03 お見合い〈冬夜〉
カーテンの間から入ってくる光で目が覚める。いつもはそんなことないのだが…
時計を確認するとまだ日が出てからそんなに経ってない。お見合いのこともあってかいつもよりだいぶ早く目が覚めてしまったようだ。再び眠りにおちようと布団にくるまるが、お見合いの緊張もあってかできそうにない。
(シャワーでも浴びよ…)
ベッドから身を起こし本格的に活動を開始する。
シャワーを浴びて、朝ごはんの準備をしていると母の雪子が起きてくる。
「あれ、もう起きたの?」
「目が覚めちゃったからな」
「あらあら、やっぱり美夏ちゃんに会えるのがそんなにうれしいのかしらぁ」
にやにやした顔で雪子がいってくる。
(こうゆうことがなければ普通にいい親なんだけどなぁ)
内心で不満を漏らす。
「ところで、朝ごはん食べる?」
食パンの袋を手に雪子に聞く。
「食べる」
「あいよ」
「にしても冬夜が朝ごはんまで用意してくれるなんてねぇ」
オーブンにパンを並べている後ろで雪子がニヤニヤした顔でこちらを見ていたが無視する。
その後朝食を済ませ、自室にもどる。
時計を確認するとまだだいぶ時間がある。
(次に来る漫画特集でも見とけば話のネタになるかもな)
と考え、漫画やアニメに関してのニュースサイトで見つけた記事に目を通す。男性部門を確認し自分が読んでいる作品が紹介されていることに満足する。そして女性部門に目を移し、自分が美夏にすすめようとしてる作品も紹介されていることに、自分の選択は間違っていなかったのだと安心する。見たことがない作品がないか確認していると人気急上昇中と書かれた漫画を見つける。その漫画は簡単にいえばまさに夢女子が好みそうな漫画であった。
主人公の女の子を二人の男が取り合うというものでその王子様系がともかくかっこいいらしい。どんなもんかと思い動画サイトに上がっているボイコミを確認する。
(美夏もこんな感じのが好きなのかな…)
なんて思っていると雪子から呼び出しがかかる。
「髪のセットは後でやるとして着物だけ着ときましょうか」
「着物着るのか?」
「そうよ、あたりまえでしょ?今日はお見合いも兼ねているんだから」
本当かと父の晶輝に目を移すと微笑まれた。どうやら雪子が勝手に決めたことらしいが、晶輝の様子から察するに拒否権はないようだ。母から着物を受け取り自室で着替えてくる。
「やっぱ髪短くしてよかったわね~」
着替えてきて雪子と晶輝に見せると、満足いく見た目だったのか嬉しそうに言ってくる。
「光樹君に頼んで正解だったわ、冬夜を連れ出すのに苦労すると思っていたけど割とあっさり連れてかれてたし、いい美容院も知ってるなんてさすがはイケメンね」
はっきり言ってイケメンは関係ないと思うが黙っておく。
「じゃあ昨日とおんなじ感じで髪セットしてきて」
いわれた通り洗面所にいき、髪をセットする。昨日やけに丁寧にセットの仕方を教えてくれたのは、光樹によって伝言があったからなのだろうか。セットが終わり部屋へ戻る。
一昨日までの冬夜の正反対といってもいい姿を見て雪子がうなずきながら笑みを浮かべている。
「じゃあそろそろ和室で待ってていいわよ、私が呼んでくるから」
時計を確認すると予定していた時間になっていて、緊張感が高まってくる。雪子に言われた通り晶輝と和室に移動して涼川家の到着を待つ。
しばらくして和室の扉が開かれ美夏の両親と実ちゃんが入ってくる。
そして最後に入ってくる姿を確認して息をのんだ。
