01 お見合い準備〈冬夜〉
俺の許婚である涼川美夏が日本に帰ってきた。
すぐに会いに行こうとしたところを親に止められ、顔合わせは翌日に我が家の和室で行われることが親から伝えられる。彼女のことを考えた結果だというので何も言えない。
(帰ってきたらすぐに会いたかったんだけどな…)
誰にも聞こえないように愚痴をこぼす。
9年間も手紙のやりとりだけでお預けを食らっていたのだ。会えるようになったらすぐに会いたいと思うのが普通だろう。
今回の顔合わせはお見合いも兼ねているらしく、両家の親も同席することになっている。
本当にそう言う大事なことはもっと早く言って欲しい。
彼女の親は今回の顔合わせのためだけに日本に帰国しており顔合わせが済んだらすぐイギリスへと戻るそうだ。
とは言え高校が始まるまでの長い春休みの一日に暇な日ができてしまった。彼女が帰ってくるため朝早くから起きてしまったがやることがない。
自室に戻っておとなしくラノベでも読むかと思ってリビングから離れようとすると家のインターホンが鳴った。
(予定が変わって早く来てくれたのかな…)
そんな自分の希望が混じったようなことを思いながらインターホンのカメラへと目を向ける。
「来てやったぞ〜」
聞き慣れた男の声とともに見慣れたやつの姿が映っている。腐れ縁の光樹が突然訪問してきたのである。
「どちら様ですか?」
期待を裏切られて恨みを込めてぶっきらぼうにそう告げる。
「おいおい、休みの日にわざわざ会いにきてやった親友にかける言葉か?」
俺の八つ当たりに対して気分を悪くした様子もなく光樹が笑いながら言う。
「呼んでないんだが…」
「美夏じゃなかったからってそんなこと言うなって」
お見通しだと言わんばかりのニヤニヤした顔をしながら光樹が言う。
そう幼稚園からの腐れ縁であるこいつも美夏のことを知っている。俺が彼女に対して手紙を送り続けていたことを知っているためか、彼女への好意はバレているようだ。
「寝ぼけていらっしゃるようなのでお帰りください、では…」
「ちょい待てって悪ノリが過ぎたのは謝るからさ」
インターホン越しにでも聞こえるようなでかいため息をついてから
「マジで何しにきたんだよ?」
「わざとらしくため息をついたことについては触れた方が良き?」
「いいから要件を言え、マジで何しにきたんだ」
「冷たいねぇまったく…まあいいや、いやな、お前の親からお前を美容院に連れて行って、最高にカッコよくしてほしいって頼まれたんだよ」
「は?」
(何を言っているのだろうか、本当に寝ぼけてんのか?)
「だから、お前の親からお前を美容院に連れて行って、最高にカッコよくしてほしいって頼まれたんだよ」
「聞こえなかったわけじゃねえよ」
「だろうな」
「いや、意味わかんないって意味で聞いたんだが…」
「正直俺も電話来た時はビビったわ、でも要するに、明日の顔合わせまでにお前をイケメンにしてくれってことだろ?」
「いや、俺に聞かれても知らんのだが…」
「まあなんでもいいからとっとと出てこい、割と暖かくなってきたとはいえ家の前で長々と話すのは寒い」
「まだ行くって言ってないけど…」
「彼女に情けない姿を見せていいのか?」
「…」
そこを言われると辛い。確かに久しぶりにあった幼馴染がこんなにも根暗な格好をしていたら彼女はどう思うだろうか。
手紙で話していた感じかなり優しそうな彼女のことだから露骨に嫌がったりはしないだろうが、徐々に距離を置かれるようになって、やがて許婚破棄を言い渡されてしまいそうなくらい今の見た目は情けない。
「中学の時は別にお前がモテたがってたりとかもしなかったから何も言わなかったけど、好きな女の前でくらいカッコつけるべきだと思うぞ」
光樹がまともな事を言っているのに思うところはあるが言い分は間違っていない。むしろ冬夜のことを気遣って言っているのだろう。
中学時代にはオタクでありながらも陽キャであった光樹は、中学の頃そこそこモテていた。髪は俺よりも長かったが、その髪を後ろで縛っていて、平均身長やや上の俺よりも10cmほど高い。顔もかなり整っていて冬夜のように目つきが悪いわけでもないのでちょこちょこ告白されているところを目撃していた。
