02 お見合い準備〈美夏〉
「何も変わってないわねこの街は…」
「結構変わってると思いますけど…」
「言ってみたかったから、言っただけだからいいの…」
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いたつもりが、バスの隣の席に座っている実には聞こえていたようだ。
今はイギリスから日本に来て空港から家に向かう最中である。
「ごめん…なさい」
「謝らなくていいって、気にしてないから」
笑いかけながら、ヘアピンが落ちてしまわないように実の頭を優しく撫でる。
(もっと普通の姉妹のように接してくれたらな…)
私と実が5歳の時に私たちは姉妹となった。
私や両親がそう接しろと言ったわけではないのだが、彼女は世話役のように私に接した。
最近では割と姉妹のように接することもあるのだが、すぐに謝ってしまったりとかは、今も昔も変わらない。
しばらくすると我が家の近くのバス停まで着き、自分の荷物を持ってバスを降りる。そこから少し歩いて久しぶりの我が家に到着する。
(我が家は何も変わってないわね…)
リフォームなどをしたわけでもないので当然と言えば当然なのだが、家の門の前に立って、我が家を見ると懐かしさが込み上げてくる。
少し隣の家に目をやれば彼の家があり、会おうと思えばいつでも会える距離に彼がいることに少し緊張する。
(久しぶりに会いたいな…)
そんなふうに思っていると顔に出ていたのか、後ろの実から声がかけられる。
「顔合わせは明日ですよ」
「え、そうなの?」
「はい、今日の昼頃には私たちの荷物も届くのでその荷解きなんかもしないといけないということで明日になりました」
「それなら今の時間にちょっと会ってくるくらいなら大丈夫じゃない?」
手荷物を自分の部屋に投げ込み彼の家へ行こうとすると実が服の袖を少し掴んで上目遣いでこちらを見ている。
「どうしたの?」
「あちらにも準備があると思いますし、突然訪問するのは良くない気がします。それに…」
少し言い淀んでから彼女は手鏡を取り出し、私に向ける。鏡には見慣れた地味な女の姿が映っている。
「私は美夏ねえはこのままでも十分可愛いと思いますが、ご両親はこのままの格好で冬夜さんに会うことを望んでおりません」
確かにその通りだ。この情けない姿を彼に見していいのかと聞かれると少し悩む。だが、かと言って慣れない化粧をしてみたりするつもりもない。
(どうしようかな…)
さっきまでは気にしていなかったが、言われてみると恥ずかしさが込み上げ、どうすればいいのかわからない。
不安が顔に出ていたのか実が、提案する。
「安心してください、近くの美容院を予約してありますから、まずそこに行きましょう」
親に言われたタイミングで予約していたようで、事前に私の見た目を改善する準備は整えていたようだ。私に伝えるのが遅れたのは、私の見た目が情けないのを彼女が言いづらかったからだろう。
荷物が届くのを待たないといけないと言うことで美容院は午後からのようだ。荷物の到着を待っている間に久しぶりの我が家の掃除をする。しばしば冬夜の親が、掃除と風通しに来ていたので、軽く掃除するだけで十分だった。
荷物が届き、軽く荷解きをしてから美容院へと姉妹二人で向かう。
「美夏ねえはどんな髪型にしたいとかありますか?」
「特にないかな…」
今まで髪は実に前髪を整えてもらう程度だったので、特にこれといってしたい髪型なんかはなかった。
「じゃあこれなんてどうですか?」
いつもより少し楽しそうな様子で実がいくつかの髪型の写真を見せてくる。実はイギリスにいた時から服装や髪形についても気を使っていたようだった。今の様子を見ると、彼女も花の女子高生のように、おしゃれに関して考えるのは好きだったのだろう。実曰く、私の隣に居続けるならば当然とのことだが、ただただ私の見た目がより情けなく見えていたような気もする。