そこにはまさに美少女と言う言葉をその身に体現したような少女の姿があった。その前に入ってきた実も確かに美人だった。だが美夏とは美しさやかわいさのベクトルが違う。肩くらいに伸びた茶髪をハーフアップにしていて、どこか気品を感じさせ、頭のヘアピンがかわいらしさを感じさせる。ショートヘアーが似合う人は本当に美人な人であるという話は本当のようだと、彼女を見たら誰もが思うだろう。形のいい大きな目は少し茶色がかっていて彼女の美しさに磨きをかけている。鼻筋が通っていて二次元なのではないかと思ってしまうほどだった。雪のように白い肌はきめ細やかで多くの女性が欲し努力しているものなのではないかと思う。顔全体で見ても、バランスがとれていて芸術品のような美しさと、わずかに残るあどけなさが矛盾せず同居している。身長は女性の平均程度でありながら、女性の理想といえるスタイルをしている。
そんな風に見惚れていると頭を下げられたのでこちらも慌てて頭を下げる。
「お久しぶりです。氷室冬夜さん」
耳心地の良い声で名前を呼ばれて脳が幸福感で満たされる。
「お久しぶりです。涼川美夏さん。」
なんとか落ち着きを取り戻し、脳を正常に働かせる。両親たちの様子はというと今回のお見合いは正式なものと言っていた割にだいぶフランクに会話し、旧知の仲を深めている。
「お久しぶりです、冬夜さん。私のことは覚えていないかもしれませんが、妹の実です」
「いや、ちゃんと覚えてるよ。美夏さんとの手紙でもたびたび出てきていたしね」
実は冬夜に挨拶をした後、両親たちのほうに挨拶をしに行った。
この場に残されたのは、美夏と冬夜のみ。
(こんな美少女と残されて何話せばいいんだよ…)
クラスの女子ともまともに会話したことのない自分が突然こんな美少女と残されても何を話せばいいかわからない。あっちもこちらの感情が伝わっているのか、ずっと視線が低く、目が合わない。
このままではまずいと思い、こちらから話しかけてみる。
「元気だった?」
「はい…」
なんてつまらない会話だろうとは思いつつも、こんな話しかできないので仕方ない。
(そういや、女性と会ったらまず服装を具体的に褒めろって昨日光樹が言っていたな…)
そのことを思い出して彼女の服装に目を移す。
彼女も今は薄い黄色の着物に身を包んでいて、どこか消えてしまいそうな儚さを感じさせる。着物の柄はシンプルなものであくまで彼女の魅力を引き立てるための要素でしかない。
「着物すごい良く似合ってる…と思う」
「…ありがとうございます」
彼女が少し驚いた顔をして答える。
(具体的に褒めるとか無理だろ…)
内心で愚痴をこぼしながら、光樹に褒めることは失敗したと心の中で報告しておく。
「あの…冬夜さんも大変よく似合ってると思います」
「ありがとう…」
褒められたことへのお返しかのように彼女も俺を褒めてくれる。たとえお世辞だとわかっていても喜んでしまうのは男のサガだろう。また少し沈黙があって、今度は彼女から話し始める。
「えっと…言われた通り私のおすすめを持ってきたんですけど…」
「ああ…ありがとう」
美夏が漫画本の入った紙袋を後ろから出して、冬夜に手渡す。
「えっと…俺も取ってくるから少し待ってて」
「わかりました」
自室に漫画を取りに行き、部屋の中で座り込む。
(可愛すぎてしんどい…)
今まで写真も見たことがなかったから、あんなに可愛いとは思っていなかったから、心臓に悪い。あんまり待たせても悪いので少し落ち着いたら、漫画本を持って、和室に戻る。
「お待たせ、はいこれ」
「ありがとうございます」
「好みに合うか分からないと思うけどよかったら読んでみて」
「はい」
やはり会話が続かない。こういう時に光樹の凄さを感じる。
「あの…光樹さんはお元気ですか?」
「あー、元気元気昨日も会ってきたよ」
「そうですか…」
「うん…」
(マジ会話続かねぇ、ヘルプミー光樹)
今この場にいない友人に助けを求めるが、当然どうにもならない。
(とりあえず話し方から距離を感じるんだよなぁ)
「あのさ、わざわざ敬語じゃなくていいよ、実際同い年なんだし、嫌だったらいいんだけど…」
「わかりま…わかった、冬夜」
懐かしい呼び方に彼女が本当に帰ってきてくれたことを実感する。
(にしても、こんな可愛い子と許嫁とか親には感謝しかねえなぁ)