そんな彼が言うとっておきの店なのだから冬夜の今の情けない姿もどうにかなるのかもしれない。
そんなことを思いながら「今から出る」とインターホン越しに光樹に告げてカメラを切る。切る直前やつがニヤニヤしていた気がするが気のせいだろう。
その後、財布、スマホ、鍵などをバッグに詰め込み、部屋着の上にパーカーを羽織って、家を出る。
「こりゃ、美容院の後は、服屋も行かなきゃか…」
俺の格好を見て光樹が言う。
「うっせえなぁ、ただ美容院行って帰ってくるだけなんだから別にいいだろ…」
「そうゆうところなんだろうなぁ、せっかく目鼻立ちとか整って産んでもらってんのにもったいねぇなぁ」
俺の前髪を軽く上げながら光樹が言う。
正直、かなりモテている光樹から言われても嫌味にしか聞こえない。
「ほら、さっと行って、すぐ帰ってくるぞ」
会話をやめて美容院に連れていくように催促する。
「へいへい、仰せのままに」
まだ若干言いたそうなことがあるそうな様子だったが、これ以上冬夜の機嫌を損ねると行かなくなると判断したのか、美容院へと歩き始めた。こうゆうとこで引き際をわかっているのは腐れ縁であるが故だろう。
目的地である美容院は、最寄駅の周辺にあり家から歩いて20分程度で到着した。
「いらっしゃいませ〜、あら、光樹ちゃんいらっしゃい」
「武さん、急な予約になってすみませんでした」
「いいのよ、全然。むしろイケメンならばいつでも大歓迎よ、あと秋ちゃんて呼んでっていつも言ってるでしょ?」
筋骨隆々なオカマっぽい店員と光樹が親しげに話をしている。この小洒落た美容院が光樹の行きつけの美容院であることは事実のようだ。
「で、そっちの子が光樹ちゃんのお友達の冬夜ちゃんね?」
「どうも…氷室冬夜です。」
軽く頭を下げて、挨拶をする。
「どうも〜、Autumn Cropの店長の秋穂武です。秋ちゃんって呼んでね。冬夜ちゃんは光樹ちゃんとは違ったタイプなのね」
「そうなんですよ。こいつ俺といるのにめっちゃ暗いから、せっかくイケメンなのに全然モテないんすよ」
俺の顔を武さんに見せるように前髪をあげる。
「光樹ちゃんには本当感謝だわ〜、手のついてない磨けば光る原石ほど燃えるものはないわ」
(商売上手な人だな…俺がイケメンとかありえないだろ…)
秋穂と光樹の意見を内心否定する。
「今日はカットをお願いしたいんですけど…」
「はいは〜い、どんな髪型にしたいとか希望はあるかしら?ないならこっちで決めて切っちゃうけど」
今まで見た目に気を使ってこなかった人間に願望などあるわけなく、武さんにお任せすることにする。
光樹がヘアカタログを持ってきて武と、冬夜の髪型について相談始める。
(もう二人に任せとけばいいや…)
そんなふうに思いながら武に言われた席に座る。
「ところで、光樹ちゃんは髪切るの?」
「あ〜、じゃあそうだないい機会だし俺もさっぱり切ろうかな…」
「オッケー、確かにちょうどいい機会だもんね。じゃあ冬夜ちゃんの髪型相談が終わったら、そこの席に座ってね」
しばらくすると相談が終わったのか、光樹が隣の席に座り、武の視線がこちらに移る。光樹は隣の席に座っているが、それぞれ席が区切られているのでお互いの姿は見えない。
「お待たせしました、冬夜ちゃん。光樹ちゃんと私で決めちゃったけど、誰が見ても惚れるようなイケメンにしてあげるから安心してね」
「えっと…よろしくお願いします」
「そんな緊張しなくても大丈夫よ、じゃあ始めるから漫画でも読んでて、光樹ちゃんも隣で漫画でも読んで少し待ってて」
言われた通り漫画に目を移す。髪が切られ始めて少し経ったタイミングで、武から声をかけられる。
「ところで、冬夜ちゃんはなんで今回髪を切ろうと思ったの?高校デビュー?」
「えっと…その…高校デビューとかではなくて、久しぶりに会う幼馴染と明日顔を合わせることになっていて、彼女に情けない姿を見せるわけにもいかないので…」
適当に誤魔化すこともできただろうがその必要もないので正直に話す。
「答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど、冬夜ちゃんはその子のこと好きなの?」
(好きなのだろうか?)