いくつかの写真に目を通しながら実と私の髪型についての話をしていく。主に私が話を聞いていき嫌かどうかを答えるだけだったのだが…
「美夏ねえは今までずっとロングヘアーだったから、心機一転少し短めにしてみるのもいいかもしれないですね」
「でも短いと目立っちゃったりしない?顔も隠せないし…」
「髪が短いくらいで目立ったりしません、それに美夏ねえはせっかくかわいい顔してるに隠しちゃうのはもったいないですよ…」
少し残念そうな声で言われてしまう。実はいつも私の顔をかわいいと言ってくれるが、それはあくまで世話役のような妹としての言葉だろう。さっき鏡で見た自分の姿を思い出しながらそんな風に思う。かわいいとは実のような顔をした人に使うべき言葉だろう。姉としてのひいき目なしに、実はかわいい顔をしていると思う。バランスの取れた目鼻立ちに、長くても絡まることのない艶のある銀色の髪。髪と同じ色をした眼は少し鋭く、女性としての美しさを引き立てている。
「絶対に短くしませんか?」
再度残念そうな声で実が聞いてくる。実が普段何かを私におねだりすることはないのだが、今回は違った。私の見た目に関することだからなのか、できる限りよくしたいと思って言っていることが伝わってくるので無下にはできない。
「短すぎないくらいなら…」
私の返答を聞き、実の顔が明るくなる。
「これくらいなら大丈夫ですか?」とうれしそうな声で聞いてくるのがかわいくて、実の頭をなでながら彼女の質問に答えていった。
実との話し合いも進み、ある程度髪型も決まってきたところで目的のヘアサロンへと到着した。
「いらっしゃいませ~、ご予約はされていらっしゃいますでしょうか?」
にこやかの笑顔をしながら近くに寄ってくる店員に、実が答える。
「予約していた涼川なんですけど…」
こうゆうときに積極的に店員と話しに行ってくれるのは私が人見知りなのを知っているからだろう。店員にいわれた通りの席に向かう。
「本日はこちらの髪型にカットでよろしいでしょうか?」
席に座ったところで店員がヘアカタログを見せながら私に聞いてくる。席に行く途中で実が伝えておいてくれたようだ。
「はい、よろしくおねがいします」
「かしこまりました」
笑顔を崩さないまま店員が私にカットクロスをつけ、髪を切り始める。雑誌に目を移し髪を切り終わるのを待つ。
しばらくして頭が軽くなったのを感じながら頭を上げると、いつもとは違った自分が鏡に映っている。
「どうでしょうか?」
「あ、えっと、すごくかわいいと思います。」
「気になる点などはございませんか?」
「はい、大丈夫です」
私の返事を聞き店員が私のカットクロスを外し、シャワーに連れていく。しばらくして、シャンプーとリンスが終わり元いた席へと戻る。ドライヤーをしてもらい、少し毛先を整えてもらって今日の調髪が終わる。
「美夏ねえすごく似合ってますね。やっぱ髪を短くして正解でした」
私の姿を見て、実が満足そうに言う。実は私が髪を切っている間どこかに行っていたようだが、もう帰ってきていた。
「ありがとう、少し恥ずかしいけどそう言ってもらえてうれしいよ…」
自分の荷物を受け取り、支払いを済ませヘアサロンを後にする。その後、せっかくならとことん可愛くなりましょうと言う実に連れられ、コンタクトを買いに行き、服を二着ほど購入し、帰路に着く。
家についた時にはもういい時間だったので風呂に入り晩御飯を食べ、少し漫画を読んでそろそろ寝ようかと思ったところで実が私の部屋を訪ねてくる。
「今日は私のわがままに付き合っていただきありがとうございました」
「むしろこっちが感謝しないといけないくらいだよ、ありがとう」
素直に感謝の言葉を伝えると実が嬉しそうに頬を緩める。そんな姿が可愛くて頭を撫でる。
「美夏ねえは優しくて可愛くて、私は美夏ねえの姉妹でいることができて嬉しいです」
「私も実が姉妹でいてくれて本当に嬉しいよ」
