05 作戦会議〈冬夜〉
電話の向こうにいる光樹に宣言した翌日。冬夜と光樹は最寄駅の近くのカラオケに来ていた。
「で、王子様系を目指すとはいかに?」
カラオケの個室に入って開口一番光樹が聞いてくる。
「そのまんまなんだけど…」
「王子様系になるって唐突に言われて理解できると思ってんのか?自分の胸に手を当てて考えてみろ」
光樹に言われた通り一度自分の発言を反芻してみる。
(なるほど…意味わからん)
というか完全にやばいやつである。
「いや〜すまん、自分で考えてみても意味わからんわ」
「本当しっかりしてくれよ?そういう風にボケんのは俺の役割なんだから」
「お前の役割でもねーよ」
「まあ冗談はさておき、どういうことか一から説明してみろって」
若干冗談なのかどうか普段の態度を見ると怪しいところなのだが、話が進まないのでスルーしていく。
「いやな…俺昨日人生で初のお見合いをしたんだけど…」
「知ってる」
「そこで久しぶりに幼馴染に再会したんだけど…」
少し言うのを躊躇うが意を決して言う。
「人生で生まれて初めて恋をしたかも知れない」
「ああ、やっとか」
「え?」
結構重大な発言をしたように思っていたのに、光樹の反応が薄すぎて少し驚く。そんな感情が顔に出ていたのか、それに応えるように光樹が口を開く。
「お前が美夏を好きなことなんてとうの昔に知ってたわ、何言ってんだよ今更」
やれやれといった様子で光樹が笑いながら話す。まさかの自分ですら気づいていなかった好意を親友が先に気付いていた事実にあまり納得がいかない。
「あのなぁ、普通好きでも無い女のためにいちいち手紙を書き続けるはずなくね?それも9年間だぞ?」
「…確かに」
言われてみればその通りである。自分が好意的に思っていたことは分かっていたが、彼女を異性として前から好きだったという事実に気づき少し恥ずかしさを感じる。高校生になるまで恋もろくに知らない自分が情けない。
「でも、お前が美夏を好きなことと王子様系になることにどんな関係があるんだよ?」
光樹が意味がわからないという顔で聞いてくるので説明してやる。
「だから、俺が美夏のこと好きなのはわかったけど、美夏が俺のこと好きかどうかはわからないじゃん?だから、少しでも美夏の理想に近づこうと思って借りた漫画読んでみたんだけど、王子様系のイケメンがタイプっぽいんだよな、ほら」
スマホで昨日読んだ漫画の表紙を見せながら光樹に言う。
「あー、それか、俺も読んでるよ」
話が早くて助かると思いつつ話を続ける。
「美夏のタイプがそう言う王子様系ならなるしか無いだろ」
自信などあるわけがないが、彼女の隣にいるためにできることはなんでもやると決めたのだ。
「ところで本当に美夏のタイプはそっちで合ってんの?根暗系かもしれないじゃん?」
確かにその可能性もあるが、そっちは元々の自分の隠キャっぷりを思い出させるので、あまりかっこいいと思わなかった。陰陽祭とか言われてる人気投票でも毎回負けているようだし…
「確認は取れてないけど多分王子様系だろ」
「確認取った方がいいんじゃないか?」
「確認取ったらキャラ作ってるってバレるだろ…」
許婚がいるのに王子様系のイケメンを演じるとか、女たらしと思われても仕方ないだろう。しかも彼女の隣にいるために努力するのに、その努力が本人にバレると言うのも恥ずかしい。しかも新しくキャラを作ったことが知れれば中学時代の根暗な自分の情報が出てしまう恐れがある。それはなんとしても避けなくては。
「まあ、あんま納得いってないけど事情は理解した。でも…」
光樹が少し真面目な顔をしながら話を続ける。
「好きな人の前で自分を偽り続けるのってきついんじゃないか?大体の人がありのままの自分を受け入れてもらえる人を選んで、結婚するんだし…」
光樹の発言はもっともだ。俺と美夏はこのまま許婚が破棄されなければ結婚するのだ。であれば自分のありのままの姿を受け入れてもらうべきだと思うのも当然だろう。
「案外そのままのお前でも受け入れてくれるんじゃねえの?」
(受け入れてくれるか…)
確かに底抜けに優しい彼女ならばありのままの自分も受け入れてくれるような気がする。
でも…
「確かに受け入れてくれると思うけど…彼女の優しさに甘えるようなことはしたくない」
俺たちは許婚であるのだからそう簡単なことで別れるようなことはないと思う。不満があっても自分の中に溜め込んでしまうようなこともあるかもしれない。でもそんなことを彼女にしてほしくない。だから変わるのだ。彼女の理想に。
「う〜ん、まあわかったわ、で俺は何したら良いわけ?」
「王子様系ってどうやったらなれると思う?」
「いや知らんわ、そこノープランだったんかい」
「光樹に聞けばわかるかなぁって」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ…」
「頼りになる親友」
「こういう時だけ親友扱いしてきやがって…」
口では不満を漏らしつつも真面目に考え始める光樹を見て、本当にこいつと親友で良かったなと思う。
「まあまずは見た目からだけど…これはもう問題ないな」
今日の俺の格好を少し確認して光樹が言う。今日の服装は先日光樹と一緒に買った服を着ていて根暗さは微塵も感じさせない。
「次は…なんだろうなぁ」
漫画本をペラペラめくりながら光樹が言う。
「お、お前運動できたっけ?」
球技大会で活躍するシーンを見つけ光樹が聞いてくる。
「まあ普通」
