命を吸う女優
坂本良太郎と飛鳥蘭子と言えば、一昔前の映画界ドラマ界のドル箱コンビだった。
典型的な美男美女で、文芸作品からコミックまで多くの名作で恋人同士を演じて来たものだ。
坂本良太郎の方は、ぼくより十歳くらい年上だったはずだ。
恋人を演じる年齢を過ぎると脇役に回ったりしていたが、最近は見かけなくなった。
驚くのは飛鳥蘭子の方で、デビュー以来、実年齢は明かしていないが、未だにドラマなどでは全盛期と同じような美女を演じている。
舞台では、セーラー服を着て十代の乙女役もやっているそうだ。
高校時代からぼくは彼女のファンだったのだが、先日、初めて実物とお会いした。
春からのドラマで夫婦役をすることになり、テレビ局でその顔合わせをしたのである。
芸歴から考えてもぼくより絶対年上のはずなのだが、並ぶとぼくより若く見える。
ほとんど化粧もしていないのに、傍で見てもしわひとつないのだ。
整形などでごまかしている風でもない。
本当に艶々した肌だ。
「これから、半年間、ふつつかな嫁ですがよろしくお願い致します」
昔、スクリーンで見た大きなキラキラ光る瞳で愛想よく彼女が言った。
「こちらこそ、よろしく。本当に、いつまでもお若いですね」
お世辞でなくそう言うと
「…秘密があるの」
謎めいた笑みを浮かべ、ぽつりと彼女が答えた。
その秘密というのを訊きたかったが、マネージャー女史に呼ばれたので場を離れる。
「坂本良太郎さんからみぶさんに電話です」
マネージャー女史が携帯電話を突きつけた。
「はい、みぶです」
「(しわがれ声で)ああ、みぶさんですか。坂本です。はじめまして。
あなたにお話があるんで、明日にでもお会い出来ませんか?」
全盛期から想像も出来ないようなしわがれた声だった。
坂本良太郎さんから指定された古い喫茶店はすぐに見つかった。
店に入ってみたが、客は二人しかいなかった。
カウンターで雑誌を読んでいる中年の婦人と、奥の席でタバコを吸っている老人だけだ。
ぼくは入口付近のテーブルに掛け、坂本さんを待つことにした。
「みぶさんですね」
不意に背後から声をかけられて、振り返る。
奥の席から、老人がよろよろとこちらに歩いて来た。
「坂本です」
一瞬、我が目を疑う。
この人が、あのさわやかな二枚目だった坂本良太郎なのだろうか。相手役の飛鳥蘭子の若々しい姿を見たばかりだったので、余計にショックを隠せなかった。
「どうぞ」
背中に手をかけて、坂本さんが前の席にかけるのを助ける。
「坂本…良太郎さんですね」
「はい、驚かれましたか。本人です。みぶさんにお会いしたかった理由をお話します。あなたは、今度、飛鳥蘭子と夫婦役をやるそうですね」
「はあ、そうですが」
「悪いことは言いません。お断りになるべきです。あの女は魔物です。共演者の命を吸い取るのです。私は長い間恋人役をやったので、もはや余命のいくばくもない老人になってしまった。私の後で相手役をやった男優もほとんどが病いに倒れたり、鬼籍に入った者もおります」
確かに、それは事実だ。坂本さんは彼女の犠牲になったという俳優の名前を順に挙げ、ぼくにドラマを降板するよう勧めてくれた。
心は揺らいだが、もはやキャスティングも発表されているドラマを、そんな理由で降りるわけにはいかない。
撮影初日、メイクルームで二人きりになった時、彼女はぼくの方をじっと見つめ、
「みぶさん、坂本から秘密を聞いたわね」
とつぶやいたが、聞こえなかった振りをした。
ドラマの撮影は、今も続いている…