「このヘアピンも美夏ねえがこの家に来たばかりの不安でいっぱいだった私にプレゼントしてくれたものです…」
頭についているヘアピンに愛おしげに触れながら実が言い、話を続ける。
「そんな優しい美夏ねえが今回お見合いをして、長年想い続けた冬夜さんと婚約者になれることが私は本当に嬉しいです…」
実は言葉を続けながら、ポケットの中から小さな紙袋を取り出し、私に渡す。
「そのお祝いと言うほどでもないのですが、私のヘアピンのお返しも兼ねて、これをどうぞ」
私は紙袋を感謝を伝えながら受け取る。
「開けてみてもいい?」
「はい」
実の返事を聞き、紙袋を開ける。中から、可愛いらしい小さな黄色い花を模したものがつけられたヘアピンが出てきた。
「可愛い…」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「つけてみてもいい?」
「どうぞ」
化粧台の前へと行き、ヘアピンをつけ戻ってくる。
「どうかな?」
「すごく可愛いです」
「実の選んでくれたヘアピンだからね」
「美夏ねえが可愛いです!」
「はいはい、ありがとう」
「美夏ねえはもっと自分の可愛さを認めるべきです」
自分の発言をお世辞だと思われたことに不服そうに、「本当なのに…」とこぼす実を見て、微笑む。
「ところで実は今何か欲しいものはないの?」
ヘアピンをもらったお返しに何かあげようと思って聞いた。
「特にないですね…」
普段から物欲が薄く自分が欲しいものはちゃんと自分の小遣いの中で買っている実にはこれと言って欲しいものがないようだ。
「なんでもいいよ、化粧品でもグッズでも」
「そうですねぇ…」
実が顎に手を当てて考える。考え込んでいる姿も絵になるのは、彼女が美人だからだろう。
「ものじゃないんですけどいいですか?」
「いいよ」
「じゃあ久しぶりに一緒に寝たいです…」
と、上目遣いで可愛らしいお願いをしてきた。
(私の妹可愛すぎじゃない?)
こんな風にお願いされて断る人間がいるわけがない。
「わかった、じゃあ一緒に寝よっか」
「はい…」
化粧台の上に二人のヘアピンを並べて置いて、ベッドの中に入る。小さい頃は二人で寝ても余裕だったが、今では少し狭く感じる。
(帰ってきたんだな…)
少し懐かしさを感じて、幼少期のことに想いを馳せていると、明日は顔合わせであることを思い出す。私の幼少期にはいつも冬夜がいたからだろう。
(やば…なんか緊張してきた…)
緊張からか少しずつ目が冴えてきてしまう。
「緊張してますか?」
実が私の手を優しく包みこむように握りながら聞いてくる。
「してる…と思う…」
「大丈夫ですよ。冬夜さんはこの家に来たばかりの時の私にも優しくしてくださいました」
「そうなんだけど…冬夜のことで緊張してるんじゃなくて、私自身というか…そんな冬夜に見合う自分になれてるのかな…」
なんて情けないのだろうか。自分から目立つことを避け地味になっていたのにも関わらず今更になって、不安をこぼす自分が情けない。
「大丈夫です。美夏ねえはだれよりも可愛いですよ」
「はいはい、いつもありがとう」
「いつも本当に思って言ってますからね?」
こんな自分が可愛いと言ってくれる実には感謝してるがいまいち実感がわかない。
「そんなに自分の可愛さが信じられないなら、とりあえず私のことを信じてくれませんか?」
「実のことはずっと前から信じてるけど…」
食い気味に実が反論する
「私はいつも心から思って美夏ねえを褒めてるんですから、それを信じないのは私を信じてないって言っているのと一緒ですよ?」
実がいたずらっぽい顔をしながら言う。
「大丈夫です。美夏ねえは可愛いです。だって…私のお姉ちゃんなんですから」
微笑みながら言う実に反論できない。
「…わかった。実を信じるよ」
私の返事に納得のいったのか実が満足そうな顔をしている。
「おやすみ実」
「おやすみ美夏ねえ」
明日の18時に冬夜側の2話目(第3話)上がります。
ようやくお見合い始まります。