「中学のころ特にできない種目とかはなかったよな?確か」
「まあ可もなく不可もなくって感じだったかな」
中学時代の体育の成績は5段階中4で特にできないというわけではなかった。
「単純な身体能力は?」
「走ったり飛んだりってことか?」
「そうそう」
「普通だったかなぁ、体力測定でも特に悪い種目みたいのはなかったし…」
唯一持久走が平均以下だった気がするがまあいいだろう。
「ほんと、オタクのくせになあ」
「うっせえな」
「でもあの親だもんな」
「ああ…」
なぜ根暗なオタクが運動能力で困らなかったかというと完全に母雪子のおかげ?せい?だろう。中学時代休みの日に、家に籠ろうとする冬夜を連れて多種多様な運動をさせた。そのおかげもあってかありとあらゆるスポーツを平均やや上の水準に保たれていた。
「まあ今となっては感謝だな」
「そうだな」
「てかそう考えると俺の親友割とスペック高かったんだなぁ」
「そりゃどーも」
「勉強もできるしな」
「まあな」
「まあどころじゃねーだろ、新入生挨拶するって主席ってことだろ?」
「そうだけど…」
「ばっちりお前の勇士をこの目に焼き付けるからな」
「やめろ」
春から光樹と俺は同じ高校に入る。中学時代には勉強を教えてやったりしていたので光樹が同じ学校に通うことは少し感慨深いものがあった。
「そういや、うちの中学からあの高校行くのって俺たちだけらしいぞ、よかったな」
光樹が思い出したように言う。
「まあ結構偏差値高いとこだし私立だしな」
「美夏たちはどこに通うんだろうな?」
「いや俺に聞かれても知らん」
「許嫁だろ?」
「許嫁でも知らん」
「じゃあ聞いてみようぜ、スマホ貸して」
正直あまり貸したくなかったが、今日は冬夜の都合に付き合わせているので渋々貸してやる。
「さんきゅ、全然話してねーじゃん」
トーク履歴を見ながら冬夜が言う。
「まだ交換してからそんな経ってないんだしそんなもんだろ」
「いやーないわぁ」
「そんなこと言うなら返せよ」
「悪い悪い、ささっと済ませて返すから」
あまり悪びれた様子がない光樹にため息をつきながらカラオケのドリンクバーを取りに行くため部屋を出る。
「返信返ってきたか?」
「いやまだ」
コーラを取ってきてを部屋に戻ると光樹がスマホを見ながら気のない返事をする。
「まあ、あっちも忙しんだろうし返信あったら教えてやるから」
そういいながらスマホを取り上げて画面を見ると
{4月1日デートに行きませんか?}
と書かれたトーク画面がそこにはあった。
「何してくれてんのお前」
「良かれと思って」
「良かれと思ってじゃねーんだよ、送信取り消ししな…」
送信取り消しを押そうとしたところで{既読}の文字がメッセージの横にうかぶ。
「既読ついちゃったじゃん!」
「大丈夫だ…問題ないって…多分…」
「最後不安になってんじゃねーか!」
俺と光樹が言い争っていると冬夜のスマホの通知音が響く。
メッセージが返ってきたことに少しビビりながら画面を確認すると
{いいよ}
その返信を見て黙る冬夜に、
「よかったな」
「うるさい」
光樹がニヤニヤした顔で言ってくるので少し小突いて、さっき取ってきたコーラを一気に飲み干した。
再度ドリンクバーへと行きコーラを取って部屋に戻る。
「それでデートの約束はできたわけだけど…」
勝手にやったのはやはり悪かったと思っているのか少し光樹が控えめに聞いてくる。
「もういいよ、まあいつかはこっちから誘うつもりだったし…」
「そっか」
「でもどうすんだよ、王子様系のイケメンって結局どうすればいいんだ?」
「ああ、それについてはもうこっちでしっかり考えてる」
このやる気を勉強の時に出していればと思ったが口には出すまい。
「さっきの話からお前はすでに王子様系になるだけの下地はできていることが分かった、つまり後は…性格や雰囲気といった直しやすいところだ」
「直しやすいか?」
超ド級の根暗を15年間続けてきた身としてはかなり難しいことのように思える。
「大丈夫だ…そのためにデートの日取りを5日後の4月1日にしたんだからな」
「さも自分のしたことを計画通りのように言うんだな」
「まあな」
(さっきまであんなに申し訳なさそうにしてたくせに)
「しかも4月1日なら少しのミスくらいエイプリルフールでごまかせるだろ?」
「確かになぁ」
よくもまあつらつらと言い訳が思いつくもんだと思いつつも光樹の言葉には同意しておく。
実際慣れていない王子様系をやるには最適な日だとすら思えてくる。
「じゃあとりあえずにそのデートに向けて性格やらを矯正していくのか?」
「いや、まあ確かにそうなんだけど…実際少し厳しいと思うから、少し会話の流れなんかも用意しつつまずはデートがうまくいくことを念頭に置いておこう」
「それで何とかなんのか?」
「実際王子様系って学校の中だけでとかだろ?そこらのショッピングモールとかでも多少話しかけられることはあってもがっつり話すわけじゃないし学校始まるまでにキャラ完成すれば大丈夫だろ」
「なるほどなぁ」
本当によく考えてくれている。光樹は中学時代陽キャだったこともあってか女子と続きそうな会話なんかをよく知っていてそれを俺に教えてくれた。また漫画本を広げながら女性のしぐさや言動、行動に対して王子様系ならばとるであろう行動なんかもわかりやすく教えてくれる。
そんなことを5日間毎日繰り返してデートの日を迎える。
明日の18時に06話出します
よろしくお願いします