07 初回デート(前半)〈冬夜〉
デート当日の朝。
身だしなみを光樹に言われていた通りに仕上げ準備を全て終えたところで隣の家の門の前に行く。少し深呼吸してチャイムを押す。
「冬夜です。美夏を迎えにきました」
「わかりました。すぐ出ると思います」
実の返答があって、しばらくすると扉が開き、中から美夏が出てくる。
「お待たせしました」
出てきた美夏は可愛らしく笑いながら、駆け寄ってくる。
(こういう行動ですら可愛いんだよなぁ)
もはや何してても可愛いと言ってしまいそうだが、事実可愛いのだから仕方ない。そんなことを思いつつ美夏の服装に目を移す。
今日の美夏の服装は白のレースがあしらわれたシャツにベージュのニットカーディガンを羽織り、ピンクのフレアスカートを合わせるといった、かわいさと上品さを感じさせるものだった。春の季節の最適解はこれなのではないかと思う似合い具合についつい見惚れてしまいそうになる。
(かわいいしか出てこない…)
内心そう思いつつも服装を誉めるときは具体的にとやれと5日間の準備の中で光樹に何度も言われたので何とか言葉を紡ぐ。
「えっと、そのニットのカーディガンすごく似合っていると思う」
光樹が見たら褒め方がなってないやり直しと言われそうな言葉だが初めてにしては及第点ではなかろうか。
「…ありがとう、冬夜もそのデニムのジャケットよく似合ってる」
「あ、ありがとう、えっと、じゃあ行こうか」
少し感じた照れくささをごまかすために歩き始める。
「そういえば今日はどこ行くの?」
「近くのショッピングモールにでも行こうかなって…嫌じゃない?」
「全然、えっと冬夜とならどこでも楽しいよ」
(ええ子や~、ほんと可愛すぎか)
正直内心デレデレしまくりなのだが顔には絶対に出さない。そこで光樹に託された会話のネタを一つ消化する。
「そういえば高校はどこ行くの?」
「あ、えっとね、紀葉高校だよ」
「マジか、俺も同じとこだ」
「そうなんだ」
実は事前に美夏の親に確認を取っていたのだが、さも今知ったかのようにふるまう。騙してるようで少し罪悪感があるが会話を持たせるための根暗男子のささやかなる努力なので大目に見てほしいところである。さて話をここで終わらせては光樹との5日間が無駄になってしまう。
「てことは課題とかやった?」
「うん、量が多くて少し困ってるけど…」
「あ~、俺も」
こんな感じで光樹に託された話の学校ネタをすべて消化しきったところで最寄り駅のバス停からショッピングモール行のバスに乗る。光樹が想定していたよりも速いペースでネタが消化されていったのだが、まあ仕方ない。
バスに乗った後は話のネタを漫画やアニメの話に持っていく。これも光樹に託された話のネタの一つだ。うまいこと会話ができないなら、なんとか自分の土俵に持ち込むということである。
アニメや漫画の話は思ったより膨らんだと思う。
バスでの時間をあまり長く感じないでショッピングモールへ到着する。まあバスの中では当然隣の席に座っていたわけで時折触れる彼女の髪や肩の感触にドキドキしていたのは言うまでもないだろう。
「それで今日は見たいものとかあるの?」
「ああ春物の新作でも見ようかなって」
(まあ正直全然興味ないんだけどな)
なんて思いながら光樹に言われた通りの返答をする。光樹曰く、王子様系になるのならば服装には気を使っているように振舞うべしとのことだ。
「じゃあ私も春物見てもいいかな?」
「もちろん」
(さらっと春物を確認したいというあたり、さすがこんだけおしゃれなだけあるよなぁ)
なんて思いながら光樹に言われたお店へと歩を進める。
「えっとどうかな?」
目的の服屋に着いて新作と書かれた服を手に試着室に入り出てくる。まあこの試着している服も事前に光樹がネットで確認しているものなのだが…。情けないとは思うのだが5日間しかなかったため服装のセンスまでは手が回らなかった。
「すごくかっこいいよ、冬夜は背が高めだしそういう大人っぽいのもすごく似合ってる」
さっきも一枚着て見せているのだがこんな風に褒めてくれるので気分が良くなってくる。
「そっか、ありがとう」
結局最初に来た一枚が一番美夏の反応が良かった気がするのでそれを持って会計へと向かう。
「あの…本当にそれでいいの?」
(あれ、やっぱそんな似合ってなかったかな?)