長年手紙のやりとりを続ける中でかなり自分と趣味も合い、話も合うこともあり好ましく思っているのは確かだろう。だが女性として好きなのかと聞かれると答えかねる。実際に9年もあっていないわけだし…
「人として好ましく思ってはいます。」
「そう…」
少し考え込んでから隣の席にいる光樹に話しかける。
「光樹ちゃん…」
「はい?」
「あたし今回はマジの本気見せるわ」
「俺の時もそれくらいの本気でお願いします」
光樹が苦笑まじりに答える。
俺の返事を聞いてからなぜかやる気に満ちあわれ始めた武さんによって髪が切られ始める。その後漫画を読むことに戻って少しすると切り終わって、シャンプーとリンスーをする。その後武さんが髪のセットの仕方を解説しながら、髪がセットされていく。
「出来たわ」
武さんの満足そうな声を聞いて、鏡に目を向ける。前髪が目を隠すことがなくいつもよりひらけた視界で自分の姿を見る。
(誰だこいつ…)
もはや他人レベルで見たことのない姿の男がそこにはいた。
「おお、流石は武さんだな。隠キャだった冬夜が見る影もない」
シャンプーが終わったばかりなのか、髪が濡れている状態の光樹がわざわざ見にきていた。
光樹もバッサリと髪を切っていて、爽やかな好青年に見える。少しチャラく見えるのは髪の色が明るめだからだろう。
「うっせえなぁ、とっとと髪乾かしてこい」
「へいへい」
光樹が隣の仕切りの中へと消える。
「冬夜ちゃんはお気に召したかしら?」
「あ、はい。自分じゃないみたいです」
「でしょう?あたしの本気見せてやったわ。これなら情けないなんて思わないでしょう?」
(確かに見た目だけ見れば、中学時代の隠キャはどこにもいないな)
「女は自信のある男に惚れるものよ。だから自信を持ちなさい」
武さんに軽く背中を叩かれる。
「そうそう、いつも言ってっけどお前はちゃんとイケメンだって」
髪を乾かし終わり、セットも終わった光樹が出てきながら言う。割と真剣な感じで言われてしまい誤魔化すように武に視線を向ける。
「えっと、それで今日の分はいくらですか?」
「今日の分は卒業祝いと入学祝いも兼ねてタダでいいわよ。面白い話も聞けたしね。ただ今後もAutumn Cropをご贔屓にね」
「ありがとうございます」
(本当にオカマじゃなかったらめっちゃモテるんだろうなぁ)
「え、今日無料でいいの?今月若干ピンチだったから、マジ助かるわぁ」
「光樹ちゃんは前回の誕生日で割引きしてあげたからダメよ」
「なんでや、俺も卒業して入学もするのに…」
と、少し文句を言いながら財布を出してお代を払う光樹を見ながら
(やっぱ商売上手だな…)と再度思う。
Autumn Cropを出た後は光樹に連れられ、眼鏡屋に行きコンタクトを購入した後、服屋に行って2着ほど購入して帰路に着く。
「じゃあ明日頑張れよ」
「おう、疲れたけど今日は諸々サンキュ」
家に帰って親からも別人かと思われたが、風呂入って、晩飯と食って、ベッドに入る。
(いよいよ明日だな…)
期待や不安が入り混じった感情の中、夢の中へと落ちていった。
明日の18時に2話(美夏側の1話目)投稿します。