そんな風に考えながら少し不安を感じる。こんな子と自分では不釣り合いなのではないかと、確かに見た目は多少改善したが彼女のような子の隣にいるべきはもっといい男だろう。
「今回のさ…お見合い本当は嫌だったりとかしないかな?」
「え?」
彼女が少し驚いた様子を見せる。
「実は親の言いなりで嫌なお見合いをやらされているんじゃないかと思ってさ…」
「そんなことない!」
少し強く美夏が言い、驚く。
「冬夜と許嫁であったことを嫌だと思ったことなんてない、ずっと手紙をくれていたこと本当に嬉しかった、あの手紙があったから私は…」
彼女の言葉が今まで自分がしてきたことは、無駄ではなかったのだと教えてくれる。
「本当に冬夜との結婚を嫌だと思ったことなんてないよ」
「…ありがとう、俺も美夏との結婚を嫌だと思ったことなんかないよ、手紙をいつも読んで、返事をくれてありがとう。俺と許嫁になってくれてありがとう」
心からの言葉だったと思う。それと同時に彼女の隣に立てるような男になろう、そんな決意が芽生える。一種の独占欲のようなものだったのかもしれない。さっきまでは彼女の隣にいるのが自分でなくても構わないと思っていた。自分にはふさわしくないと、だが今は違う、こんな自分を認めてくれた彼女のためにも変わりたい、彼女の理想の男になりたい。いや、なる。
その後しばらくしてお見合いは終わる。会話はそんなに続くことはなかったが気にはならない。これから変わるのだ。
(手始めに彼女が貸してくれた漫画でも読むか…)
彼女の理想の男になるとは決めたものの彼女の好みを知らなくては話にならない。彼女の好みがわかればいいななんて思いながら紙袋から漫画を取り出す。
紙袋の中の漫画は今朝ネットで見かけた漫画だった。
(やっぱ美夏もこういう感じが好きだったんだな…)
表紙に映る王子様系のイケメンを見ながら思う。今朝のボイスコミックを見ているときから思っていたが、やはり女子の理想とはこのような感じで、美夏とて例外でないのだと思いながら、一巻から読み始める。
しばらく読んでからなるほどかっこいいなと再度思いつつ、ハードルの高さにため息が出そうになる。そんな風にすぐに自信がなくなる自分も変えなくてはならないな、なんて思いながら光樹に電話をかける。昨日のことのお礼と今日の報告と決意を伝え、協力を頼むためである。
「もしもし?」
「おお、冬夜から電話かけてくるなんて珍しいな」
「そうかもな、とりあえず昨日のことは本当にありがとう、親も感謝してたよ」
「なんだよ水くさいな、親友の晴れ舞台の手伝い位させてくれって」
(本当にこいつと親友でよかった)
内心思いながらも照れくさいので言葉にすることはないので再度感謝を伝える。
「いや本当に感謝してる、ありがとう」
「どーいたしまして、ところでお見合いはどうだったん?」
「まあ問題なく…とは言えないかもだが何とかなったよ。あとお前のすごさを感じた」
「そうか、てか俺のすごさを感じるって何?俺なんもしてないんだけど…」
「まあそれはそれとして」
「なんだよ言えよ~、まあいいけど、で、美夏たちはどうだった?」
「マジでかわいかった」
「そういうこと聞いたんじゃないんだけど…、まあそっか、よかったな」
「マジ可愛すぎてヤバイ」
「それはもう聞いたって」
「元気そうだったよ」
「それを先に言ってほしかったんだがなぁ、にしてもそんなにかわいい子が許嫁なんて幸せもんですな~、まあ長年想い続けてたのを横から見ていた身としては本当に良かったなとしか言えませんわ」
「うん、そうなんだけど…」
「どうした?なんか心配事でもあんのか?」
「いや、確かに不安なんだけど、それはもうよくて、そんな彼女の隣に立つために決めたことがあるんだ」
「ほう?」
少し呼吸を整えるために一拍おいて電話に向かって宣言する。
「王子様系を目指そうと思う」
明日の18時に美夏視点の2話(第4話)出します