をそらしながら冬夜が言う。
「あ、ありがとう、えっと、じゃあ行こうか」
(あれ、このくらいの誉め言葉なんて日常茶飯事じゃないの?)
案外うぶな反応が少し気になったが冬夜が歩き始めたのでその疑問を頭の外に押しやり、冬夜の後をついて歩く。
「そういえば今日はどこ行くの?」
事前に聞いておいてもよかったのかもしれないが、実が「冬夜さんが考えてるはずなので任せましょう」と言っていたので今まで聞かないでいた。
「近くのショッピングモールにでも行こうかなって…嫌じゃない?」
嫌なはずがあろうか。せっかくの休日を私と過ごしてくれるというのに嫌なはずがあるわけなかろう。だがこの言葉をそのまま伝えるのでは5日間の小悪魔修行の意味がない。
「全然、えっと冬夜とならどこでも楽しいよ」
(うわ~はずかしい)
内心だいぶあざとい発言をしている自覚があるので結構恥ずかしかった。だがそれを顔に出せば小悪魔系にはなれない。反応を見ようと冬夜のほうを見ると子を誉める親のような目で見ていたので今の発言程度では、このイケメンには効かないのだと悟る。
そのあとは冬夜と学校の話をした。冬夜も美夏と同じ学校に通うことがわかった。終わりの見えない課題を思い出し少し気が重くなりかけたのだがやっていなかったのは自分なので仕方ない。でも引っ越してきたばかりの人間には少し手心を加えてくれてもよいのではないかと思うが実はしっかりと終わらせていて「帰ってきたら頑張りましょうね」と笑顔で言ってきたので頑張るしかない。実は教えてはくれるのだが直接手伝ったりはしないので帰ったら始まる地獄に気が滅入りそうになる。
そんなことを考えながら、冬夜と話をしつつ最寄り駅のバス停に着き、バスに乗っての移動を開始する。バスに乗ってからは漫画やアニメの話に話題が変わったのでショッピングモールに着くころには課題のことなんか忘れていた。
到着して(こんなものができてたんだなぁ)と久しぶりの自分の故郷の変化に内心驚きつつも今日来た目的を冬夜に聞く。
「それで今日見たいものとかあるの?」
「ああ、春物の新作でも見ようかなって」
(さすがイケメン)と思いつつも話を合わせる。
「じゃあ私も春物見ていいかな?」
「もちろん」
冬夜の返答を聞き、歩き始めたのと同時にスマホを素早く開き、実に{今どきな女子高校生が行きそうなお店と商品を教えてくれ}とのメッセージを送っておく。
目的の店に着くと慣れた手つきで服を物色し、少しして2着の服を持って試着室に入っていく。冬夜がいなくなってしまってから少し近くにあった服に目を移し
(あ、この服冬夜に来てほしいな、絶対似合う)
なんて思いつつも自分のセンスなんかあてにならないと思い、頭の中からその考えを追い出す。それと同時に冬夜が持っていた服の写真を急いで実に送りどのように褒めればよいか問う。さっき送った質問への返答はきていて助かったと思いつつ、さすがに一枚目の試着が終わる間に褒め方についての返信が来ることはなかった。
冬夜が試着室の中から出てくる。一着目の服はさっきまで着ていたデニムのジャケットに代わり、黒の長めのコートを着ていた。身長が高めな冬夜にはよく似合っていて、すらっとしたシルエットには最近見たアニメのキャラを彷彿をさせる。
(バカかっこいいんだけど…)
かっこよさにやられて脳が機能を停止しそうになるが舌を噛み意識を取り戻す。痛い。さて実からの返信を見ることはできないのだから今回は自分の言葉でほめなければならない。
「すごくかっこいい、本当に」
褒め方としてなっていないのは理解しているのだが、ショートしかけた頭で出てくる言葉はこの程度のものだった。
「そっか」と冬夜が言い、また試着室の中に消えていく。それと同時にスマホを開き、実からの返信を確認して、行きたいお店を見つけた方法がバレてしまわないように近くにあったパンレットを取りに行き、素早く試着室の前まで戻る。
「えっとどうかな」
そういいながら出てきた冬夜に目を向ける。今回のは確かにかっこいいのだが自分としてはさっきのほうがかっこいいと感じた。だが誉め言葉は先ほど実からのメッセージで確認済みだ。用意された誉め言葉をさも自分の言葉のように言う。