一番反応が良かった気がしたのだが勘違いだったのだろう。
「あ~、じゃあやめとこうかな」
「いや、ちがくて、似合っていないとかじゃないの、本当だよ」
美夏が慌てて言う。
(ならばなんで?)内心にうかんだ疑問を口に出す前に美夏が続ける。
「えっとじゃあ…そのこれなんてどうかな?」
近くにあった服を見せながら美夏が言う。
「じゃあ着てみよっかな」
その言葉に美夏が少し驚いた後に嬉しそうに頬を緩ませる。
(ああ、この顔が見るためならば王子様系くらいならなきゃな)
そう決意しなおすくらいにはまぶしい笑顔だった。
その後美夏に勧められた服と最初に試着した服を購入し店を後にする。
「それで春物を見たいって言ってたけどどこか行きたいお店とかあるの?」
「そうだなぁ、さっきパンフレット見ててちょっと気になったお店があって…」
「へえ、どこ?」
そう聞きながら美夏の持っているパンフレットに目を移す。冬夜からしたらパンフレットなど必要ないくらいなのだが、美夏は久しぶりにこの街に帰ってきたのでこのショッピングモールに来るのは初めてのようでわざわざパンフレットを手に入れていた。
「ああその店か、ならあっちだよ」
なかなかに大きいショッピングモールなだけあって目的のお店まではそこそこ距離がある。
(こういう時ってどういう話をしたらいいんだろうなぁ)
何か話のネタをと思い近くの店に目を移すが、今どきの高校生とは言えないほど、流行りのものがわからないので何を取り上げて話せばいいのかわからない。
結局何も話さないような状況のまま目的のお店へと到着する。
美夏も買いたいものは割と決まっていたのか店に入り少し服を見ただけで、物色するのをやめ2着の上下のセットを手にして試着室に入っていく。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
「あ、うん」
女性物の服屋なだけあってか男一人で店内にいるのは少し居心地が悪いのだが待っててと言われてはしょうがない。並べく試着室に近づいて待っているのをアピールしようと思い試着室の横に立つ。少しすると試着室の中から衣擦れの音がし始める。
(冷静に考えるとこの薄い壁の向こうで着替えてるんだよなぁ)
そう意識するとなんだか悪いことをしているみたいに思え、やはり試着室から少し距離を取っておく。
しばらくするとさっきとは違う服をまとった美夏が出てくる。
「どうかな?」
今美夏が来ている服はさっきまでのものとは違い少しボーイッシュなものになっていた。スカートではなくズボンをはいていて、上は少し襟ぐりが広めのものになっているため少し露出が増えた気がする。
(かわいいしか出てこない…Part2)
情けなくもそんな感想しか出てこないのだがさっきまであんなにも具体的に美夏がほめてくれていたのでそれに報いるために、光樹との5日間を思い出す。
「すこしボーイッシュな感じがしてかっこいいと思うよ。割と涼しそうだし」
「そっかぁ、わかった、ありがと」
そういってまた試着室の中に消えていく。
(今回は割とよく褒めれたんじゃなかろうか…)
そんな風に思いながら美夏がまた出てくるのを待つ。もちろん少し距離を取った状態で。
「お待たせ~」
少し試着室から離れていたのもあってか他の女性客の目が耐えられなくてスマホを見て時間をつぶしていたところに声がかかる。その声のほうに目を向けると呼吸が止まった。
(かぁわああああああああ)
出てきた美夏はさっき着た服とは打って変わってかわいさを全面に押し出した服装をしていた。パーカーとワンピースが合わさったようなデザインをしていて、パーカー部分が黒、ワンピース部分が茶色という暗めな色でありながら破壊力は抜群だった。
何か言わなくてはと光樹との5日間を思い出すがよい言葉が思い浮かばない。教えてもらったすべての誉め言葉もこの可愛さを表現するには全く足りない。
「すごい良く似合ってると思う」
ああ、なんと情けないことか…こんなことなら広辞苑でも丸暗記しとくっべきだったか。そんなバカなことを考えながら自分の中で反省する。
(でもこんなん誰だってこうなるだろ…)
自分のことを棚に上げて反省という名の言い訳をしている自分が情けない。
「えっと、さっきのと今のどっちがいいかな?」
美夏の質問で自己反省会を早急に終わらせ質問への返答を考える。ちなみにこの質問は光樹との5日間でも注意されていた。その際にはこの質問に対しての正解なんてないとのことだった。光樹曰く、この質問はすでに結論が出ているうえで質問されておりあまりこちらの意見など気にしていないとのことだ。だから気楽に答えろと言われていたのだがこの姿を見てしまったらそんなことも言ってられない。俺は何としても彼女がもう一度今の服を着るところが見たい。だが、あまり本気で言っている感が出ては気持ち悪くなってしまう。その結果…
「今のやつのほうが個人的には好きかなぁ」
なんてやんわりと伝える感じになってしまう。
「そっか…」
(あからさまに悩み始めちゃったじゃん、どうして俺は…)
内心でいくら思おうと美夏に届くことはないのに。
「やっぱ今日は買うのやめとくよ…」
美夏がそう告げる。
(ああ、やっぱそうなっちゃうよなぁ)
誰だってあんな返答であればどちらも似合っていなかったと取られてもおかしくはない。あわよくば伝わればいいなんて虫のいいことを思った時点で負けだ。漫画の中のキャラのようにスマートに言うことができればこんなことにはならなかっただろう。漫画の中?その言葉で自分が目指していたものを思い出す。
(あきらめていいのか?漫画の中の王子様系になると決めたのに…)
いいわけがない。やはり正直に伝えよう。王子様系はもっとスマートに伝えるんだろうが今の自分では無理だ。ならばせめて脇役の地味なキャラのように正直に気持ちを言葉にのせよう。
「さっきさ、あんま言えなかったんだけどニ番目に着た服本当によく似合ってた思う、だからまた見たいと言いますか…」
ああ情けない。本当に今日は反省してばかりだ。それでもこの言葉を聞いてうれしそうに服を買った美夏の笑顔を見たらそんなことすべてどうでもよく思える。
明日の18時に08話投稿します
よろしくお願いします