「すごくかっこいいよ、冬夜は背が高めだしそういう大人っぽいのもすごくよく似合ってる」
嘘ではないのだがやはり自分の言葉ではない。自分としては最初に着たほうがまた見たいのだがあんな褒め方ではだめだろう。そう思いつつ冬夜に目を向けると最初に着ていたほうを手に会計へと向かっていた。
「あの…本当にそれでいいの?」
後から思えば失言でしかなかったと思うのだがそれでも自分のセンスが彼と同じ結論を導き出したことに驚き、聞いてしまった。
「あ~、じゃあやめとこうかな」
少し残念そうに彼が言うので急いで彼の勘違いを訂正する。
「いや、ちがくて、似合っていないとかじゃないの、本当だよ」
(私のセンスでの判断でもいいのかな)
そう思うと最初に見ていた服を彼に着て欲しくなった。好きな人のかっこいい姿を見たいと思うのは当然だろう。素早く最初に見ていた服を手に取り彼に見せる。
「えっとじゃあ…そのこれなんてどうかな?」
やはり少し自信がない。そう思いつつ冬夜の返答を待つ。
「じゃあ着てみよっかな」
その返答を聞き、ついつい頬を緩ませてしまった私はまだまだ小悪魔系とは言えないだろう。
結局冬夜は最初に試着した服と私が勧めた服を買って店を後にした。
その後上機嫌に実の言っていた店を目指したのだが、幸福感で満たされていた自分には何を話したのかあまり覚えていない。何か話したかな?
その後目的の店へと入り、実に言われた通りの上下のセットを持って試着室に入る。周りの客が冬夜に目を奪われていたり、小声で「かっこいい」なんて言ってるのが聞こえたのでナンパ防止のために冬夜に言う。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
「あ、うん」
少し申し訳ない気がしたが許嫁なのだからこれくらいは大目に見てほしい。さっと着替えてカーテンを開く。少し試着室から離れて冬夜が立っている気がした。
「どうかな?」
「すこしボーイッシュな感じがしてかっこいいと思うよ。割と涼しそうだし」
さらっと言ってのけるのでやっぱ自分とは違うのだと思う。
「そっかぁ、わかった、ありがと」
そう告げてまた試着室の中へと入る。
(やっぱり私なんかじゃドキドキしてもらえないよね)
ちょっと反応があっさりしていたことを思い出し、わかりきっていた事実を再確認する。
「おまたせ~」
もう一枚の上下のセットに着替え再度カーテンを開ける。冬夜はスマホから私に視線を移し、少し黙る。
(やっぱ、そんなに似合ってない)
個人的にはさっきのより気に入っていたのだが、黙ってしまうくらいには似合わなかったのだと冬夜の反応が教えてくれる。
「すごい似合ってると思う」
淡々とそう伝えられる。一応聞いておこうと思い口を開く。
「えっと、さっきのと今のどっちがいいかな?」
結果はわかりきっていたのだがやはり少し気になる。これで最初に着たほうだと言われれば最初に着たほうはそこまで悪くなかったのだろう。そう思いつつ冬夜の言葉を待つ。
「今のやつのほうが個人的には好きかなぁ」
冬夜の言葉を聞き、気を使ってくれたのだと理解する。どちらも似合ってなかったのだが、美夏の好きそうなほうはどちらなのかを考え答えてくれたのだろう。
「そっか…」
そう告げて言葉を続ける。
「やっぱ今日は買うのやめとくよ…」
こんな風に気を使わせて、結局買わないのは申し訳ないが、お金の無駄遣いをするわけにもいかない。そう思い服を返そうとすると冬夜から声をかけられる。
「さっきさ、あんま言えなかったんだけど2番目に着た服本当によく似合ってたと思う、だからまた見たいと言いますか…」
(え、本当に?)
また気を遣ってるんじゃないかと思い冬夜のほうを見ると少し照れたような表情をしていた。
(ああ嘘じゃないんだ)
そう思うと急に嬉しさがこみあげてきてついつい笑みがこぼれた。
明日の18時に09話更新します。
よろしくお願いします。